34.敗北
無事に領主の護衛任務が終わり、一夜が明けた。多少大暴れしたものの無事に暴漢は全て取り押さえる事ができた。客席は大混乱になったが、狙われているブライトンはニーナの指輪の魔法に守られているという安心感があり、逃げずに堂々としていたため、会場に来ていた領民からはとても頼もしい領主に映っただろう。
一緒に来た3人の騎士は、任務が終わればまた今日から城で仕事らしく、今朝一番に街を発った。俺はというと、今日一日休みを取ることにしてサリィの店に行った。
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店に着くと相変わらずの混雑ぶりだった。俺を迎えてくれたのはユーフォリアだ。
「バーンさん、今日は一人ですか?そしたら他のお客さんと相席でもいいですか?」
「相変わらず混んでるな。ああもちろん大丈夫だよ。」
そして案内されたのは、俺と同じように一人で来ていた男性客の向かいの席だった。
「すいません、こちらのお客様との相席でお願いします。」
「ああ。私もそんなに長居するつもりはない。」
その男は、この国には珍しいブロンドの髪をしていた。目の色も青い、外国から来たのだろう。しかし俺はその外見よりも、その男が付けている装備の方が気になった。
「なんだ?俺の顔に何かついているか?」
「いや、髪の色が珍しいなと思って」
と、お茶を濁す。
「そうか。この国の人間は黒髪のようだな。」
「外国から来たのか?」
「マインステート王国だ…。知っているか?」
「いや。無知で申し訳ない。」
「北部の連合王国の中にある小さな国だ。知らないのも無理はない。」
「そうか。連合王国か。腰に剣を吊るしてるところを見るとお前も剣士か?俺もだ。俺はバーンだ。」
「インフェルノだ。」
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俺には悪い奴とそうでない人間を見分けることができる特殊な力がある。インフェルノと名乗るこの男、何と言えばいいのだろうか、はっきり言えば、こいつは悪い奴ではない。しかしその胸につけている赤い宝石が付いたネックレス、それが問題だ。ネックレスから悪意を感じるのだ。アイテムから悪意を感じるというのは自分で言っていてもおかしい気がする。こんなことは俺も初めてだ。しかし間違いない。初めて見るが、おそらくこのネックレスは呪いのアイテムだ。
それをどうこの男に伝えるべきか?知らずにつけているなら外させるのが一番だ。しかしもし精神まで呪われているのなら怒って暴れるかもしれない。ネックレスの事を伝える前に、正気を保っているのかどうかを会話して確認してみようと思ったところ、向こうから話しかけてきた。
「お前はこの国の人間なんだろ?セントラールはここからずっと東へ行けばいいのか?」
「セントラールに行くのか?そうだ。この街の東門から続く街道を真っすぐ進むだけだ。何しに行くんだ?」
「お前は龍の宝珠を知っているか?」
「いや…、初めて聞く言葉だ…。」
「そうか。余計な事を聞いてしまった。忘れてくれ。それよりセントラールも、この街みたいに入る時に面倒な手続きがあるのか?」
「ああ、ここよりももっと面倒かもしれないな。だけど手続きさえしっかりやればだれでも街には入れるよ。それかこの街で先に手続きして通行手形を発行してもらえれば、それを見せれば向こうでは手続きはいらないんだけど。」
「それはすぐに発行してくれるのか?」
「いや、発行まで1週間くらいかかるはず。」
「それじゃいい。直接向こうで手続きしよう。そろそろ行こう。悪かったな、いろいろ質問して。」
「いや、いいよ。」
席を立とうとするインフェルノに対して、俺は引き留めるように声を掛けた。
「それより気になってたんだが、お前のその胸のペンダント、呪いのアイテムじゃないのか?」
「?!」
急に雰囲気が変わった。インフェルノが殺気立つ。先ほどまでの好青年はどこかに消えてしまった。
「…だとしてもお前には関係ないだろう?」
「俺はセントラールの人間だ。そんな殺気を出した人間をみすみす見逃すわけにはいかないな。」
「外に出ろ。貴様も剣士と言ったな。ならばその剣で止めてみろ。」
そう言うとインフェルノは食事の代金をテーブルの上に置き、席を立った。俺も後に続く。店内で騒ぎ立てるつもりはないようだ。まあ外でも騒ぎになるだろうけれど。
「あ、バーンさん、どうしたんですか?」
インフェルノと共に店を出ようとする俺にユーフォリアが声をかける。俺は片手を上げて通り去る。ただならぬ気配を感じ、ユーフォリアは店の奥へ駆けた。
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店の前で俺たちは対峙する。人通りも多いが仕方ない。
「なあ、何しにセントラールまで行くんだ?さっき言った龍の宝珠っていうのを探しに行くのか?」
「これ以上お前に話すことはない。俺を止めたかったら剣を抜け。」
そう言ってインフェルノは腰のレイピアを抜いた。こちらへ剣先を向ける。剣を抜かれてしまったからにはもう後には引けない。
「どうした?剣を抜かぬなら一方的に刺し殺すぞ。」
まだ俺はこいつの剣の射程圏内には入っていない。だが剣を向けられただけで感じるこの殺気はただものじゃない。こいつはやばい。そう察した俺は腰のショートソードではなく、フレイムソードを抜刀した。
何もない中空から剣を抜いた俺を見て、一瞬インフェルノは驚く。しかしすぐに納得する。
「魔法剣か?戦うのは初めてだが相手にとって不足はない。」
こいつは本気でやらないとダメだ。そう思い俺はフレイムソードを燃え上がらせる。
「フレイムソード!」
しかしフレイムソードに変化はない。千年の森では剣の名前を呼ぶことで刀身に炎をまとった。しかし今は何も起こらない。
「くっ!」
なぜだか分からないが考えている暇はない。炎をまとっていなくてもフレイムソードの強度と力は十分感じる。このまま戦うのみだ。
俺は両手で正面に構える。対するインフェルノは半身で剣先をこちらへ向ける刺突剣特有の構えだ。
お互いに呼吸の読みあいが始まる。一瞬の間を突いた攻撃が相手をしとめる。
シッ!
インフェルノが先に動いた。それに合わせて俺もフレイムソードを振りかぶる。一閃…
「ぐわっ!!!」
インフェルノのレイピアが剣を持った俺の右手のひらを貫いた!
すぐに剣を引き構えるインフェルノ。
右手を破壊された俺はもはや剣を持てなかった。
「クッ!」
右手から真っ赤な流血が流れる。遅れてやってくる激痛。
対して、俺が戦闘不能に陥ったと分かり、剣先についた俺の血を振り落とすインフェルノ。そして懐から出したハンカチで剣先を拭うと、剣を鞘に納める。
「…。」
そしてインフェルノは何も言わず立ち去る。その瞬間、一部始終を見ていた辺りの通行人たちが一斉に騒ぎ立てた。しかし恐ろしくてだれも奴を止めることはできない。ただ剣士として要である手を破壊され、血だまりの上でうずくまる俺だけが残された。
完敗だった…。速すぎた。全く対応できなかった…。
失血で意識が遠のいて行く。そういえばちょっと前にも同じような事があったな。あの時はニーナに助けられたっけ…。気を失う直前、そんな事を思い出していると、驚いた顔で店から飛び出してくるニーナとパンドラが視界に入ってきた。
「インフェルノという男が、龍の宝珠を求めて王都を目指している…」
ニーナにそれだけ伝えると、俺の意識は真っ暗な中に落ちて行った…。




