73.仮面舞踏会7 -フェルナンデスのお仕事-
「そうそう!クレープっていう食べ物がね、すっごい美味しくって!サリィにも食べさせてやりたいんだ!」
ニーナたちが泊まる宿屋では、ニーナがフィックスに残してきたパンドラと遠隔通話で話をしていた。
ニーナは一人部屋に居るが、ここはラヴァーズフィールドでも最上級の宿屋、防音もしっかりしており外に会話が漏れることはない。
「それでね!幻術っていうのがね、すごくてね!まるで転移魔法を使ったかのようで、じつは魔法は何も使っていないんだよ!え?分かんない?じゃあ明日一緒に見ようよ!っていうか、今度セントラールまで来てやってもらお!」
ニーナは拙い言葉で、今日見た幻術の事をパンドラに伝える。ニーナは今日起きた出来事を、パンドラに聞いてもらいたくて仕方ないのだ。
「そういやこの国の男にクレープを買ってもらったんだけどね、お礼にその後広場で皇帝が襲われてるのを助けたやったよ。ん?そう。皇帝がこの街に来てて、何者かに襲われたんだ。そうだね。大変だね。」
皇帝襲撃事件を、クレープと同等に扱いで話すニーナ。その時、ニーナの部屋のドアをノックする音がする。
「あ、誰か来た。それじゃパンドラ、明日の朝迎えにいくね!」
そう言って遠隔通話を切ると、部屋のドアに向かう。ドアを開けると、眠そうな顔をしたバーンが立っていた。
「ニーナ、今ちょっといいか?お客さんが来てるのだけど…。」
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広い国土のあちこちで戦火が絶えることのないバスク帝国では、戦力としての騎士の人数は多い。そのためバスク帝国の皇帝に仕える宮殿騎士団だけでも、上位に大アルカナ騎士団という22名の騎士と、下位に4つの小アルカナ騎士団があり、各地の領主が自身直属の騎士団を持つ場合もある。
フェルナンデスは、皇帝直属の宮殿騎士であり、小アルカナ騎士団の中のダイヤ騎士団に所属している。
バスク帝国は絶対王政であり、皇帝が絶対的な権力を握っているが、政治の細かいところは大臣が行っている。その大臣は基本的に騎士団出身の者たちであり、剣を握れない者が政治に携わることはできない。
フェルナンデスの所属するダイヤ騎士団は、王国の財務を司っており、剣術以外にも財務関係の仕事や、皇帝に関わる雑務をしなければいけないこともある。
戦い以外の任務があることは承知していたが、まさか「セントラール王国からの旅行者を必ず舞踏会へ招く事」が重大な任務として与えられるとは思わなかった。
フェルナンデスは、ロイ、ブルーノと共に、アルベルトが皇太子だった時代から仕えていた騎士で、アルベルトが皇帝に就くと同時に宮殿騎士に取り立てられた。そんなアルベルトの腹心として今回の各地の訪問にも同行しているし、アルベルトの性格についても熟知している。だからこそ、今回の任務を指示された時のアルベルトの本気の目が怖かった。
フェルナンデスは気付いていた。これが今週この街に来た中で、自分にとって最大の仕事となるであろうことを。それにしても、なぜセントラール王国から来てる者を呼ぶくらいの事に、そんなに本気だったのだろう?まさか女か?
そんなフェルナンデスの予想は、概ね当たっていた。
「こんな夜分遅くに訪ねてしまい、申し訳ありません。」
宿屋の1階のロビーにあるソファで、訪ねてきたフェルナンデスの対面にはニーナとバーンが座っていた。
観光が主な産業であるこの街には、たくさんの宿屋がある。セントラールから来ている旅行者の宿を探す事は困難に思えたが、少し考えたら容易だった。高貴な身分の者だと思い、街の高級な宿を当たれば良いと高い順に探したところ、いきなり正解を探し当てたのだ。後はこの相手に、明日舞踏会に来てもらう約束を取れば、それで終わりだ。
フェルナンデスは対面に座る少女の顔を観察する。ニーナも宿屋の中までは仮面を付けておらず、アルベルトもまだ見ていないニーナの素顔をはっきりと見る事ができた。
(やはり女だったか。なるほど、確かに美しい…。そしてセントラール特有の黒い髪もこの国の女性とは違った魅力だ。だがしかし、あの皇帝陛下の事だ。外見だけではなく、内面にも惹かれるところがあったのだろう…。)
フェルナンデスは内心そんな事を考えながら、挨拶を続けた。
「実はお二人が、セントラールからいらっしゃったという事を耳にしまして。すいません、名乗るのが遅れました。私は、バスク帝国宮殿騎士、ダイヤ騎士団のフェルナンデスと申します。」
「うむ。私はニーナだ。こっちはバーン。この街に来たのは、他にも5人ほどいるぞ。それで、その騎士様が何の用だ?」
「ニーナ様ですね。単刀直入にお伺いさせていただきますが、ニーナ様はセントラール王国の王族か、その関係者でいらっしゃいますか?」
「ん?いや、私は王族ではないが、関係者と言えば関係者かな?この街に入る時に、通行証とか何か問題があったか?」
「いえいえ。もちろん通行証はニーナ様たちのご身分を保証するのに、十分な内容であったと聞いております。反対にニーナ様が高貴なご身分であると分かったため、そのままこの街を通過させるのもご無礼だと思い伺った次第です。ただいまこの街では、仮面舞踏会という祭りの真っ最中です。この祭りでは、最終日である明日、街の各地でその祭りの名の通りの舞踏会が開催されます。この街の領主ローガン様の館でも、身分の高い者たちが集まり、舞踏会が行われます。今年は帝位に就いたばかりの新皇帝ヴァーミリオン陛下も参加される事となっております。そんな時、ちょうどこの街にセントラールの皆様がいらしているという情報を知り、ぜひご招待するよう私は陛下より仰せつかって参りました。」
そう言ってフェルナンデスは、バスク皇帝の印で封蝋された封筒をニーナに差し出した。
「どうぞこれを。」
ニーナはその封筒を受け取ると「開けて良いか?」と尋ねる。「ええ。もちろん。」という返事を聞き、その封蝋を解く。
中身を読み、ニーナは答えた。
「ご招待はありがたいのだが、あいにく私は明日は友人とこの街の祭りを楽しむ予定なのだ。申し訳ないがそういう事で、このお誘いはお断りさせてもらう。」
そう言って、封筒の中の招待状をフェルナンデスに押し返した。
二人の間にあるローテーブルの上に返された招待状を見つめながら、フェルナンデスは焦った。
そういう事か…。
常識的に考えて、一国の長である、ましてやこの大国であるバスク帝国の皇帝からの誘いを断るなど、ありえないことだ。だがこの女は、友人との観光を優先させると言う。帝国の国民なら斬首刑になってもおかしくないような事を、さらっと言ってのけた。考えられない事だが、この女はそういう人間なのだ。もしかしたらアルベルトは、この娘のそういうところを気に入ったのかもしれない。フェルナンデスはそう思った。
気付いていない人間も多いが、アルベルトはイエスマンを嫌う。だからといって反抗的なだけの人間でもダメだ。はっきりとした理由の上で、アルベルトと違う意見を言える人間を好む。
だがしかし、これは違う。この娘は、常識知らずのただのわがまま娘じゃないか。
こんな娘の相手をしなければならないことに、フェルナンデスの心の中に苛立ちが沸き起こる。
フェルナンデスは奥歯を噛みしめその感情を押し殺すと、妥協案を探そうと言葉を振り絞った。
「ご…ご友人がいらっしゃるのですね。ならば日中は街中をご観光されて、夜に領主邸宅までお越しくださってはどうでしょう?もちろんご友人もご一緒にどうぞ。長旅で舞踏会用のドレスなどはご用意されていらっしゃらないと思いますので、それらの準備はもちろんこちらで全てご用意させていただきます。お時間になりましたらこちらの宿屋まで迎えの馬車を寄越しますので、ニーナ様たちは何もご準備なされなくても大丈夫です。」
「えー?どうしよう?」
(どうしようじゃねえよ!)苛立ちはさらに積もる。そこまでお膳立てしてやると言っているのに、断る選択肢はないだろう?
「でも友達に奇術を見せてやりたいんだ。あれは夜しかやらないんじゃないの?」
「え?いえ、明日は最終日ですので、街の広場でも奇術の代わりに舞踏会が行われます。」
「え?うっそ?!」
目を大きく見開いて驚きの表情を見せるニーナ。本来男女の出会いを楽しむ祭りなのだが、この女性は奇術をそんなに楽しみにしていたのだろうか?
「分かりました!それでは特別に明日領主邸宅で奇術師を呼び寄せて、ショーをしてもらいましょう!」
「行く!」
即答だった。勝った!そこだったか!フェルナンデスは心の中でガッツポーズを取る。
「それでは、いらっしゃる人数となどをお聞かせ願えますか?」
「えっとね、今いるのが私と男が6人で、明日来る友達は女の子が3人、その内一人は子供。」
「了解しました。ご衣裳は用意させていただきます。それと奇術のショーの準備をさせていただきますね。」
もう今日は夜になってしまったが、今から急いで人数分の衣装の確認と、奇術師の手配をしなければいけない。奇術の舞台の設置などをしていたら、今夜は徹夜になる可能性もある。だが、やらなくてはならまい。それが皇帝直属たる宮殿騎士の使命なのだから…、こんな仕事が使命かよ…。
フェルナンデスは心の中で誓った。この仕事をやり遂げて、明日アルベルトの前でドヤ顔をしてやると。




