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奇跡の先で知った君  作者: 朝凪 紡


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6/6

数時間後——

扉が開く音がした。

(早いな)

時計の針は、まだ十時を指していない。


扉が閉まる音に顔を向ける。

「お疲れ」

彼女は気まずそうに目を逸らした。

「……お疲れ」

(なんか、怒ってる?)

どうしたらいいのかわからず、言葉を探す。


「明日は休みなんでしょ?ゆっくり寝る準備してきなよ」

「あ、うん」

返事は案外、あっさりしていた。

(……気のせいか)


シャワーの音が部屋に響く。

その間も、どう説明するべきか考え続けていた。

(起きたらハムスターになってて、どうにもできなくて、気づいたらここにいた…とか?)

突拍子もなさすぎる。

何をどう説明しようとしても、不自然になる。

気が付けば、シャワーの音は止んでいた。

ほどなくして彼女が部屋へ戻り、ベッドに腰を下ろす。


本を閉じ、彼女を見る。

「まぁ、気づいたらハムスターになってて。戻んないし、なんとなく新幹線乗って、なんとなくここに来たら、羽柴さんがいたって感じ」

結局、こうなった。

「うん。すごい話だし、すっごい簡潔だね」

真顔で返される。

(苦手なんだよな、こういうの)

彼女なら、もっと分かりやすく、いくらでも言葉を並べられるんだろう。

「戻れてよかったね」

その返しは、意外だった。

「うん」

沈黙が流れる。


居たたまれなくなって、逃げるように床へ視線を落とした。


「てか、今日どうやって寝る?」

「あ~」

(確かに)

そこで、朝のことを思い出す。

「…というか、昨日俺が言ったこと覚えてる?」

「言ったこと?」

(やっぱ、忘れてる)

ちょっとだけショックだった。

でも、どこか納得もしていた。


少し考え込んだあと、彼女の頬がゆっくり赤く染まり始める。

「あ、え?え、」

一度俺を見て、視線を左へ逃がす。

それからもう一度、こちらを見た。

(こっちまで、恥ずいわ)

いつもより速い鼓動が、自分でも分かる。


「え、でも私、振られてるよね?」

(いや)

「振った覚えはないけど」

「はぁ?」

初めて見る反応だった。

「あ、ごめん思わず本音が…」

「ひどいわ~」

わざとらしく肩を落とし、おどけてみせる。

彼女は苦笑しながら続けた。

「いやいや、『友達って感じかな』って言ってたじゃん」

「どう思ってるか聞かれたから、答えただけ」

(付き合ってほしいとか、言われてないし)

だから、振ったつもりはない。

「え?恋愛対象じゃないってことじゃないの?」

(まぁ、それは確かにそうだった……のか?)

「……あの時は、何とも言えなかったんだよね」

「なんそれ」

呆れたような声。

内心、焦る。

(……)


「……今は、好きだよ」


壁を見たまま、そう言った。

俺には、それが限界だ。


「…………」


返事がない。

さすがに、これ以上心臓が耐えられる気がしない。

横目で彼女を見ると、固まっている。


「何か、言ってくんない?」

顔を覗き込みながら声をかける。

「あ、ごめん。ありがと」

その声に、引き戻されたように言った。

「……えっと、その、じゃあ恋人になってくれる……ってこと?」

震えた声で尋ねてくる。

(え、まさか)

「…まぁ」

彼女の状態が気になりながらも、素直になりきれない。


もう一度彼女を見ると、目尻には、今にも溢れそうなほど涙が溜まっていた。

(え)

「え」

一筋の光が頬を伝う。

「え、そんなに?」

困惑して、とっさに出た言葉が、それだった。

(もっと他にあるだろ)

自分でも思う。

彼女が、自分のどこをそこまで好きになってくれたのか。

今でも、本当に不思議だった。

「そんなにだよ…ぉ…」

(……)

「泣くなって。……って言っても、無理か」

泣き始めると、何かで気が逸れない限り止まらない。

それはもう、周知の事実だった。

逆に言うと、逸らしてしまえば、止まる。

「うっ…」

(どうにかして、気を逸らさないと…)

必死に頭を回した。


結果、意外にも俺は、両手で彼女の頬を包み込み、こう告げた。

潤んだ瞳を見つめながら。

「てことで、一緒に寝ようか」

「え?」

最後に、一筋だけ涙が零れる。

それ以上、涙は増えなかった。

(よし)

ミッション成功だ。


そして、逃げるようにベッドへ潜り込む。

「え、待って無理だって」

「なんでよ、今更じゃん」

(もう、知らない)

言ってしまったものは、もう戻せない。

今の俺にできるのは、全力で逃げることだけだ。

「それに…これからずっと一緒でしょ」

ぼそっと呟く。

「今なんて?!」

勢いよく乗り出してきた。

俺のキャパシティは、とっくに限界だ。

「もう、はよ寝なさい」

ベッドの端へ追いやられていた布団を広げ、そのまま彼女を包み込む。

「え、ちょっ……」

そして、横へ寝かせる。

「わっ!ちょ、ちょっと!」

「はい、おやすみ」

布団を整えながらそう言うと、彼女は少しだけ口を尖らせた。

どこか渋々といった様子で、小さく笑う。

「……おやすみ」


俺に起きた奇跡は、今を掴む機会をくれた。

もしかしたら——

俺も負けないくらい、彼女のことを想っているのかもしれない。

不定期で更新する、スピンオフ「詩乃とハムオ、ときどき一颯」もよろしければ是非。

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