56.ウィル・オー・ザ・ウィスプの棲む村2
――――ウィル・オー・ザ・ウィスプ。
その姿は、空中に浮かぶ丸い光体だと言われている。その正体は死んだ人間の魂だとか、モンスターではなく自然現象によるものだとかいう説があるが、いずれも定かではない。
そもそも目撃例が少なく、民間伝承で名前を聞くくらいだ。実際の目撃例は俺は今回初めて聞いた。だからどんなものなのか想像がつかない。ただの見間違いという可能性もある。例えば夜中に遠くに歩く人間が持っていたランタンだとか。
「ウィル・オー・ザ・ウィスプを実際に見たという人はいるのか?」
実際に見た人間から詳しい話を聞いてみないとなんとも言えない。
「この村の伝承で、森の中の川沿いにはウィル・オー・ザ・ウィスプが出るため近寄ってはいけないと言われているそうです。老人の中に、若いころ見た事があるという者もいます。」
「最近では?」
「……、」
「最近見たものがいるわけではないんだな?それじゃそれが犯人かどうかも分からないな。ところで、さっきの太った男は何者なんだ?どういう目的で全滅した冒険者パーティーを雇っていたんだ?」
俺たちの荷物は仲間に部屋に運んでおいてもらい、俺とインフェルノはさらに詳しい話を聞くことにした。
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グラカギ山脈の麓にあるサベージ村。この村は、山南のフィックスの町へ抜ける山道の入り口として旅人が時々寄るくらいで、主だった産業もない貧しい村だった。そのため若者の村離れが進んでいた。しかしある時ケブラーという商人が村にやってきて、村の奥の森で薬草が採れることを発見し、薬草採取をするようになった。しかし森の中は魔物が出るため、あまり人間が立ち入る場所ではない。特にこの辺りには、角の生えた熊、両角熊が出没する。普段は小型動物や魚を主食としているが、人間を見れば襲ってくるため非常に危険だと言う。
ケブラーは森の中に両角熊が入ってこれないように柵で囲った薬草の栽培場を作った。それでも警戒は必要で、ケブラーは冒険者を雇って護衛させている。
ケブラーのお陰で、この村は少し豊かになった。村人が薬草農園で雇ってもらったり、ケブラーや冒険者が村に金を落とすことで、村の民の暮らしも少しずつ良くなってきていると言う。ケブラーはここから少し離れたバスク帝国の人間で、帝国では金に汚い商人だとして有名だが、この村でケブラーの事を悪く言う者はいない。
先日、ケブラーの雇っているシルバー階級の冒険者6人組パーティーが全滅するという事件があった。
例えばバスク帝国の地下にある地下迷宮で、深い階層まで進みすぎてしまった冒険者が全滅してしまったという話を聞くことはある。だが一般からの依頼によって全滅したという話は聞くことはない。冒険者ギルドによって、冒険者のレベル以上のクエストは依頼されないようコントロールされているのだ。
もしそれが本当だとしたら依頼者側の責任も問われる。冒険者に依頼する前に依頼内容は正確に伝える義務があるのだ。
今回の事件は、ケブラーの依頼内容に不備があった可能性がある。そこで冒険者ギルドから調査団として、このジュリアたちが派遣されたのだそうだ。
「なるほどな。だいたいのいきさつは分かった。一度死体の確認はしておきたいな。全滅したのは4日前と言ったな?そのパーティーがこの村に来たのはいつ頃だ?」
「彼らはこの頃はほぼケブラー氏専属として雇われていて、今回ケブラー氏と一緒にこの村に来たのが、およそ2週間前です。」
「全滅事件まで、1週間ちょっとは普通に警備をしていたという事か。もし本当にウィル・オー・ザ・ウィスプが出てそれに殺られたとしたら、偶然遭遇して襲われただけかも分からないな。」
酒場で俺たち6人がそんな話をしていると、近くで飲んでいた一人の男が席を立ち、俺たちの所へ寄って来た。
「なあ…あんたら。ケブラーさんが何をしたっていうんだ?たまたま強いモンスターに出くわして冒険者たちが死んだだけだろう?」
「違うんです。偶然の事故などならそれでいいんです。我々は冒険者パーティーが全滅した原因を調査するのが目的なんです。」
ジュリアが必死で説明する。どうもこの村の人たちは何かを誤解しているようだ。
「あんたらの話を聞いていると、ケブラーさんの悪事を探しているように見えるんだ。そりゃあ商人だから多少法律ぎりぎりの事もやっているかも知れねえ。でもあの人はこの村を救ってくれたんだ。おらだってあの人の農園で働かせてもらえなかったら、今みたいな生活はできなかったんだ。」
「あんたあの商人のところで働いてるのか?なら話を聞かせてくれよ。やましいことがないなら何でも話せるだろう?」
「あ、ああ。もちろんいいとも。」
さっき逃げたケブラーの代わりに、この村人に事情を聞くことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
村人から聞けた話には、それほど重要な情報はなかった。
森の中にある薬草栽培場は、何重かの柵で囲われていて、村人たちが雇われて働いている事。冒険者たちはモンスターに襲われないよう見回りをしていたそうで、実際に野犬や時には両角熊が近くに来て追い払ったこともあるそうだ。両角熊用の罠として頑丈な檻も作ってあるらしい。雇われていた冒険者は6名で、いずれも戦士だったそうだ。
「イアンを最後に見たのはいつだったの?」
ジュリアが質問する。
「イアン?ああ、新しく入ったやつか?あいつはなんか他の冒険者たちとなじんでなかったみたいで、一人で行動することが多かったみたいだな。そういや最近見てなかったな。」
「全滅する前、最後に全員で出てった時にイアンも一緒だったの?」
「そんなの、おら知らねえよ!冒険者たちはおらたちとは完全に別行動なんだ。泊まるところだっておらたちとは違うし、顔も見ない日だってあるんだ。最後に出てったのだって、おらたちは知らねえよ。もういいかい?とりあえず誰も悪くないって分かってくれたろう?」
「ごめんなさい。ありがとう。」
質問攻めに参ったのだろう。村人はもう俺たちの顔も見たくないといった感じで、酒場から出て行った。
「ジュリア。イアンって?」
「イアンは、まだ死体の発見されていない最後の一人です。実は、イアンは私の恋人で、今回の調査も私がギルドに申し立てて調査を行うことにしたんです。」
「そうか…。」
それしか言えなかった。死体が発見されていないなら、もしかしたらまだ生きている可能性もある。だが死んでいる可能性が高いのに、そんな期待をさせる言い方もできない。だから残念だったなとも、まだ生きているかもしれないとも言えず、言葉を詰まらせてしまう。
するとインフェルノが話を本題に戻す。
「それで、明日はどこから調べるんだ?冒険者たちの死体が発見された場所か?それとも薬草の農園か?」
「そうね。死体の発見現場からにしましょう。」
「ケブラーという男からもしっかりと話を聞く必要があるな。」
「そうね。やっぱり明日朝一でもう一度ケブラー氏のところに話を聞きに行きましょう。それから死体発見現場を見に行きましょう。」
「分かった。」
それだけ決めて、俺たちは部屋に戻った。




