第12話
「兄ちゃん、兄ちゃん、どこいるの?」
家から鬼ごっこをしていて遊んでいた俺は、どこかで兄とはぐれてしまった。
さっきまで周りは家の近所だったはずたのに、走っても走っても右に行っても左に行っても果てしなく白い煙に包まれて、どこにも出られなくなっていた。
「兄ちゃん!」と叫んでも、兄の気配は感じない。
それどころか、背後に嫌な気配を感じて振り返ると、大男が一人俺を見て気味悪く笑っていた。
(逃げなきゃ)
そう思った瞬間に全力で走り始めた。
走って、走って、ひたすら右に左に、そして真っすぐ走っていた。
しかし、後ろから首を掴まれて壁に押さえつけられるのにそう時間はかからなかった。
(助けて、嫌だ)
男の手が体を触る。
乱暴に俺の服を剥ぎ取った。
「助けて!!」
大声を出したことで、自分が夢の中にいたことに気が付いた。
夢から目を覚ますと、体中汗にまみれていた。
「……最悪だ」
汗をかいた寝間着を交換し、走りに出かけた。
息が苦しくなるほどに全力で走る。
走り続け、宮廷から少し離れた小さな丘に来ていた。
ゼーゼーと息をしながら丘を登っていく。
丘の上の木の下にやってくると、そこに腰を下ろした。
帝とあの頃の話をして、思い出す引き金になってしまった。
あまり思い出さないようにと、まじないをかけられてたのに。
(あのまじない師はヤブだったのか?)
9歳。
俺にはあまりにも抱えきれないほど多くのことがあった。
人生でどん底だった時期はいつかと聞かれたら、9歳のときと答えるだろう。
(ばーさんに会いたいなぁ)
「花街行ったら帰れなくなりそうだなぁ」
俺はそう呟きながら、自分を抱きしめるようにして体を丸め、膝を抱えた。
「なにをしている?」
その声で顔を上げた。
目の前にいたのは肖然と帝だった。
そして、その一歩後ろには美しい見た目の男性が立っていた。
見たことがあるなと思ったが、彼に頭を下げられてその人物が帝の執務室にいる文官だと気が付く。
大人しく、静かな人なので気配が薄い。
「……なぜこんな場所に?」
「それはこちらが聞きたい」
「このような場所は帝が来るような場所ではないのでは?」
「ここは余の国ぞ」
それはそうだが、そうじゃない。
この丘は、宮廷の外で暮らす人たち──特に宮廷を仕事場にしている者たちの子供がよく遊ぶような場所だ。
そして、恋人たちの過ごす場所。
帝が遊ぶ場所ではないだろう。
しかし、背後に立つ人を見て俺は察した。
「ああ……そういうことでしたか。俺、邪魔ですね。帰ります」
立ち上がって服を叩いて拱手をした。
「ではこれで」
「待て」
顔を上げると、帝が俺の頬に手を伸ばした。
その手と、過去の記憶が重なり反射的に手を振り払う。
心拍数が跳ね上がり、呼吸が浅くなる。
ヒューヒューと変な呼吸になり、俺はその場に座り込んだ。
「おい、志明」
「沐陽さま、彼を」
「はい」
沐陽と呼ばれた文官が俺を触ろうとした。
「来るな!」
俺は声を荒げ、沐陽を突き飛ばす。
その丘から逃げるように走ると、我慢ならずにその場所からひたすら走り、ここから花街へとひたすら走った。




