相も変わらず
遠くで、扉の開く音がした。
(帰ってきた…?)
まだ目覚めきらない重い身体を動かし、潜り込んでいた布団から顔を出す。
「よかった…」
(心配性すぎるでしょ)
心の中で、苦笑を浮かべる。
「寒かったんだね、ごめんね。うちのホテル、温度調整できなくて」
(ちょうどよかったよ)
初夏とはいえ、ここまでの道のりは、小さな身体にはあまりにも過酷だった。
むしろ、この冷房の中で眠れたことがありがたいくらいだ。
彼女は嬉しそうに、それでいて、どこか得意げな顔でこちらを見ている。
「お腹空いた?厨房に蕪の葉っぱがあったから、お願いしてもらってきたんだ」
(健康的だな)
目の前に差し出された蕪の葉から、驚くほど美味しそうな匂いが漂ってくる。
蕪の葉なんて、これまでほとんど食べたことがない。
けれど、ひと口かじった瞬間、夢中で口を動かしていた。
(なんか、めっちゃうまいんだけど)
無我夢中で食べる俺と、何やら考え込んでいる彼女。
視線だけを向けながらも、俺は食べるのをやめなかった。
「まずは、病院に連れて行かないとね」
(行かなくてもいいんだけどな)
お金もかかるし。
行かない選択肢は、彼女の中にないのだろう。
「あっ……」
(なんだ?)
「どうやって寝よう?というか、どこ走り回ろう?」
(そこかよ)
また、笑いそうになった。
真面目に考えているらしい彼女を横目に、俺は布団から抜け出す。
そのまま枕の横まで進み、伏せるように身体を丸めた。
そして、目を閉じてみせる。
「えぇ、そこで寝るってこと?」
(そゆこと)
「だけど、私、寝相悪いから、つぶしちゃうかもよ……」
あまりにも真剣な顔で言われる。
(笑えないんだから、笑わせんな)
俺は返事の代わりに、もう一度目を閉じた。
「……仕方ないか」
彼女はそう呟くと、寝支度を始めた。
***
(……寝たか)
立ち上がって、彼女のほうへ近づいていく。
彼女の寝支度は、とてつもなく速かった。
少しでも長く眠りたいのだろう。
(疲れてるな)
四か月ぶりに見る顔は、前より少し丸くなっているのに、やつれて見える。
仕事中には決して見せない、無防備な表情。
その寝顔を見つめていると、不思議と胸の奥が落ち着いていく。
「……」
(無理、しすぎだ)
そんな言葉は、もちろん伝えられない。
代わりに、小さな鼻先をそっと頬へ寄せた。
人間の姿だったら、きっとこんなことはしていない。
ハムスターだから、できた。
ほんの一瞬だけ許された距離。
(俺は、何なんだろうな…)
出会ってから今日までのことを、ぼんやりと思い返す。
考えても、考えても。
自分でも、よくわからなかった。
起こさないようにそっと身体を離し、元いた場所へ戻って丸くなった。
彼女の寝息を聞いているうちに、俺の意識も少しずつ遠のいていった。




