96.ゴブリンキング
インフェルノはゴブリンキングと対峙した。近づくまで気付かなかったのだが、そこにはゴブリンキングだけでなく、他にも数体のゴブリンがいた。だがやはり最大の敵はゴブリンキングだ。その存在感は他のゴブリンたちと比較にならないほどだった。
その異様な巨体は、圧倒的な迫力であった。身長二メートルを超す全長の筋肉の塊のような肉体は、他の小柄なゴブリンたちと本当に同じ生き物なのだろうかと疑いたくなるほどだった。オーガと比べても、一回り以上大きいだろう。しかし緑色の肌、尖った鼻と耳、ゆがんだ口から覗く牙など、やはりゴブリン特有の容姿をしていた。
ゴブリンキングは巨大なバトルアクスを構える。それは本来両手持ちの武器のはずだが、この巨体のゴブリンはそれを片手で持っていた。いかに屈強な戦士であろうと、一人でこのバケモノの相手をするのは困難であろう。
だがインフェルノはその体格の差を補って余る装備をしていた。オルハリコンの全身鎧と魔法の刺突剣。それはどんな攻撃もはじく鉄壁の鎧と、遠距離攻撃を可能とする強力な武器だ。その装備に包まれた今のインフェルノに恐れるものはなにもなかった。躊躇することなく、バトルアクスを構えるゴブリンキングへ向かって行った。
ゴブリンキングも、引く事なく突進してきた。お互い射程圏内に入る。振り下ろされるゴブリンキングのバトルアクスをインフェルノは紙一重で交わす。そして喉元目がけて突きを見舞おうとした瞬間だった。
後方にいたゴブリン魔道士の存在を意識していなかったインフェルノの油断である。足元の岩場が突然流砂のようになり、インフェルノの姿勢が崩れる。それは土の精霊魔法、砂地獄。それに足を取られ、必中のインフェルノの攻撃を外してしまう。それただけでなく、体が足元の流砂にじわじわと飲み込まれてゆく。
「くっ!浮遊」
インフェルノが風の精霊魔法によって流砂から脱出しようとしたその時、横からゴブリンキングの次の一撃が襲い掛かった。大地への踏ん張りが効かず無防備なところに、胴体へ思い切り横殴りの一撃が入った。オルハリコン製の鎧に傷はないが、その衝撃は内部へ伝わりインフェルノの腹部に大きなダメージを与える。そしてその衝撃で吹き飛ばされたインフェルノは、崖の斜面を転がり落ちて行った。
インフェルノに先を譲ったバーンは、後からそれを追った。両翼から押し寄せてくるゴブリンの群れがバーンに迫いつき取り囲んだ時には、バーンは斜面の下に到達していた。もしこの斜面を登ろうとしても時間がかかってしまうだろうし、矢や魔法の格好の的になってしまう。そのためバーンはその場で押し寄せるゴブリンたちと戦うことになった。
強力なフレイムソードの前では、最弱モンスターのゴブリンは紙切れのようだった。次々にバラバラと断されてゆく。しかしその数は暴力。バーンが一方的に押しているのにも関わらず、途切れることのないゴブリンの攻撃は、だんだんとバーンの体力を削っていった。時間がたつほど蓄積した疲労から動作に隙ができてしまうだろう。一度攻撃を食らえば、その後の怒涛の押し寄せに耐えられる自信がない。集中力を欠けさせたら途端に反撃に合う。バーンの戦いも紙一重であった。
そんな攻防の最中、突然後ろの斜面から岩が転げ落ちてきた。それを避けるバーンは、岩石と一緒に転げ落ちてきたインフェルノの姿も発見する。
「インフェルノ?!」
考えにくい事だが、まさか負けたのか?ゴブリンキングはどうなった?そう思い斜面を見上げると、上からインフェルノの止めを刺しに飛び降りてくるゴブリンキングを目撃した。
ドスン!と、バーンの目前に着地するゴブリンキング。バーンはそれと目が合った。
「インフェルノ大丈夫か?」
インフェルノとゴブリンキングの間に立つような形になったバーンは、インフェルノを庇うようにゴブリンキングと向き合う。雑魚ゴブリンたちは飛び降りてきたキングに譲るように、攻撃の手を止めている。
「すまん、バーン。頼めるか?」
インフェルノは腹部へのダメージが残っており、ゴブリンキングの相手をバーンに頼む。するとバーンは快く答えた。
「任せとけ!」
バーンが言い終わるか終わらないかの瞬間、ゴブリンキングのバトルアクスの一撃がバーンを襲う。バーンはフレイムソードで打ち返す。ガキン!という金属音を立ててお互いの武器が跳ね返される。
モーニングスターの鉄球すら両断したフレイムソードだったが、ゴブリンキングのバトルアクスは多少刃こぼれした程度だった。それは、ゴブリンキングが武器強化の特殊スキルを有しているからだ。
だとすると、このまま何度も打ち合いをしていると膂力で劣るバーンの方が分が悪い。強靭なフレイムソードが刃こぼれすることはないが、力で押し込まれてゆくだろう。
しかしバーンに危機感はなかった。それよりも剣を交えた瞬間、何かのスイッチが入ったかのように、バーンの集中力は最大限まで研ぎ澄まされていた。
武器を打ち合い弾き飛ばされた後、すぐに体勢を整え次の一撃を見舞おうとするゴブリンキング。バーンはその攻撃に対し、今度は打ち返そうとせずにフレイムソードでバトルアクスの攻撃を受け流す。バトルアクスは狙ったバーンに当たらず、その横の地面に突き刺さり、ゴブリンキングは体勢を崩す。
ゴブリンキングの首を取る千載一遇のチャンスだった。だがバーンは、その瞬間自らに襲い掛かる魔法の矢に気付き、剣先はゴブリンキングではなく飛来した魔法の矢を打ち落とした。そしてお互い一旦距離を取り直す。
今の攻撃は、どこかに潜むゴブリン魔導士によるものだ。弓手もまだいるであろう。敵は目の前のゴブリンキングだけではないのだ。
すると、次の瞬間バーンの足が突然地面に埋まり始めた。先ほどインフェルノを襲った魔法、砂地獄だ。バーンはそれを知らない。足を取られ姿勢を崩すバーンにゴブリンキングの攻撃が迫る。
そのままその魔法に飲み込まれてしまっていたら、バーンはゴブリンキングに負けていた可能性が高かっただろう。だが、バーンもまた一人ではなかった。
バーンの後方で「斬撃球!」というインフェルノが魔法を唱えた声が響く。そして斜面の上から一体のゴブリンが転げ落ちてきた。
バーンは突然足元が元に戻るのに気づき、ゴブリンキングの攻撃を後ろに飛びのいて交わした。
バーンは剣を構え直す。そこに先ほどのインフェルノに倒されたゴブリンが、斜面の上から転げ落ちてきた。それはローブの上から動物の頭蓋骨を頭にかぶった個体、ゴブリン魔導士。バーンは先ほど足元をぬかるませたのはこいつで、それをインフェルノが倒してくれたということを理解する。
ゴブリン魔導士との連携攻撃に失敗したゴブリンキングは、突然咆哮を上げた。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!」
それはゴブリンキングの特殊スキルの一つ、威嚇咆哮。その叫びを聞いた者に恐怖を与え、恐慌状態にさせてしまうものだった。心が弱い者だと、その咆哮を聞いただけで絶命してしまうこともあるという。
だが、バーンはそれを聞いてもパニックになることはなかった。それはつまり、バーンの戦士としてのレベルが、かなり高い段階まで来ているからであった。
「そりゃあ!」
威嚇咆哮を聞いても先に攻撃を仕掛けてくるバーンに対して、ゴブリンキングは戸惑う。
同士討ち効果はないため、ゴブリン兵たちには状態異常は起こらない。ゴブリンキングを襲うバーンへ、ゴブリン弓手の矢が襲うが、死角から飛んでくるそれすら、今のバーンは見えているかのように打ち落とす。そしてゴブリンキングを攻める手が休むことはない。
防戦一方のゴブリンキングは焦っていた。明らかに体格で劣る目の前の人間に対し、打ち込まれる剣をはじき返すことで精いっぱいなことに。そして時々防ぎ損ねた攻撃は、ゴブリンキングの身体に傷を与えてゆく。そのたびにゴブリンキングの黒い血液が飛び散る。じりじりと後ろに押し込まれてゆくと、ついにバーンの一撃が、むやみやたらと振り回していたゴブリンキングのバトルアクスを弾き飛ばした。
手元を打たれ、激痛と共にバトルアクスを落とす。無防備になったゴブリンキングが最後に目にしたのは、恐るべき速度で首元を襲う、烈火の刀身だった。
これだけ連載してきて、今回初めてバーンが主人公らしく活躍できたような気がします……




