38.王都セントラールの一番長い日3
王都セントラールの正門外では騒ぎが起きていた。それは門の前で全身鎧を着た二人の戦士が対峙していたからだ。
片方は王国最強の剣士、騎士団長アーク。ミスリルシルバー合金でできた真珠色の全身鎧を身に纏い、手には同じくミスリルシルバーのロングソードを持ち構える。その姿は正に聖騎士。この王都セントラールの守り神、『真珠色の騎士』アーク・エオプ・テリクスだ。
そしてそのアークと対峙している男は、遠く北方連合王国からやってきた、連合王国最速の剣と恐れられる剣士、通称『神速のインフェルノ』。3本のツノが伸びる面当ての付いた兜と、その全身を覆う鎧はまるで固まった血液のように赤黒い。その赤黒い全身鎧の上に羽織っている、首回りに純白の毛皮のついたロングマントを翻し、構える剣はまるで槍のように大柄な刺突剣。アークは一目見て気付いている。その鎧も剣も、全て魔法の力の宿るマジックアイテムであると。
「貴様がバーンを襲ったというインフェルノという男だな?」
「さすが情報が早いな。早馬を駆けてきたのだがまさか先に待ちかまえられるとは思わなかった。」
そうインフェルノが言い終わるか終わらないかの瞬間、城壁の上から叫ぶ声が聞こえた。
「総員、マジックアロー射て!」
インフェルノがその声に反応し上を見上げると、城門の上に突然現れたたくさんの人影があった。それはセントラール王国の魔法部隊だった。そしてその人影からそれぞれ光が発生し、その光が数十本の矢となりインフェルノに襲い掛かる。瞬間インフェルノは全て撃ち落としてやろうかと考えるが、すぐにそれをやめる。その光景を目にした者たちはマジックアローの雨がインフェルノに炸裂したと思った。しかし光の矢はインフェルノから3mくらいの距離にある、ドーム状の見えない壁に激突し掻き消えた。掻き消える時の光で彼を守る魔法防御壁の形が分かり、そしてその光が消えた瞬間インフェルノが無傷でいることに、その魔法を放った者たちは驚愕する。しかし指揮者は諦めることなく再び大声を上げる。
「第二波射てぃ!!!遠慮するな!全力の魔力で放て!!!」
その声に続きマジックアローの雨がインフェルノに再び襲い掛かる。しかしその結果は第一波と同じだった。
「バカな…。」
先ほど頼もしい声を上げた王国最高の魔法使いセガールは唖然とする。自分が人生をかけて磨き上げてきた魔法が、そして今まで育て上げてきた自慢の魔法部隊がたった一人の敵に傷をつけることすらできなかったからだ。まるで自分の人生全てを否定されたかのような気がして、全身の血の気が引いた。どうすればいいか分からず指示を求めてセガールを見つめる周りの部下は、セガールの顔色が一気に赤みを失い蒼白となるのを目にした。
「終わりか?」
インフェルノはつぶやく。デモンストレーションにはちょうどよかったかもしれない。圧倒的な力の差を見せつけることができ、乱戦に持ち込まれて無駄な血を流さずに済んだ。
「飛び道具は聞かないということか。ならば剣には剣で迎え撃つしかないな。」
目の前の白い鎧の騎士が構える。なるほど。今のを見ても立ち向かってくるという事は、よほど剣に自信のあるのだろう。そうインフェルノが思うと同時に、白い騎士は魔法を唱える。
「武器強化。防具強化。肉体能力強化。」
「付与魔法か!」
アークは全身を淡い魔法の光に包まれる。アークとしても、魔獣討伐以外で付与魔法を使うのは初めてである。過去の武術大会も魔法を使わずに優勝を続けてきた。それだけ今対峙している敵の事を脅威と感じているのだ。
インフェルノとしては不意打ちで勝つよりも、万全の敵を打ち破る事により被害を最小限にして龍の宝珠を手に入れたいと考えている。そのため、黙って呪文を唱え終わるのを待った。それに自分は付与魔法を使わずとも、最初から魔法の力を宿すマジックアイテムの鎧を着ているので不利というわけでもない。
「準備は済んだか?」
「ああ。」
そして全身鎧姿の二人の戦士の決闘が始まった。
本来インフェルノの最大の武器はその剣の速さだ。先手を打って相手の急所を打つ戦闘スタイルは、その速度により他の誰をも寄せ付けず、彼を北方連合王国最強と呼ばせていた。全身鎧を着ている今、鎧の重量によりその最大の武器は失われている。しかし同じ全身鎧を着た者同士の戦いであれば、インフェルノが速度で遅れを取るはずがない。またその魔法の鎧の強度は、普通の武器では傷付ける事すら難しいだろう。ただし今対峙している相手は普通の武器ではなく、強化魔法を施したミスリルシルバーの剣を持っている。まともに食らってはこの鎧でもただでは済まないであろう。インフェルノは必勝する自信もあるが、目の前の敵を過小評価するつもりもなく、緊張を持って剣を構える。
アークは武術大会で各国の戦士と戦った経験があるため、様々な武器への対応を心得ている。大柄な戦斧を振り回す者もいたし、二刀流の者もいた。その中にはもちろん槍や刺突剣という刺突攻撃を得意とするものもいたため、このインフェルノの剣術のスタイルを恐れる事はない。欲を言えば円盾が欲しかったところだが、この邪悪な鎧や大柄な刺突剣の情報は聞いていなかったのだから準備できなかったことは仕方ない。パンドラの恐れていたマジックアイテムとやらの正体は、この剣と鎧、そして先ほど魔法を無効化した防御壁のことだろう。だとしたら、今対峙している者が今セントラールを脅かそうとしている脅威の全てだ。これを全力を持って排除すればよい。
お互い円を描くように距離を測り合い、そしてお互いに自分の射程圏内入った瞬間、二人は踏み込み攻撃動作に入った。
ガツン!
金属と金属がぶつかり合う音と共に、二人は後退する。その一瞬の動作を全て追えていた者はほとんどいなかっただろう。
正眼に構えるアークは、振りかぶり剣を振り下ろす。同時に繰り出されたインフェルノの突きが先にアークの肩口にヒットする。だがその突きが鎧を貫ききる前にアークの斬撃がインフェルノの右腕を襲う。その直後、致命傷を与える前にお互い一旦後退し、構え直した。
それがその一瞬に行われた攻防だった。再び構える二人は、仕切り直しと見えていたかもしれない。しかし、わずかだが鎧に穴を開けられ傷を負ったアークの右腕はもはやしびれて動きは鈍く、対するインフェルノの鎧には傷一つ付けられてなかった。
2度目の衝突でインフェルノの一撃はアークの喉元に突き刺さった。




