第3話 稲荷神社
翌日。
おばあちゃんの棺を乗せた、キラキラピカピカな車と一緒に
斎場に向かう。
お坊さんの読経のリズムが絶妙に眠気を誘う。
「あしたのお葬式でウトウトされたら、おばあちゃん悲しいよ」
昨日のおばあちゃんの言葉を思い出し、
愛華はシャキッと背筋を伸ばした。
◇
お葬式の後、棺は火葬場に移された。
僧侶の短い読経のあと、おばあちゃんは炉に入っていく。
ここで、おばあちゃんの身体は無くなっちゃうらしい。
親族の控室で1時間ほど待つように言われた。
「お母さん、ちょっとだけ探検してくるね!」
「あまり遠くに行くんじゃないわよ!」
母が言い終わる前に、愛華は部屋を飛び出していた。
建物の外に出ると、愛華は裏手の庭へ向かった。
予感がしていた。
やっぱりいた!
「おばあちゃん!」
斎場の隅っこ。
木の横にうっすらと透けたおばあちゃんが笑っていた。
---カチッ---
見渡すと、いままで誰もいなかった場所に
何人もの人がいた。
ぼーっと空を眺める人
きょろきょろ誰かを探している人
ワンワン泣いている人(あっ、この人まだ子供だ)
同じ場所を歩き回る人
何かに怒っている人
愛華のおばあちゃんは、いつも通り、ニコニコしている。
「愛華、良くここが分かったね」
「うん、なんとなくそんな気がしたの」
「あのね、愛華にお願いがあるんだ」
「何?」
「裏山のお稲荷さんに行ってね、
『しばらく行けなくて、ごめんなさい』って謝っといて欲しいの」
「うん、わかった」
「明日でもお母さんに言って、お供え用の稲荷ずしを作ってもらいなさい。
あ、お供えするお酒も忘れないでね」
「うん、おばあちゃんは来ないの?」
「おばあちゃんは死んじゃったからね、
神社の結界には入れないんだよ」
「ふーん。今夜は、ウチに帰ってくるの?」
「今日からしばらく、お世話になった方々や
昔の友達にあいさつ回りするから留守にするよ。
初七日までには帰るからね」
「ショナノカ?」
「だいたい一週間くらいってことだよ。
じゃあね、頼んだよ」
おばあちゃんは、フワッと浮き上がると、そのまま空を飛んで
遠くに消えていった。
(すごーい! 死んだ人は空も飛べるんだ!)
おばあちゃんが見えなくなった後、愛華は昨日と同じように念じた。
(戻れっ!)
---カチッ---
周囲の景色が元に戻った。
そして、周りにいた人たちも、消えていた。
待合室に戻り、しばらくすると職員さんが呼びに来た。
炉から出てきた台の上には、もう、おばあちゃんはいなかった。
みんなで、おばあちゃんの骨を骨壺に入れる。
小さくて手が届かない愛華は、父親に抱きかかえられ、
箸で小さな骨を一つ、骨壺に入れた。
◇
「ねえ、お母さん」
夕食の時、愛華は母に言った。
「明日、裏山の『お稲荷さん』に行くから、稲荷ずし作って!」
「愛華、一人じゃ危ないでしょ。
お父さんと一緒に行けば?」
「すまんな。今、引っ越しシーズンだろ?
明日も朝から三件、内見の予約が入ってるんだ。
あさって、一緒に行こうか?」
「嫌!お稲荷様におばあちゃんの事、教えてあげなきゃいけないの。
私、一人で行ってくる」
「一人で大丈夫なの?」
「……まあ、おばあちゃんと何度も登ってるしな。
裏山にクマやイノシシが出たって話も聞いた事ないし、
大丈夫だろ」
「神社のベンチでお昼食べてから戻るね。
稲荷ずし、多めに作って」
「愛華、ちゃんと手すりにつかまって登るのよ。
お参りして、お昼食べたらすぐ戻ってくるのよ」
「うん!」
◇
翌朝。
愛華はリュックの中を確認する。
「お供え用の稲荷ずし、お酒、お昼ご飯、ちょっと多めに狐さんの分、
よし、完璧!」
玄関で母親が見送る。
「走らないでね。ちゃんと手すりにつかまって
ゆっくり上りなさいね」
奥から父親も声をかける。
「明日は父さんも掃除に行くって、お稲荷様に伝えといてくれ」
「うん。いってきまーす」
裏山の山道を少し上ると、稲荷神社まで続く石階段が見えてくる。
手すりにつかまりながら、石階段を一歩ずつ上る。
階段の中腹で一休み。
振り返る。
「はあ、はあ、
おばあちゃんと一緒の時は気が付かなかったけど、
けっこう高くまで登るんだな……」
神社の鳥居が見えてきた。
鳥居の前で一礼。
拝殿の前まで来ると、リュックから
お供え用の稲荷ずしとお酒を出す。
前にお供えした稲荷ずしは無くなっている。
お酒の小瓶も空っぽになってる。
「神様が食べたのかな?」
拝殿の正面で鈴をジャランとならしてから……
二礼。
二拍手。
手を合わせる。
( あっ、手を洗うの忘れた……まぁいっか。
お稲荷様。能登愛華です。
おばあちゃん、死んじゃいました。
幽霊のおばあちゃんが『しばらく来れなくてごめんなさい』
って言ってました。
明日はお父さんが掃除に来るそうです。
私もこれから、おばあちゃんの分までお参りに来ます。
これからも、よろしくお願いします )
愛華が一礼をして、拝殿から離れようとすると
拝殿の横がボゥっと光った。
(あれ?誰かいる。
何かお話があるのかな?
……あ、そうだ!)
---カチッ---
おばあちゃんと話した時と同じように、
頭の中でスイッチを入れた。
拝殿の横には、光り輝く一匹の白い狐がいた。
「あの……、神様ですか?」
白い狐は少し驚いたように愛華をみると、
「いや、私はこの社の御祭神様をお守りする眷属の長、天狐です。
そうですか……お婆様は他界されたのですね。
今まで良く社に奉仕してくれました。とても残念です」
「はい、おばあちゃんも残念がっていました」
「時に愛華。あなたはこちらの世界に来れるのですか?」
「こちらの世界?
あっ、何かおばあちゃんが死んだとき……
おばあちゃんとお話ししたいって思って……
頭の中で、テレビのチャンネルを変えるみたいにカチッってしたら……」
「そうですか。
でも、そのチャンネルを変えるのは、できるだけ人前では
しない様にしましょう」
「えっ、ダメなんですか?」
「現世の人からは、チャンネルを変えた愛華の姿は透けて見えます。
更にチャンネルを変えるとあなたの姿は人から見えなくなります。
みんなに気味悪いと思われたくないでしょ?」
(そっかぁ、だからあの時、お父さんビックリしてたんだ)
「それに……下界でチャンネルを変えると、
人以外の様々な魑魅魍魎と出くわします。
子供を食べる妖怪もいれば、悪霊もいます。
他の星から来た異星人が住むチャンネルもあるんですよ」
「えぇ、食べられちゃうんだ!」
「このお山一帯は、御祭神様の加護で人を害する妖怪、クマやイノシシは
近づけない様にしています。
でも、街に出たら守り切れません」
「わかりました。天狐様。できるだけ他ではチャンネルは変えません!
そして他の人にも言いません!
でも、宇宙人って本当にいるんですね!」
愛華のワクワク顔を見て、天狐は悟った。
(はぁ~、この童、絶対に他でもチャンネル変えちゃうな……)
「これ、野狐。そんな所にいないで、こちらに来なさい」
草むらから子狐が顔を出した。
「わぁ、狐さん!久しぶり!」
「久しぶり、僕は野狐だよ。
このお山で眷属になる修行をしてるんだ」
「へぇ、ヤコって言うんだ。
あたしは愛華。今日も一緒にご飯食べよ!」
「ひゃぁ~!食べる~!」
「これ、野狐。食事の話をした時だけ元気になるな」
「天狐様も、一緒に食べません?」
「私はこれから御祭神様におばあさまの事を報告しなければなりません。
野狐、この童は危なっかしいから、貴方がそばについていなさい」
「はい、天狐様」
光はスゥーっと消え、天狐様はいなくなった。
それから愛華は、ご飯を食べながらヤコといっぱい話をした。
「ヤコはずっと前から喋れるの?」
「そうだよ。いつも話しかけてたのに、
愛華、全然気づいてくれないんだもん」
「ごめんね。おばあちゃんが亡くなってからなんだ。
チャンネル変えられるようになったの。
ヤコもチャンネル変えられるの?」
「うん。御祭神様のいる神界までは行った事あるよ!
僕の種族は『妖弧』って言ってね、
現世の人には普通の狐にしか見えないんだ。
でもチャンネル?変えなくても妖怪や悪霊は気配でわかるよ」
「すごーい! 他にはどんなチャンネルがあるの?」
「昔は現世のすぐ近くに妖怪が住んでたんだよ。
でも、人がどんどん開拓していって、今ではかなり山奥にしか
いないんだ。
今ではそこに、他の星から来た『レプティリアン』ってトカゲの顔をした
人達が住んでるよ」
「へぇー、宇宙人ってやっぱりいるんだ!」
「あとは、現世より下の世界……
天狐様には絶対に行くなって言われてる……」
「下のチャンネル?」
「うん、冥界とか地獄とかあるんだって……
行ったら帰れなくなることもあるから、絶対行くなって……」
「へぇー、気を付けようっと」
ヤコとのおしゃべりが楽しくて、
愛華は時間がたつのも忘れていた。
「あ、やばい!遅くなるとお母さんに怒られちゃう。
もう行くね。また遊ぼうね」
愛華が歩き出すと、ヤコが付いてくる。
「あれ?ヤコも一緒に行く?」
「うん、それよりチャンネル戻して」
(あっ……忘れてた)
---カチッ---
石階段を半分くらい降りたところで、
下の方にお母さんの姿が見えた。
「愛華~、遅くなっちゃダメって言ったでしょ?」
「ごめーん。この子と遊んでたら遅くなっちゃった」
お母さんはヤコを見つけると
「あら、可愛い子狐。うちでご飯食べてくかい?」
お母さんに駆け寄ってスリスリするヤコ。
(さて、狐って何食べるんだっけ?)
お母さんが悩んでいると、その周りをヤコが嬉しそうに走り回る。
「もー、ヤコってご飯くれる人、誰にでも懐いちゃうの?」




