39.王都セントラールの一番長い日4
喉を突かれその場に倒れるアーク。兜の下では吐血し、気道に穴が開き呼吸困難となっている。
その光景はあまりに衝撃的だった。セントラール王国最強の騎士が、王国に乗り込んできたたった一人の剣士の前に敗れたのだ。倒れるアークの前に仁王立ちする侵略者インフェルノ。
その攻防は一進一退だった。インフェルノの初撃がアークの肩の装甲を貫いた時点で勝負は決まっていたとも言える。しかしそれでも肉を切らせて骨を断つとばかりに前に出て剣を振りぬいたアーク。そのためインフェルノの一撃は押し切れず、いったん離れざるを得なかった。アークとすれば、武器強化の魔法をかけたミスリルソードの一撃で、インフェルノの腕を斬り落とすつもりだった。しかしインフェルノの鎧はその一撃を跳ね返したのだ。再び対峙した瞬間には、先ほどの一撃で右腕が自由に効かないアークと無傷のインフェルノ。その時点でもはや勝ち目はなかったが、背後に守るべき街を背負ったアークはそれでも向かっていかざるを得なかった。結果インフェルノの渾身の一撃がアークの喉元を貫いたたのである。
だが見ている者たちにはその攻防は理解できず、ただ圧倒的な力でセントラール最高戦力であるアークが敗れたように映った。
「ヤバいぞ!回復隊!アーク様に回復魔法を!」
セントラール陣営は大混乱している。治癒魔法専門の魔法部隊に対し指示が飛ぶが、アークの前に立っている恐るべき敵の前に誰も近寄れずにいる。そこに一人の駆け寄る男の姿があった。
「アーク殿!」
腰に大小二本の剣を携えた無精ひげの剣士。シンエモンである。インフェルノがシンエモンに気を取られた瞬間、倒れているアークの周りにつむじ風が起こり、そしてそこに突然一人の女が姿を現す。インフェルノは驚き一歩後退して身構えると、女は呪文を唱えた。
「風遁の術!」
すると女とアークは再びつむじ風に包まれ姿を消し、少し離れた回復魔法部隊に姿を現す。
「アーク様に回復魔法を!」
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「変わった術を使う者もいるのだな。」
アークを救出したビャクヤを眺めながらインフェルノは目の前の男に言った。
「それで…、お前はただの囮か?それとも戦うつもりか?」
「拙者はお前をこの先に行かせないために来た。」
そう言って腰を落とし左腰にあるカタナブレードに手を掛ける。
「そうか。」
その男は鎧を着ていない。袖の太い前合わせのコートを腰帯で縛る変わった服を着ているだけだ。強力な防具を装着している自分は、決闘に対し不公平でないかという考えが頭をかすめる。だがこれは個人同士の決闘ではない。自分とこの国の戦争だ。そう考え装着を解くことはせず剣を構える。全身鎧のインフェルノに身軽な服装で挑むシンエモンの姿は、周りの群衆からは自殺行為に見えた。
「剣を抜かなくていいのか?」
「気を使わせて申し訳ないが、これが拙者の構えでござる。」
「なるほど。」
鞘から剣を抜く動作と斬る動作が一体となる剣術があると聞いたことがある。確か居合術とかいう剣術だ。だとしたらその剣は目に止まらない速さだと聞く。インフェルノはいつか自分の剣とどちらが早いか勝負してみたいと思っていた。インフェルノはその無防備な鎧を持たない剣士に対し、油断することなく剣を構える。
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この国で行われている武術大会は、必ずしもすべての強い剣士が出場しているわけではない。名前を売りたい者はもちろん出場した方が良いが、有名になりたいわけではなくただひたすら剣の腕を磨く者も世の中にいるのだ。だからまだ知られぬ剣豪はいると考えて間違いない。シンエモンもその一人である。シンエモンの剣は大切な者を護るためにだけ振るうと決めている。そして剣を抜く時は、お互い命を懸けた戦いの時と認識しているため、むやみに剣を抜くことはない。表の世界の最強がアークだとしたら、シンエモンは裏の世界の強者の一人である。どちらが強いかは剣を交えてみたいと分からないし、今後も剣を交えるつもりはない。シンエモンにとって、大切な人間を護る事さえできれば、誰が一番強いかなどはどうでも良いことなのだ。
シンエモンの使うカタナブレードは、この国で一般的に使用されている両刃剣と違い特殊な製法で作られている。鍛造と研磨という過程を経て作られるその細く長い刀身は、比類なき強度と切れ味を誇る。そしてそのカタナブレードを使うシンエモンの腕は、刃こぼれすることなく鋼鉄の兜を両断することができる。まさしく斬鉄剣である。だから全身鎧のインフェルノに対しても勝ち目がないとは思っていない。いや、勝つために立ち向かっているのだ。
先ほどよりさらに慎重な二人は、なかなか近づこうとはしない。すり足で少しずつ距離を測るシンエモン。その独特の動きに対しても、剣を前に構えつつ重心を前後して自分との距離感をつかめさせないようにするインフェルノ。だが二人の距離は少しずつ近づいてゆく。その戦いに参加できない周りの群衆は、ただ息をのんでその光景を眺めている。そしてついに二人が動いた。
先に動いたのはシンエモンだった。踏み出しながら腰の太刀を引き抜こうとする。シンエモンが前に出るのを察し、ほぼ同じタイミングでカウンターを狙い踏み出すインフェルノ。だが次の瞬間インフェルノの横の地面に、2本のクナイシュリケンという投擲武器が突き刺さった。それはインフェルノの3mという魔法防御壁の範囲の外、朝日に照らされ長い影ができていたところだった。
「影縛り!」
先ほどの奇妙な術をつかった女の声がすると、インフェルノの踏み出そうとした体の自由が一瞬奪われる。やられた!その一瞬で、インフェルノはシンエモンの攻撃をかわせない事を悟った。
居合切りをフェイントに、シンエモンの大上段から真剣を振り下ろす!インフェルノの面に兜割りの一撃が決まった!
パキーンン!
金属の音が響く。と、シンエモンの折れた太刀の先が飛ぶ。すぐに身をひるがえすシンエモン。直後インフェルノは「フン!」という声と共に体をひねると、地面に突き刺さったクナイを抜き自身の体の自由を取り戻す。
「バカな…。」
あの兜を両断するつもりで打ち込んだ最高の一撃だった。しかしその結果、自身の命ともいえる刀の方が折れた。信じられない表情のシンエモン。
対するインフェルノの面には、傷一つついていなかった。
「見事なコンビネーションだ!今の一撃は完全にやられた!そうだ!これは1対1の決闘ではない。俺が油断していたのだ!」
先ほどのビャクヤの介入を卑怯と言わず、褒めたたえるインフェルノ。その声からは感動しているのも分かった。普段冷静なインフェルノも、シンエモンたちの見事な攻撃に対し興奮を隠せない。
「しかし先ほどの騎士といい、世界にはまだまだ強い剣士がいるものだな。できればもっと違う形で出会ってみたかったものだ。…それで、どうする?まだやるか?」
「聞いたことがあるでござる。その赤黒い鎧。まさか伝説のオルハリコンでできた…。」
言い伝えでしか聞いたことがない、伝説の金属の名前を口にするシンエモン。だとすれば自分の斬鉄剣で傷一つつけられないことも納得がいく。まったく次元の違う世界にいるのだ。シンエモンは相手の攻撃は一切受けていないが、既に完全敗北を喫した。だが刀を抜いたからには今自分は命を懸けてこの国を守ろうとしている。太刀が折れたからと言って引き下がるわけにはいかない。そして飽くまで予備でしかない短い方のカタナブレード=ワキザシブレードに手を掛け構える。
「もはやお前の剣ではこの鎧に傷一つ付けることはできない事が分かっただろう?無駄死にするだけだぞ?」
そんなインフェルノの言葉にも引く事なく対峙するシンエモン。もはや玉砕覚悟だ。
「そうか…。」
そんなシンエモンの心中を察し剣を構えるインフェルノ。しかし次の瞬間、先ほど介入してきた女が飛び込んで来た。女は、シンエモンに抱き付き戦いを止める。
「参りました!命だけは!命だけは見逃してください!」
泣きながらシンエモンを制止するビャクヤ。逃げればいいのにわざわざ死の危険を冒し主人の命を助けに来たのだ。
「離せビャクヤ!」
「すいません!私たちの負けです!この人の命だけは見逃してください!」
その光景を見て剣を降ろすインフェルノ。そしてシンエモンは悔しさに膝を落とす。
アークに続き、シンエモンもこの侵略者の前に敗北を喫したのだった。
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うずくまるシンエモンと泣きじゃくるビャクヤを横目に、進むインフェルノは閉ざされた巨大な門の前までやってくる。
「門を開けよ!これ以上手荒なことをするつもりはない。国王と会わせよ。俺はこの国にあるという龍の宝珠をもらいにきた。俺の要求はそれだけだ。素直に差し出せば危害を加えるつもりはない!この国の人間を誰一人傷つけるつもりはない。」
その言葉を聞き、素直に要件を飲んだ方がいいのではないかと思う者もいた。しかしどれだけ強いと言えど、全身鎧の剣士一人ではこの堅牢な門を前に何もできないであろうというのが大半の者の考えだ。
「うるさい!誰が通すものか!この扉は絶対に開かぬ!」
中から声が響く。
「やれやれ…。それでは強行突破させてもらうぞ!扉の向こうにいるものは避難しろ!」
インフェルノはそう叫ぶと剣を構える。危険を感じ門の周辺の者たちは逃げ惑う。
インフェルノは初めて放つその技が、この悪意の刺突剣を初めて手にした瞬間からそのイメージが頭に流れ込んでいた。
「フラシングフルーレ!!!」
離れた場所から一瞬で数百の突きを繰り出す。その剣撃がエネルギーを持った塊となり、数百の剣撃の塊がセントラール正門扉に向かって飛んだのだ。轟音と共に吹き飛ぶ門扉。扉が崩れる音と巻き起こる土煙。辺りは騒然となり、その光景を見ていた者たちは恐れおののく。
要するに剣から強力な魔法の遠距離攻撃を放ったのだ。アークにしろシンエモンにしろ、最初からこの技を食らってはなすすべなく殺されていたのだ。被害を最小限にとどめるために敢えて剣だけで戦ったのだ。今この瞬間、1000年続いてきたこのセントラール王国が陥落したと、その場にいた者全員が思った。
一歩一歩前に進むインフェルノ。周りの騎士や魔法使いたちは、もはや動くこともできない。だんだん門が近づくと、突然その真ん中の空間に裂け目が入った!
「?!」
何事が起きたかと思い立ち止まるインフェルノ。するとその空間の裂け目の向こう側から一人の人間が現れた。
1本の大きな剣を肩に担ぎ自分に向かってくる。
「悪いな。この先に進まさせるわけにはいかないんだ。」
「貴様は…。」
半透明な刀身の両手剣を持ったその男は、先日インフェルノが倒したばかりのはずだった。
「確かバーンと言ったな…。どこから現れた?なぜ手の怪我が治っている?」
「こないだは本調子じゃなかったんだ!今度こそ本気で行くぜ。」




