31.盗賊ギルド
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フィックスの街の商人ギルドの幹部の一人でもあるブロッケンは焦っていた。
「クソッ!またしくじったのか!」
そう言って手元にあったグラスを床に叩きつける。グラスは音を立てて割れ、中に入っていた飲み物は床に飛散した。
「焦るほど奴の術中にはまるぞ。落ち着けブロッケン。」
同じ部屋にいるもう一人の男、同じく商人ギルド幹部リキシーが彼をなだめる。
ここは商人ギルド本部建物のブロッケンの私室。先ほどブロッケンがグラスを叩きつけ汚れてしまった床には、靴が吸い込まれるような柔らかさの最高級じゅうたんが敷かれている。叩き割ったグラスもドワーフの国から購入した透き通る美しさの最高級グラスだった。それだけではない。この部屋の家具は全てブロッケンの趣味で世界各地から買い集めた最高級品ばかりだ。クリスタルでできた豪華なシャンデリア、輝かしい艶を持つ大理石のテーブル。壁には外国の珍しい動物の頭のはく製が飾られている。ブロッケンの商人としての人生の結晶であるこの最高級の暮らしが、今重大な危機に直面しているのだ。
先週この街の領主ブライトンによって、商人ギルドのギルドマスターであるファットマンが不正の証拠を掴まれ身柄を拘束されてしまった。現在まだ裁判で抗争中だが、あれだけの量の証拠を掴まれてしまってはファットマンの財力を駆使してでももはや有罪は確定だろう。おそらく私財没収の上、投獄されるのは間違いない。それが早いか遅いかだけの違いだ。
「ブライトンめ。あれだけの証拠を集めていたとは、無能な政治家だと侮っていたが、今までかなりの時間をかけて調べていたに違いない。」
ブロッケンが焦るのには理由がある。不正を行っていたのはファットマンだけではない。この商人ギルドの上層部の大半が不正によって、今の立場にのし上がってきた。政治家への賄賂はもちろん、ブロッケンに至っては取り扱いを禁止されている麻薬の密売まで行っている。ファットマン一人についてあれだけの証拠を集められたのだ。他の商人ギルドの者たちの不正の証拠についてもいろいろ握っているに違いない。もはや完全にブライトンは商人ギルドの敵となった。隙あらば暗殺するよう裏で動いているところだ。
「畜生!ブライトンの野郎、どれだけ優秀な護衛を雇ってやがるんだ?!」
そして今ブロッケンが苛立っている理由はそれだけではない。ブライトンの毒殺に3度目の失敗をしたのだ。最初は運がいいだけなのかと思った。しかしブロッケンが料理人として送り込んだスパイによれば、毒見の者がいるわけでもなく、ブライトンが明らかに毒物を見分けていたというのだ。スパイはその場はなんとか言い訳して逃れたと言うが、もしバレたらブライトンに殺されると恐れている。3度目の失敗で、スパイももはや恐怖で逃げ出す寸前だ。
ブロッケンが焦る理由はもう一つある。商人ギルドの中で直接刺客を送ったという者たちの元に、送った刺客の生首が届けられているというのだ。仲介を通して殺人依頼をしているのに、なぜか奴は依頼主を特定し、依頼主の元に名前も知らぬ殺し屋の生首が送り付けられるのだそうだ。これはブライトンの、お前の悪事は分かっているしいつでもお前を殺すことができるのだぞ、という脅しだ。へらへらした顔の裏側は、どこまで腹黒い男なんだ。次は私の元に送り込んだ料理人の生首が送られているかもしれない。これは一方的な暗殺計画ではない、殺るか殺られるかの殺し合いなのだ。
「ブロッケン。こうなったらもう後には引けない。殺るしかないんだ。盗賊ギルドを全面的に動かそう。」
「…本気か?リキシー」
盗賊ギルド。それはこの街の暗部が集まってできている秘密組織。盗賊だけでなく専門の暗殺者もいると聞く。
「そうだ、俺たちは成り上がるためには、どんなヤバい事にでも手を染めてきたじゃないか。かつて最も危険な二人組として恐れられた俺たちの力を見せてやろう。」
「フフフ…。やるしかないな。しかしやるからには気を付けろ。盗賊ギルドと手を組むのなら、たとえ商人ギルドの仲間にもバレたらまずい。」
「この部屋は防音でできている。だれも盗聴などできんよ。」
「確かにそうだな。では俺が奴らに連絡を取る。この話はこの部屋の中だけだ。」
「フフフ。恐怖に苦しみながら死ぬブライトンの顔が楽しみだ。」
会話が終わり二人が部屋を出て行く。部屋に誰もいなくなるとテーブルの影が突然長く伸び、そしてそれは立体となり、やがて人の形となった。
その姿は190センチを超すタキシード姿の大男。吸血鬼アルカードだった。
「盗賊ギルドだと…?」
そう呟くと、アルカードは手に持った風呂敷の包みをブロッケンの机の上に置いた。風呂敷の中身はもちろん、今日ブライトンの館で解雇されたばかりの料理人の頭部だ。
アルカードは再び影に潜り、建物の外でコウモリとしての姿を現すと、夜の闇に消えていった。
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「俺の要件はとりあえずこれでいいとしてだ。ニーナ。あのお店は何なんだ?なんでサリィが突然あんな立派なお店の店長になっているんだ?」
ブライトンが部屋から去って部屋の中はニーナとパンドラと3人になると、今までそのいきさつの説明が一切なかった、農村の子供サリィが突然カフェの店長をやっている件についてニーナを問いただし、俺と別れてからの2週間を説明してもらった。
まずフィックスに戻ったニーナは、
①またサリィの作ったプリンが食べたい。できれば毎日。
②サリィは将来ケーキ屋をやりたい。
③ブライトンがユーフォリアを助けたお礼になんでもすると言っていた。
それら3つをまとめて、ブライトンに出資してもらってサリィにケーキ屋をやってもらえば毎日プリンが食べられる。という回答を導き出したと言う。
そして最初は、今よりずっと小さな規模の持ち帰り専門のケーキ屋を始めたそうだ。サリィとサリィの父を説得し、店舗の準備には魔法も使い、翌日にオープン、思いのほか大評判だったらしい。飲食スペースが欲しいという声が多かったため、たまたま通りに面した一等地のレストランが閉店するという事でブライトンに買い取らせ、看板だけ新規で作り店舗はそのまま利用して今の店を先日オープンしたのだそうだ。しかし繁盛しすぎて今悩んでいるらしい。特にこんなに男性客が来るとは思わなかったのだそうだ。
正直言って貴族のユーフォリアの容姿は、その辺の町娘と比べようがないくらい美しい。さらにニーナとパンドラの二人の美しさも人間離れと言っていいほどだ。こんな店員がそろっているのだ。男性客が殺到するのも分かる気がする。まあそれを言うと調子に乗るので言わないでおこう。
「プリン食べる暇もないんだもんな~。これじゃ本末転倒だよ。でもサリィは喜んでくれてるみたいだし、辞めるものね。」
「そんなに忙しいなら、吸血従者の娘たちにも手伝ってもらえば?」
ニーナが愚痴るので、俺がアイデアを出してみた。というかアルカードの屋敷を出る時に、吸血従者の子たちをどうするかは後で決めようと言っておいてあの館に放置しっぱなしだったから気になっていたというのもある。
「確かにあの子たちは今アルカードの調査内容をまとめるくらいしかやることがないのよね。私の従属になって多少日光への耐性が強くなってるはずだから、露出の少ない服を作ってあげればお仕事できると思うわ。」
「じゃあそうしよう!」
なんか俺の意見が採用されたみたいだ。採用されるってうれしい。
「そういえば、バーン。アルカードからの情報なんだけど、どうやらこの街には盗賊ギルドという組織があるそうなの。それが商人ギルドと繋がりがあって、領主暗殺にかかわっているみたい。」
「盗賊ギルド?」
パンドラの言葉に驚く。職業組合というものは、基本表向きに言えるような職業でないとありえないと思っていたからだ。盗賊などと言う裏の仕事にも組合があるだと?だとしたらその規模もその影響力も未知数であり、とても警戒しないといけない相手だ。
「ええ、アルカードには商人ギルドの調査を優先的にやらせているからそっちの事はまだ詳しく把握できていないんだけど、窃盗や横領、中には暗殺も請け負っている組織らしいわ。護衛の方気を付けてね。」
「分かった。また何か分かったら教えてくれ。気を引き締めてかからないといけない相手のようだ。」




