60.ウィル・オー・ザ・ウィスプの棲む村6
宿屋に帰ると、酒場にはまだ飲んでいる客たちがいた。客たちが滝の水しぶきでびしょびしょになって帰ってきた俺たちを見て、宿屋の中は騒然となる。こんな夜中に一体どうした?と話しかけてくる酔っ払いたちを無視し、瀕死の冒険者イアンをジュリアの部屋まで運ぶ。治癒魔法使いの老婆、ローズに治療してもらうためだ。イアンの濡れた服を脱がし体を拭いてやると、後はローズの回復魔法に任せた。
「助かりそうか?」
俺の問に対しローズは、「やれるだけやってみるよ。」とだけ答えた。
「ローズはかつて帝国に仕えたプラチナ階級の治癒魔法使いだったんです。体力的な問題で公職は引退していて、今回無理を言って来てもらっていますが、彼女の治癒魔法は一流です。」
「お嬢ちゃんは、私のような老人に対しても人使いが荒くてね。ふふふ…。」
ローズの事を説明するジュリアと、冗談を言うローズの会話を聞いていると、二人は親しい間柄だということが伝わって来た。一緒に苦難を乗り越えることで強い絆が生まれることがある。彼女たちの間にも、一緒に冒険を重ねることで積み重ねてきた信頼関係があるのだろう。
まあ心配しても俺たちには治癒魔法は使えないので、後は彼女に任せるしかない。そうして俺とインフェルノは部屋を出た。俺たちが廊下に出ると、そこには宿屋の主人が立っていた。
「こんな夜中に一体何事ですか?面倒な事は勘弁して下さいよ。」
先ほどの騒ぎに苦情を言いに来たようだ。
「ああ、悪い悪い。行方不明だった冒険者を見つけたんだ。今治療している。」
「えっ?!生存者がいたんですか?一体こんな夜中にどこで?」
「ウィル・オー・ザ・ウィスプを見つけて、追って行ったら見つけたんだ。」
「えっ?!出たんですか?!気を付けて下さい!旦那たちも殺られちまいますよ!」
「あんたは見たことがあるのか?」
「いや、私は…。」
「おまえ何か知っているな?」
宿屋の主人の反応を見たインフェルノが、威圧するような態度で主人に迫る。主人は何か後ろめたいことがあるような表情で目を逸らした。
「いや、何も…」
「滝の裏の洞窟にあった白骨死体の事を知ってるんじゃないのか?」
「えっ?!あんたら、こんな夜中にあそこに行ったのか?!」
「やはりな…。」
「うっ…、」
「どういう事だ?!」
「この村の人間はみんな、あそこにウィル・オー・ザ・ウィスプが出るという事を知ってるのか?」
インフェルノの問に対し、黙り込む主人。この男は滝の裏の洞窟にたくさんの白骨死体があることを知っていた?そしてインフェルノは、この村に住む人間たちはみんなもっといろいろ知っていると睨んでいるようだ。
「そういえば気になっていたんだが、あの商人が来るまで若者が村を離れて困っていたという割に、あまり老人の姿を見ないな…。」
「年寄は家を出ないから酒場になんか来ないよ。」
「貧しい村では、働けなくなった年寄を養う事ができず、間引く事があるという話を聞いたことがある。」
インフェルノにそう言われた瞬間、主人の顔が引きつる。
「…!そこまで分かってるなら、この村の事に口出ししないでくれ!」
「やはりそうか。この村では、働けなくなった老人たちを殺してあの洞窟に捨てていたのだな?」
「昔からこの村の習わしなんだ。あんたらには関係ないことだろう?!」
なんて恐ろしい話だ。この村では昔から働けなくなった老人を森に連れて行き、殺していた?貧しいから仕方ないだと?老人を助けるために若い人間が死ななければならないと考えたらそれが正しい?分からない。だとしてもとても悲しいことだ。俺には何が正しいかとも言えないし、この村の人間を責めることもできない。
「大方ウィル・オー・ザ・ウィスプの事も、その事を知られたくないからみんな口をつぐんでいるのだろう?まあいい。続きは明日聞かせてもらうぞ。滝で濡れた服を早く着替えないと風邪をひいてしまう。」
「ハクション!」
インフェルノに言われて体が冷え切っていることを思い出し、思い切りくしゃみを出してしまう。そんなタイミングでくしゃみをしたもんだから、インフェルノと宿屋の主人は同時に笑い出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、宿屋一階の酒場で俺たちは集合した。冒険者たちに交じり、朝食を食べながら話す。ジュリアだけ降りてきていない。部屋でイアンの看病をしているようだ。
「ローズ、イアンの容態はどうだ?」
「ああ、まだなんとも言えないね。後は本人の生命力次第だろうけど、とりあえず今日一日、私とジュリアはイアンの看病をさせてもらうよ。」
「大丈夫だローズ。調査は俺とオジーに任せておけ。」
筋骨隆々の戦士、ゴーズが言った。シルバー階級パーティー全滅の調査は本来ジュリアがリーダーで、彼は戦闘用の戦力として連れて来られたと聞いている。頭脳労働は苦手そうに見えるが大丈夫だろうか?
それから俺たちは昨夜の出来事について話し、情報を共有する。
夜中に窓からウィル・オー・ザ・ウィスプを発見し、俺とインフェルノとジュリアの3人で追跡した事。アルカードから聞いて知ったウィル・オー・ザ・ウィスプの生態。滝の裏の洞窟で見つけた白骨死体の話と、この村でかつて行われていた働けなくなった老人を殺していた話。そしてイアンを発見した話と、イアンはウィル・オー・ザ・ウィスプにやられたのではなく、何者かにナイフで刺されていたという事を伝えた。
「イアンが誰にやられたのかは回復してから聞くとして、今回の事件はどこまで調査すればいいんだ?シルバー階級パーティーを殺ったのはウィル・オー・ザ・ウィスプで間違いなさそうだ。ウィル・オー・ザ・ウィスプはお前たちレベルでは討伐は厳しいくらい強い。後は何を調べる?どこまで調べれば俺たちはこの村を出発させてもらえる?」
「む…むう…、それはジュリアに相談してみないと…。」
やはりゴーズには何を調査していいか分からないようだ。
「後は全滅したパーティーへの依頼が正当だったかどうかじゃな?もしケブラー氏がパーティーに嘘をついてウィル・オー・ザ・ウィスプのところへ向かわせたとしたら問題じゃ。偶然襲われたとか、ケブラー氏がウィル・オー・ザ・ウィスプの存在を伝えて討伐を依頼しておれば問題なかろう。まあそもそも嬢ちゃんの本当の目的は全滅調査よりもイアンの生存の有無を確認したかっただけのようじゃから、とりあえずの目的は達成しておるのじゃがな。一応我々が来た建前の方も、結論を出しておいた方がよかろう。」
「そ、そうだな。オジーの言うとおりだ。」
威勢のいいゴーズよりも、黒魔法使いの爺さんの方がよほど頼りになりそうだ。
「イアンが刺された理由に心当たりはないのか?それが判明するまでは帰れないんじゃないのか?」
ゴーズは困った顔でオジーに助けを求める。オジーも険しい顔で答えた。
「それは嬢ちゃんに聞いてみないと何とも…。わしらは嬢ちゃんに頼まれて連れて来られたようなもんじゃ。何か裏があったとしても、あまり深いことは聞かされておらん。もしかしたら死んだ冒険者たちとは違い、イアンにはこの村に何か目的があって来たのかもしれん。それで命を狙われたのかも…。」
「イアンを襲ったやつにイアンが生きている事が知れたら、また命を狙われるかもしれないな?ゲオルグさん…」
俺たちと一緒にこの村に来ているセントラールの騎士のゲオルグさんたちに、イアンの護衛を頼んだ。4人の騎士に守られていれば、なかなか手出しはできないだろう。ローズは引き続きイアンの治療をするために、部屋に戻った。
そして俺とインフェルノ、ゴーズとオジーの4人はそこに残り、宿屋の主人に昨夜の話の続きを聞くことにした。
「何を話せばいいんだい?」
「村の人間は、本当はみんなウィル・オー・ザ・ウィスプについて知っているんじゃないのか?白骨死体の事を嗅ぎまわられたくなかったから、多くを語らなかったんじゃないか?」
「その通りだ。夜、森の川沿いにアレは出るんだ。滝の洞窟をねぐらにしているらしいこともみんな知っているよ。だけどよそ者にあそこに入られたくなかったんでね。もちろん今じゃ年寄りを殺すなんてことはしてないよ。ケブラーさんが来てから少しずつ豊かになって来てるんだ。年寄りの面倒をみれるくらいにね。」
「過去の出来事について責めるつもりはない。それが正しい事だったのか間違ってることだったのかなんて、部外者の俺が簡単に言えない。それよりもあそこにイアンが倒れていた事について何か知らないか?」
「知らないよ。最近じゃもう誰もあそこへは近寄らないんだ。大方一人で迷い込んでアレにやられたんだろう?」
「イアンはナイフで刺されてたんだ。」
ゴーズが怖い顔で言う。仲間がやられた事に対し気が立っているようだ。もちろん宿屋の主人は何も知らないのだろう。驚いた顔で答えた。
「ナイフで?人間にやられたってことか?だとしたら冒険者たちで仲間割れでもしたんじゃないのか?」
ゴーズとオジーが顔を見合わせる。そしてオジーが口を開く。
「確かに古参の他の5人に対して、イアンは今回初めてケブラー氏に雇われたらしい。5人とイアンの間に何かあった可能性もあるじゃろうな。」
そして最後にインフェルノから質問が飛ぶ。
「昨日の夜、俺たちが帰って来てからすぐに酒場を出て行ったやつはいるか?」
「ああ、そういえばあの後すぐボビンのやつが帰っちまったな。」
「そいつはもしかしてケブラーのところで働いているのか?」
「よく分かったな?その通りだ。」
「おそらくイアンが生きていたことをケブラーに伝えに行ったんだろう。もしケブラーに裏があるとしたら動き出すかもしれない。後手に回る前にこちらから乗り込むか。」
そうして俺たち4人は、ケブラーの家に向かった。




