第14話
仕事に行きたくない。
休んだ次の日なんて行きたくないのは当然なのだが、無断欠勤した次の日だ。
最悪だった。
職場に出勤しようと寮を出ると、出た先に肖然が立っていた。
「おはようございます」と、頭を下げられて俺は頭を深く下げて「昨日は大変申し訳ありませんでした」と謝罪した。
「構いません。昨日は朝から帝のもとで仕事をしていたことにしておりますので、ご安心ください」
肖然の言葉に、俺は目を丸くする。
「なぜ?」
「あの様子はなにかがあったのでしょう? 過去に。何かがきっかけで思い出した」
「……はい」
「帝は志明さま、あなたのことを心配しておられます。今日の夕方、仕事終わりに来てください。お待ちしております」
「承知いたしました」
拱手をして、肖然の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
そして、その日の夕方、俺は約束通りに帝の執務室に来ていた。
執務室に入ると、あの沐陽を見つける。
すぐに彼のそばまで行き、昨日は申し訳なかったと謝罪した。
「ああ、いいのですよ。それよりも、帝に会いに行ってあげてください。心配していますから」
「……はい」
優しい。見た目も美しいが、心も美しい。育ちがいいのだろう。
帝の執務室に入ると、俺はすぐに謝罪の言葉を口にして頭を下げた。
「どんな罰でも受け入れます」
「……罰するつもりなどはない。昨日は顔色が悪かったが、今日は問題なさそうだな」
優しい声色に、胸がきつく締め付けられる。
優しくするのは、遣手婆だけでいい。
「なにがあったのか、教えてはくれないか」
「……はい」
「では、私は外で」と言って肖然は執務室から出ていく。
俺は扉が閉まるのを確認して、口を開いた。
「9つの頃、俺は初めて男に襲われました。見た目が女のようで、そして華奢だったからだと思います。あのとき、兄と鬼ごっこをしていたんです。どこかに迷い込んで、そこで……ですが、それだけのことです」
「それだけのことではないのだろう? だから、あのように取り乱した」
「……私はまじないをかけられていました。あの頃の記憶はほとんど覚えてないのです。思い出せないようにしてもらっていたからです。だから、帝のことも覚えていなかった。悪いことも覚えていませんでした」
「思い出してしまったのか」
「夢を見たのです。それで、思い出しました」
「私が会ったときのことを話したからだな?」
俺はそれに頷いた。
「……すまないな」
「謝らないでください」
「いいや。悪いことをした。今までの行いも、悪いことをしたと思っている。お前にとってみれば過去を思い出す引き金でしかない」
「……陛下、あなた様は国の最も尊きお方。そう簡単に謝罪の言葉を申し上げることは許されません。私はあなたの駒であり、あなたの頭脳の一部です。どうか、謝らないでください」
拱手をしてそう言うと、椅子が引く音がした。そして、目の前に帝がやってくる。
「……志明」
「はい」
「外後宮にこないか」
「なぜですか?」
「お前を守りたい。武官などいない場所のほうが安心だろう? 外後宮ではお前を襲おうとするものなど一人もいない」
「私は強いです」
「では、肖然に勝てるのか?」
「それは……」
俺は口を閉ざした。
強くても、負けるときもある。
特に肖然のような強いものには敵わない。
「勝てません」
「守りたいんだ」
「……私は……花街に母親代わりの存在がいます。外後宮に入れば、宮廷の外に出ることはできなくなるのではないのでしょうか」
「私の許可と、そして監視役を付ければ出ても問題はない」
その言葉を聞いて、外堀を埋められていることを察した。
「あなたの閨の相手をしなければいけないのではないでしょうか」
「夜はお前のところに行かなければいいのだ」
俺は黙り込む。
「お前は俺の住む場所で共に守られていればいいのだ」
心臓がうるさく鼓動し始める。
(何だこの男。なんでこんな、俺を守りたがる?)
帝を真っ直ぐに見つめ、俺は「なぜですか」と問いかける。
「なぜ、それほど私をそばに置きたがるのですか?」
「余の初恋の相手は志明だからだ」
オレンジ色の夕焼けが、ガラスから差し込んでいた。
光に照らされる帝は、まるであのときの皇太子殿下だ。
美しく、儚い。
そんな青年が今ではこんなに大人びた美しさ、そして強さを持ち合わせていた。
「志明、お前を守らせてくれないか?」
「断れば首が飛びますか?」
「断れば余が悲しむだろうな」
その返事に、俺はプッと小さく吹き出した。
悲しんでいる帝もそれはそれで見たいが、その返事が面白かった。
「皇帝陛下を悲しませることはできません」
それが、俺の返事だった。




