49.王都セントラールの一番長い日14
冷たい石壁に囲まれた地下牢。頑丈な鉄の檻の向こう側にインフェルノはいた。
牢の中には固い石のベッドと簡易トイレだけ。治癒魔法使いたちによって怪我を治されたインフェルノは、何も言わずに冷たい石のベッドに座っていた。
バーンに敗れた後、セントラール正門前で治癒魔法使いたちに回復してもらうと、その後は何も反抗せず、兵士に言われるがままこの地下牢へ連れてこられた。もはや逆らうつもりは毛頭ない。こんな大国に一人で攻め入ろうとした自分が、今生かされていることすら奇跡だと思う。
数刻前に、この国の宰相という男が事情を聴きにやってきた。自分が意識を失っている間に、自分をけしかけた黒幕の亡霊もこの国の魔女によって滅ぼされたらしい。この国で龍の宝珠を手に入れてきたら、妹を助けると約束した亡霊が死んでしまったが、元からそんな約束を守ってもらえると信じてもいなかったため、妹を助ける手段を失ったがそれほど悲しみは感じなかった。おそらく最初から亡霊に騙されていたのだと思う。
宰相の話を聞き、いくつかの質問答えると、彼はすぐにここを立ち去った。
そしてそれからずっとインフェルノは待っていた。亡霊を倒したと言う魔女が自分に会いにきてくれないかと。
だが次にやって来たのは、呪いの鎧をまとった自分を打ち破った剣士バーンだった。
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地下牢を訪れたバーンは、インフェルノの牢の前に立った。
「よう。具合はどうだ?」
「貴様か…。何の用だ?」
「何の用かはないだろう?様子を見に来てやったのに。」
「ふん、俺が貴様に心配される筋合いはない。」
「おまえ、俺に負けた事を根に持ってるな?」
「な…何を?!あれは貴様の持つ魔法剣の力が強かったというだけだ!普通の剣同士の仕合いなら、貴様に負ける要素など一片もない!」
「チッ…(正論だけに言い返せねえ…)」
「………。バーンと言ったな。貴様は亡霊を倒したと言う魔女と知り合いか?」
「ん?あ、ああ。」
「その魔女と会わせてもらえないだろうか?」
「なんで?」
「……妹を助けてほしい。」
急に深刻な顔になるインフェルノの表情。
「分かった。詳しく話してくれるか?」
「今回の事で俺が死刑になろうが構わない。だが、国に残してきた妹を助けてほしいのだ。あの亡霊を倒すほどの力を持つ魔女なら、もしかしたら…。」
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大広間では、立食パーティーの形で、ニーナとパンドラの歓迎会が行われていた。歓迎会というか、王国を救ってくれた感謝パーティーというか。とりあえず二人に顔を売りたい者が多いらしく、そのために開かれた会合だ。国王はささやかながらと言っていたが、そこそこ豪華な食事がふるまわれていた。
アルコールがふるまわれているため、中には結構酔っぱらっている人も見られた。部屋に入ると俺も給仕係から飲み物を勧められたので、ノンアルコールの飲み物をもらう。全く飲めないわけではないけれど、飲むと眠くなってしまうのであまり飲まないようにしている。
主賓のニーナとパンドラのところには、代わる代わる王城の役職の者たちが挨拶に来ていた。それは、自分たちを売り込もうとする者、二人の能力を知りたい者、単純に二人の美貌に惹かれる者、様々だ。
パンドラの横には王女がぴったりマークしていた。王女はパンドラに命を助けてもらったそうで、よほど感謝しているのだろう。それにしてもパンドラは同性にモテる。それも特に美しい女の子が慕うようだ。全く羨ましい限りだ。
ニーナは今はセガールたち魔法機関の人たちに囲まれて、質問攻めに会っていた。セガールはジョッキで強いエール酒を飲んでいるようで、ニーナはアルコールの弱いカクテルしか手をつけていないようだ。ぱっと見、酔っ払いのじいさんが女の子に絡んでいるようにしか見えない。というか実際そうだったみたいだ。
酔っ払いに絡まれて困ったような顔をしていたニーナは、俺を見つけると急に嬉しそうな顔になってこっちに駆けてきた。
「バーン!ちょうどいいとこに来た。あっちへ行こう。」
俺の腕を取り、外へ連れて行こうとするニーナ。少しアルコールが入ってほほに赤みを帯びた彼女の笑顔に、不覚にもドキッとしてしまう。
ニーナに導かれバルコニーに出ると、ホッとした表情のニーナが話し始めた。
「あいつら魔法を教えてくれってしつこいんだ!」
そう言って、グラスを両手で抱えながら柵に寄りかかるニーナ。星が輝く夜空をバックに、部屋から漏れる灯がニーナをぼんやり照らしていた。心地よい夜風が彼女の髪を揺らす。
「どうした?」
「…いや、」
一瞬ニーナに見とれてしまった事が恥ずかしくなり、しどろもどろになる。
「そ、そうだ!インフェルノに会って来たんだ!」
慌ててインフェルノから聞いた話を俺はニーナに伝えた。インフェルノの妹が一年前から眠り病という奇病にかかり、眠りから覚めなくなってしまったこと。世界中の医者や魔法使いや呪術師などに診てもらったが、未だ原因不明だという事。インフェルノが自分の命はいらないから、どうか妹を助けてほしいと言っていたことを伝えた。
「もしかしたら最初からあのPP使いが仕組んでいたのかもしれないな。」
「どういう事?」
「ええい、鈍いな。インフェルノを利用しようと目を付けた亡霊が、やつの妹を眠らせてしまう呪いを一年前からかけたんじゃないかって事だ。そして一年間待って、その間何をしても目が覚めないことに絶望したところに、自分が助けてやる代わりにとそそのかしたんじゃないのか?」
「ああ、なるほど。それはありえるな。」
「だとしたら厄介かもしれない。今はもうサイコパワーなどという力を使う者はこの世にいないんだ。だからあいつの妹を目覚めさせるのは、ちょっと難しいかもしれないぞ。」
「難しいって事は、難しいけどできなくもないって事だよな?」
俺がそう言うと、ニーナはニヤッと笑って俺の胸をポンと叩いた。
「少しでも早い方がいい。明日の朝すぐにでも旅立とう。私から国王に旅の準備を頼むとするよ。」
「ああ。」
新しい旅の始まりに、俺はまた胸の奥がワクワクする気がしていた。




