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奇跡の先で知った君  作者: 朝凪 紡


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5/6

思いがけない朝

あれから二週間——


彼女が部屋にいる時間は、寝る時間くらいしかなくなっていた。

(寝てすらいないけどな)

少し、不愉快だ。

仕事だけでも忙しそうなのに、帰ってきてからも仕事のことをしていたり、勉強をしていたり。

とにかく、何かをしている。

一番困るのは、それを本人があまり苦だと思っていないところだ。

(いつか、爆発しそうだな)

それも、そう遠くない気がしていた。


予想通り、その日は訪れた。

予想に反したのは、俺の感情だった。


「ただいま、ハムオ」

今日も力なく笑っている。

(早く、寝なさい)

そう思う俺とは裏腹に、彼女は俺をケージから出すと、机へ向かった。

(まったく…)

呆れながら、その傍らへ歩いていく。

「……ハム次郎」

ぽたり——

(え)

「あれ……」

彼女も困惑しているように見える。

その涙は、意思に反して流れているようだ。

「無理すぎるぅ……うぅ…」

彼女が泣いている姿を見たのは、初めてだった。

顔をビンタされたような衝撃が走る。

身体の末端から、少しずつ温度が失われていくような感覚だ。


「これは、止まらないやつだね」

そう言って笑う。

(なんで、笑えるんだよ)

一度立ち上がると、タオルを持って戻ってきた。

声だけを押し殺しながら、顔を覆う。


俺は、もう何も考えられなかった。

ただ、目の前で彼女が泣いているその事実が、耐えられなかった。

見て、いられなかった。

無理に笑う顔も、疲れてるのに、俺の世話は欠かさないところも。

仕事が好きすぎて、自分の限界まで走ってしまうところも。

(それはちょっと、気を付けてほしいけど)

そして、眩しすぎる彼女への、この気持ちも。


全部、取っ払ったその先に残ったのは、今、彼女へ伝えたい言葉だった。

どうにか伝えられないかと、辺りを見渡す。

ただがむしゃらに、動き回った。


その間、俺の動きを追う瞳。

涙は止まったようで、少しだけ安心する。

思うように動かせないもどかしさを抱えながら、それでも必死に筆を走らせる。

どうしようもない俺の、たった五文字を届けるために。


書き終えて、彼女を見上げる。

「……俺も、好き?」

しん、と部屋が静まり返った。


「え……」

俺と、ノートに書かれた文字を交互に見つめる。

「えぇ……?」

(さすがに、引かれたか…?)

嫌悪しているようには見えない。

けれどそれは、俺の勝手な解釈だ。

ハムスターが突然文字を書いて、こんなことを伝えてきたら、普通に怖い。

(俺、雄だし)

次に何を言われるのか、少し怖い。

だが、その心配は杞憂だった。


「ハムオ……え、これ……書いた、よね?」

頷く。

そしてまた、沈黙が流れる。


「………………うん、どゆこと?」

(まぁ、そうだよね)

彼女は、軽く笑う。

「ひとまず、ありがと。私もハムオが大好きだよ」

(そうなんだけど、そうじゃない)

それでも。

そこにあったのは、ここ最近の無理をした笑顔じゃない。

俺がよく知っている、いつもの笑顔だった。

(まぁいいや)

俺は、差し出された彼女の手のひらへ乗る。

不意に背中へぬくもりを感じた。

(!?)

込み上げてくる感情の逃がし方が分からず、気づけば変な動きをしていた。


その衝撃が強すぎて、そこから先の記憶は曖昧だ。

気が付いたときには、ベッドの上に寝かされていた。


***


♪~~~~~

(今日も早いな…)

なぜか今日は、俺が起きられない。

意識は起きているが、瞼が上がらない。

それでも気配で、彼女が布団へ戻ったことだけは分かる。


「もう起きなよ」

いつものように、そう思った。

「……え?」

「え」

反射的に、目が開く。

映ったのは、驚いたように開かれている目。

「え、聞こえてんの?」

「聞こえてるけど……え? なんで?」

条件反射のように、布団から手を出す。


見慣れた手。

「あ、戻ってる」

「いや、冷静すぎるでしょ、なんでいんの?!」

勢いよくベッドから飛び起きた。

(朝から元気だな)

「とりあえず、服貸してくんない?」

「あ、そうね……わかった」

そう言って、部屋の奥へ消えていった。


少しして戻ってきた手には、大きめの服。

「はい。これサイズ大きいから、たぶん入ると思うよ」

「さんきゅ」

服を受け取り、ふと視線を上げる。

目が合う。

「……なに?」

「いや、見られてると着替えらんないんだけど」

「あ」

頬が、ほんのり赤くなる。

ハムスターだったときとは、まるで違う表情。

(わかりやす)

「それはそう!ごめん、外居るから、終わったら呼んで」

そう言うと、そそくさと部屋を出ていった。

その姿に、口角が上がる。


着替えを終え、外で待つ彼女に声をかける。

「終わったよ」

「あ、うん」

部屋へ戻ってきた彼女は、改めて首を傾げた。

「それで、どういうこと?」

「説明はするんだけど、時間大丈夫?」

「あ…」


その一言で、彼女は慌ただしく動き始める。

嵐が行ったり来たりしているみたいだ。


無性に、少しだけ意地悪したくなった。

素直なリアクションに、満足しながら彼女を見送る。


そして俺は今日も、彼女が帰ってくるのを、待った。

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