51.幕間:バートンのとある一日
※時系列的には35話と36話の間くらいの話になります。
バートンは、フィックスの街の北にある小さな農村に住む農民だ。今日もいつものように畑仕事をしていた。
バートンは昨年妻を流行り病で亡くしてから、今年11歳になる娘のサリィと二人暮らしをしていた。一時期落ち込んでしまって気力を無くしていたが、娘に励まされ、娘のためにもがんばらねばと再び畑仕事に精を出す毎日を送っている。
そんな娘は少し前に、フィックスの街で友達が出来た。そしてその友達の紹介で、娘はフィックスの街に働きに出るようになった。
娘はフィックスでケーキ作りをやっているらしい。もともと娘は妻から教わったお菓子作りが得意で、ケーキ屋になるのが夢だったため、早速夢が叶ってしまった形になる。我が娘ながらすごいと思う。
今まで娘にも家の仕事を手伝ってもらっていたが、娘が外に働きに出るとそれら全て自分がやらなければいけない。まだ幼い娘が外に働きに出ても、稼いでくるお金は微々たるものだろう。生活は厳しい。だが自分一人でも娘一人養っていけなくてどうするという気持ちが強くあるため、今まで以上にがんばって働いて、少しでも娘が自分のやりたいことをやらせてあげたいと思うのであった。
そんなわけで最近娘は毎日フィックスへ行っている。朝早くに友達が迎えに来てくれて、帰りもあまり遅くならないような時間で送ってきてくれる。だが今日は少し帰りが遅いようだ。そろそろ暗くなってくる。この辺りは野犬が出たりするため、子供だけで出歩くには危ない。もし友達と来たら泊まっていってもらうのもいいかもしれない。
自身の畑仕事も暗くなってしまうとできなくなってしまう。娘の事を心配しながら待っていると、遠くから立派な馬車が走ってくるのが見えた。農家で使うようなおんぼろの幌馬車ではなく、立派な馬に引かれている黒い塗装のされた屋根付きの豪華な馬車だ。あんな馬車に乗っているのはおそらく貴族だろう。なんで貴族がこんな辺鄙な農村に?
そう思いながら馬車を見ていると、こちらに向かってくるようだ。失礼な事があると貴族は簡単に下々の者を処刑すると聞いたことがある。触らぬ神にたたりなしだ。関わらないように気を付けよう。
馬車は畑の横の道路を通過すると思われたが、突然馬車が停車した。しかもバートンの畑の前で。自分に何か用があるのだろうか?バートンは焦った。道を聞かれるくらいならいいのだが、何か貴族の気に障ることがあったのではなかろうか?悪い方の予感ばかり頭によぎり、バートンは恐怖した。
停車した馬車の扉が開く。やはり自分に用があるのだ。焦ったバートンは頭を下げる。馬車から人が降りて来る音がするが、怖くて頭を上げることができない。いったい何の用なんだ?早く要件を告げてくれ!
頭を下げ、緊張の汗が止まらないバートンに、馬車から降りてきた人物から声が掛かった。
「お父さんただいまー。」
「へ?」
聞きなれた娘の声にバートンはあっけにとられた表情で顔を上げる。間違いない。その立派な馬車から降りてきたのは、フィックスに働きに行っていた娘のサリィだった。
「さ…サリィ?なんでこんな立派な馬車に?」
「ユーちゃんに送ってきてもらったんだよ。」
「ゆ…ユーちゃん?」
すると馬車からもう一人の女性が降りてきた。間違いなく貴族であろう立派な洋服を着た、上品なお嬢さんだった。
「サリィのお父様でいらっしゃいますか?はじめまして、ユーフォリアと申します。」
そのお嬢さんは、こんな貧しい農民に対し、丁寧にあいさつをしたのだった。
ユーフォリア、その名前は決して貴族社会に詳しいわけでもないバートンにも聞いたことのある名前だった。
「も…もしかして、ブライトン公爵のご令嬢のユーフォリア様ですか?」
「はい。フィックス領主をしておりますブライトンの娘、ユーフォリアです。」
一瞬で理解に苦しむたくさんの情報がやってきて、いつも単調な農作業ばかりしていたバートンの頭の中は、その情報を処理できず大混乱していた。
まず、フィックス領主ブライトン公爵と言えば、ここらで一番偉い貴族だ。そんな住む世界の違う大貴族のご令嬢が目の前にいる驚き。そしてなんでサリィがそんな偉い人と一緒に馬車に乗って来たかという事。あとサリィがユーフォリア様に対してユーちゃんなどと失礼な呼び方をしていた。いくら世間知らずとは言え、これはまずい!
「ゆ…ユーフォリア様、娘が失礼いたしました。まだまだ子供で礼儀作法を知らなくて、ユーフォリア様に失礼な態度をしてしまって申し訳ありません。どうかお許しください!」
バートンは慌ててその場に土下座をする。もしかして娘の無作法を保護者に償わせるためにここまで連れてきたのだろうか?だとしたら…自分は今から殺されるのだろうか?
「まあ、お父様、お顔をお上げください。サリィは私に対して失礼なことなど何もしていませんよ。サリィは私のお友達です。いつもお世話になっています。」
そう言うと、なんと公爵令嬢は、平民の私に対して頭を下げたのだった。
「お父さん、大丈夫?」
娘の言葉も頭に入ってこない。こんな貧しい農家の娘が、公爵令嬢と友達……?
その時、いつも送り迎えをしてくれるサリィの友達の事が頭に浮かんだ。
「もしかして、ニーナさんとパンドラさんってすごい人なのか…?」
そんな独り言のようなバートンの呟きに対して、ユーフォリアが返事をした。
「はい。ニーナ様とパンドラ様はすごい人ですよ?」
そんなユーフォリアの相槌に、どこか納得する。確かにあの二人は、着ている服こそ質素な町民の服だったが、その整った美しい顔立ちや気品に、やはり身分の高い人物だったと言われて納得するものがあった。
そしてユーフォリアが話を続ける。
「今日はニーナ様とパンドラ様が急用でサリィを送ってこれなくなってしまったため、私が代わりに送らせてもらいました。また明日の朝も私が迎えに来させてもらいますね。」
「ユーちゃん、また明日ね!」
「うん、また明日迎えに来るね。」
確かに二人の会話は年頃の少女たちのそれだ。しかしあまりにも身分が違いすぎる。本当にうちの娘がこんな態度でいいのだろうか?いや、私が口を出してはいけないんじゃないだろうか?
バートンの頭の中が再びショートしている中、ユーフォリアを乗せた馬車は来た道を戻っていった。
「お父さん、今日ね、バーンが大変だったんだよ。それでね…」
今のバートンには、娘の話が頭の中に入ってこない。それでも畑から家への帰り道、サリィはいつものように楽しそうに今日あった出来事を話すのだった。
「なあ、サリィ、今度フィックスに行った時、お前のお店に行ってもいいかな?」
「うん!来て来て!」
しかしその後バートンが店に行っても、いつも混雑しているため、なかなか店に入る勇気がなく、何度も断念することになる。しかもサリィはその店の店長をしているという事実を知りさらにバートンが混乱するのは、ずいぶん先の話である。




