46.王都セントラールの一番長い日11
私の名前はフローラ。私はこのセントラール国王の孫として生まれ、王女として今まで何一つ不自由なく暮らしてきた。国王である祖父は私にとても優しく、この平和な毎日がいつまでも続くものだと思っていた。この街の外では、盗賊やモンスターが出る危険なところもあると聞いていたが、それはこの城から出ることも少ない私にとっては全く関係のない世界の出来事だと思っていた。
我ながら子供だと思うが、ピンチの時には運命の王子様や白馬に乗った騎士様が助けに来てくれるものだと私は思っていた。もちろん心の底から信じていたわけではないが、子供のころから聞かせてもらったおとぎ話では必ずそうなるのだ。姫である自分がもし絶体絶命の危機を迎えた時には、そうした誰かが助けてくれる、そんなイメージはいつも持っていた。この平和な世の中で自分が困ることなどないはずだから、きっとそれは夢見がちな私の憧れだった。
しかしその日は突然やってきた。いつも優しいおじい様…人前では国王陛下と呼ぶよう言われている。国王陛下が、とても険しい顔をして私を呼び寄せた。第一王子である父が外国に行っている今、国王陛下に何かあった時には私がこの国を支えなければいけないのだと言う。もちろんその通りだが、平和な王国で国王陛下もご健勝の今、なぜ突然そんな事を言われるのか分からなかった。
だけど私はすぐにその意味を理解することになった。国王陛下が龍の宝珠という国宝を見せてくれると、同時にそれを狙っていた悪者にそれを奪われてしまったのだ。私はその瞬間、今までの不自由のない幸せな時間がここで終わりを告げたのだと悟った。それと同時に、私とおじい様の命もここで終わるのだと思った。なぜなら運命の王子様も白馬に乗った騎士様も、おとぎ話の世界の話なのだから。
そんな絶望をした私たちの前に、その人は突然現れた。本当に突然。さわやかな風が吹いたかと思った瞬間、その人は私たちの目の前に姿を現した。その人は長い銀色の髪の毛をなびかせた、とても美しい女性だった。
彼女は一度は私たちを襲った凶弾をはじいてくれたが、その直後悪者の前にもろくも敗れてしまった。彼女は悪者を倒してくれる王子様ではなく、一人のか弱い女性だったのだ。悪者はなぜか突然私たちの前から姿を消した。私とおじい様の命は救われたが、身代わりとなった私たちを助けてくれた美しい女性が死を迎えようとしていた。
私は悲しくて仕方がなかった。私を助けてくれたその人に対して何もできない自分が腹立たしかった。私はその人が、今のこの居心地の良い温室から、厳しい現実世界に連れ出してくれる運命の人のように思えた。だから決して死んでほしくないと思った。するとその人は呟いた。「大丈夫。私は吸血鬼だから。」人類の天敵と恐れられている吸血鬼。だけどその人は話に聞いたとても恐ろしい魔物ではなく、美しく心優しい女性だった。だからそう聞いた時は、吸血鬼の恐怖ではなく、もしかしたら助かるかもしれないという喜びでいっぱいだった。
だけどもやはりその人の傷は深くとても苦しそうだった。どうしても助けたいと思った私は、自分でもびっくりするような事を言ってしまった。私の血を吸ってくださいと。もしも伝承通りだとしたら、そんなことをされたら私も吸血鬼になってしまう。その人は私が吸血鬼にならないよう、ほんの少しだけ血を吸って少しだけ回復した。私は吸血鬼にならずに済んでほっとしたのだけれど、なぜかちょっとだけ残念な気持ちもあった。
その後塔から3人で街を見下ろすと、街の入り口で先ほどの悪者と、私の国の騎士たちが戦っているようだった。悪者によって、この世のものとは思えないとても大きな真っ黒な球体が街へ落ちてくるところだったが、魔法使いによって消し去られるところも目撃する。吸血鬼パンドラ様のお友達という人が、さっき私たちを襲った悪者を退治してくれたらしい。私の胸は、街が救われた感動と、不謹慎だけれど目の前で起こったすごい戦いに対してワクワクする気持ちで溢れていた。
その直後、吸血鬼パンドラ様は気を失われてしまった。やはり先ほどの傷での出血が多すぎたせいだ。もっと私の血をたくさん吸ってくれたらよかったのに。気を失ってしまったのでこれ以上血を吸ってもらうわけにもいかない。どうしたらいいのだろう?
おどおどと慌てるしかない私と国王陛下の前に、また突然人影が現れた。後で聞いたのだが、転移魔法という魔法を使ったらしい。
その人は、私とさほど年が変わらないようにみえた。美しい黒髪をなびかせた、りりしい表情の少女だった。あまりの美しさに、私は言葉を失ってしまった。
「パンドラ!大丈夫か?!」
黒髪の少女は、とても心配した顔つきで私たちの目の前にいる吸血鬼パンドラ様に駆け寄った。
そしておもむろに口づけを交わすと、パンドラ様のお体は光に包まれ、次の瞬間パンドラ様のお腹の傷だけでなく、その身に纏ったお洋服まで元通りになっていた。私はとても神々しい瞬間を目にしてしまったと思った。おとぎ話では王子様のキスで悪い魔女の魔法が解けたりするものだ。だからやはり運命の人の口づけには魔法の力があるのだと思った。そしてこの黒髪の美しい少女こそパンドラ様の運命の人なのだと思った時、私がパンドラ様に対して感じていた淡い恋心が儚く散った気がした。
(※後でお二人に、お二人は恋人なのですかと聞いたらすごく怒られました。)




