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悠久の森のアリア  作者: 菊月 はじめ


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2話 悠久の時を生きる静かなる魔王

こんにちは

いろはこはる です


ゆっくりと物語が動き出しました

楽しんで頂きますように

 2話 悠久の時を生きる静かなる魔王


 アリアが悠久の森に迷い込んでから1週間程度たった。

 その間、アリアは長椅子の上でずっと過ごしていた。

 暫くは歩くことはもちろん、長椅子の上から動くことができなかった。

 ただ寝て時折目を覚まして、また眠った。

 目を覚ました時には、温かいスープが長椅子の傍らに置かれていた。

 そんな日を何日も繰り返して、今日は目覚めたときから、身体が軽いような気がした。


 昨日までは長椅子の背もたれにもたれていなければ上体を支えられなかった。安定せずに疲れ果てていたのに、今日は自分の力だけで身体を起こせている。

 これなら歩けるかもしれない、と、長椅子の上に乗せている足を恐る恐る片方ずつ下して、長椅子につかまりながらも、ゆっくりと立ち上がる動作をしてみる。


 立てた。


 床にある自分の足をまじまじと見て、足の裏に地面を感じられて喜びを噛みしめる。

 なんてことでしょう。わたくし、立ってます。

 立つことなど、ほんの少し前までは当たり前だった。

 けれど今は違う。

 この世の奇跡のように思えた。


 そして一歩踏み出してみる。


 体は少しまだ痛むけれども、踏み出した。

 歩けた。

 一歩、歩けたのなら、二歩目への自信がついた。

  二歩、三歩……。

  どんどん歩ける。

 歩ける。

 歩けるという喜びを体中で噛みしめる。

 嬉しくて、両腕を高く空へと突き上げる。


「歩けました!……歩けましたの!」


 嬉しくてスキップしたくなる。

 が、体は時折軋むので、スキップはまだもう少し先になりそうだった。

 それでもゆっくりと歩く。

 暖炉のある、1週間すごした部屋の中をグルグルと何周もする。

 飽きもせずに部屋の中を歩き回り、そこでようやく扉が開けっ放しなことに気がついた。

 開いたままの扉を見てから、振り返っていつも男が立っている窓辺をみた。

 いつもそこに立っているはずの男の姿はなかった。


 だから静かなのか。


 いつも静寂が包んでいるのに、アリアはいつもより静かだと思った。

 もう一度部屋の中を見渡す。当然男の姿はなかった。


「どこにいらっしゃるのかしら」


 かわいらしく小首をかしげる。そして何の迷いもなく、開け放たれた扉へ向かった。

 まるでその扉から外へ出るのが当然であるかのように。


 自分の中では勢いよく歩き出したと思っているが、実際はかなりのスローペース。

 ましてや知らない屋敷である。

 数歩歩いて止まった。


「困りましたわ、全然わかりません」


 知らない屋敷なのだから当然なのだが、両手を頬に当てて考え込む。

 廊下の突き当たりに立って、右を行けばいいのか左に行けばいいのか。

 森が屋敷を覆っているので薄暗く、窓から外を眺めてみても皆目見当もつかなかった。


「どーちーらーにーなーさーいーまーすー」


 とんちきな歌を歌いながら、立てた人差し指を右へ左へやって、歌の終わりに指は右をむいたので、アリアは迷うことなく右へと歩き出した。


 いくつか扉があったので王宮では遠慮なくあけていた癖で、そのまま扉を開けようとした。しかしここは知らない人の屋敷だと思い直し、「ごめんくださいまし」と礼儀正しくノックをしながら扉をあけていく。

 見つけた扉を次から次へと開けていく。

 それは応接室だったり。

 埃を被ったピアノが置かれた部屋だったり。

 よくわからない部屋だったりした。

 部屋のひとつずつ、様子を伺って目当ての人がいなかったら扉をしめて歩き出す。

 そんなことを何回も繰り返したのち、開けた扉の世界に「まあ」と一言吐息をもらした。


 視界に飛び込んできた、壁一面の書棚になっている風景。

 大きな書棚がならんでいるのに、収納しきれない書籍が床の上に無造作に置かれていた。


「あらあら、まぁまぁ」


 本が好きなのだろう、今まで出会った部屋のどれよりも目を輝かせて、他の部屋は目視だけだったのにその部屋へはゆっくりと入っていった。


 文字が薄くなっている背表紙をみてみた。

 知らない文字が並んでいる。

 次も知らない文字。

 また次も知らない文字。

 知らない文字の間に、知っている文字がでてくるとなんだか安心した。

 好きな話の本だった。無意識のうちにその本を書棚から抜き出して、胸に抱えて奥へと歩みを進めていく。

 森のような書棚を歩くアリアの足が静かに止まった。


 大きな出窓がいくつか並ぶひとつに、男が座って本を読んでいた。

 かるく壁に背中を預け、片膝を立てている。ゆったりとしたローブのような衣服は露出が多く、見える浅黒い肌の上に無造作に長い髪がおちた。

 整った横顔、夜を切り取ったような。静かな横顔だった。

 まるで絵画の1枚のような景色。

 ページをめくる指はひどく緩慢だった。急ぐ必要もないからか、それとも何度も読み返した本なのか、アリアには知る余地もなかった。


 声をかけようとするものの、目の前の光景があまりにも美しすぎて、声をかけられずにいた。

 あの方の髪はなんであんなに、夜空のように美しいのでしょう。

 あの方の横顔はどうしてあんなに、冬の様に……。と、思ったところで、男は読んでいる本を閉じた。

 アリアには気がついてはいそうだが、視線はアリアの方に向くことはない。

 男が本を閉じたことで、ここがチャンスとアリアが、息をのんで一歩踏み出した。


「あ、あの……。助けて頂きありがとうございます」


 まだ距離がある場所で、様子を伺うようにまずは謝礼の言葉とともに、完璧なカーテシーを披露する。

 が、男の視線がそちらに向くことはなく、閉じた本を再び開いた。


 アリアがもう一歩、男に近づいた


「あの、本がお好きですの?」


 疑問形に聞いた言葉に返信はない。

 少しの沈黙。


「わたくしも、本、好きですの」


 答えがなければ、話を続ければいいと何も気にする様子もなく、アリアは言葉を続けていく。

 胸に抱えた本をぎゅっと抱きしめて、まっすぐに窓辺の男を見つめる。

 ただその視線に男が答えることなく、再び開いた本に視線がおちる。


「このお話!特に大好きなんです。何度も何度も読みました」


 胸に抱えていた本を男の方へ突き出す。表紙がしっかり見えるように。

 そしてまた一歩、男の方へ近づく。

 男へ近づくたび、アリアの波打つ長い白金の髪が優雅に揺れた。

 気まぐれに男の視線はアリアの方を向いたが、その目はアリアではなく、突きつけられた本の表紙に向いていた。

 が、それはすぐに外れて、自分が読んでいた本に戻った。

 一瞬でもこちらに向いた視線が嬉しかったのか、アリアの口元がさらに綻び、陽だまりのように笑う。


「どこか好きか聞いてくださいますか?」


 しばらくしゃべっていなかったからか、しゃべりだしたアリアは止まらない。

 本を自分の方へと戻し、ぺらぺらとページをめくっていく。

 ここが好きです。

 ここもです。

 ああ、どうしましょう。ここもいいですわね。

 男のことなど忘れたかのように、饒舌に独り言を紡ぎ指先で本の文字をなぞっていく。


「この魔王様が………」

「………魔王などいない」


 急に男が声を発したものだから、アリアは言葉を止めて、本から視線を上げて少しだけ目を丸くして男をみた。

 声は面倒くさそうに発せられたものの、視線は本を見ていた。


「でも北にあると言われている、悠久の森には長い時を生きている魔王が住んでいて……」

「ここにそんなものはいない…………嘘ばかり書かれている」


 今まであると教えられていたものが、目の前のよくわからない男に否定された。

 男が本を閉じる音は小さかったのに、部屋に良く響いた。

 そしてゆっくりと窓辺から立ち上がり、アリアの前に立った。

 男が小柄な少女を見下ろすと長い髪がアリアの方に落ちてきた。

 本を開いたままの形でぎゅっと胸元で抱きしめてアリアは男を見上げる。


「嘘?」


 きょとんとアリアは小首を傾げる。男は何も答えない。


「なんでそんなことご存じなのですか?」

「………それは俺だからだ」


 大きな溜息と共に、とても面倒くさそうに男は一言つぶやくと、アリアの横を通りすぎていく。

 アリアは男の告白の意味が一瞬分からず、通り過ぎていく男の横顔を眺めていた。男の横顔が見えなくなるところで気が付いた。

 それが本人だということに。

 その衝撃が大きかったのか、声を発するよりも抱えた本と男を慌ただしく交互に見た。

 戸口に向かっていってしまう男の背中に声を掛ける


「まぁまぁまぁ!少しお待ちになって!魔王様ですか?」

「………………」

「ねぇ、魔王様!……魔王様!」

「…………永く生きただけだ」

「それではここは悠久の森ですの?………っア!」

「………名などない、お前らが勝手に呼んでるだけだ」


 背後からピョンピョン跳ねだす声。

 男が歩みを進めても、嬉しそうに声がついてくる。

 目の前の長身の男が、大好きな本の大好きな登場人物だと分かれば、さっきまで起きるのがやっとだったことなど忘れてしまって、元気な時と同じように軽くステップ踏むように、男の背中を追いかけようとした。

 しかしそれは叶わなかった。

 病み上がりの体は正直で、力のない足がもつれてバランスを崩す。

 このまま床に転んでしまう。と、ぎゅっと目を閉じて身構えたが、一向に硬い床の感触が伝わってこない。

 代わりに冷たい腕に腰を抱きかかえられた感触がした。

 おかしいぞと、アリアはゆっくりと目を開ける。

 高い身長を持て余すように男は少しかがんで、体勢を崩したアリアを片腕で抱きかかえていた。

 助けるのがさも当然のように、アリアは抱きかかえられていた。

 突然の近い距離。しかも男性。アリアの顔は一気に赤くなるも、何も言わない静かに己を見下ろす男の端正な顔だちを見つめるしかなかった。


「あ、あの………ありがとうございます」


 アリアの言葉を聞いてから、男は彼女の腰から腕を離す。

 アリアの言葉が届いているはずなのに、何事もなかったようにアリアに背を向けて、戸口へと足を進める。


「ここで暫く本を読んでいってもいいですか?」


 頬を赤くしたまま、アリアは去っていく背中に大きめの声を投げる。

 勝手にしろと言われた気がして、アリアの口元が緩む。

 男が先ほどまで座っていた出窓に、今度はアリアが座る。

 ひとつ吐息を吐き出して、胸に抱えている本をゆっくりと開いた。

 窓辺でも薄暗い屋敷の中、本を読むアリアは穏やかにページをゆっくりとめくっていく。

 時折、壁に背中を預けたり、足をブラブラさせたり、飽きるまでそこにいた。

 部屋を出ようとしたとき、窓辺の傍らにうっすら埃の被った本を見つけて手に取ってみる。

 タイトルも何も書かれていない本。その表紙をめくる。真っ白なページが続いているだけだった。

 おそらく手帳だということが分かると、何故だかアリアは更にニコニコして1ページ開いた。




 

アリアの日記 一日目

 手帳をみつけましたので、今日から日記をつけようと思います。

 色々大変でした。

 詳細を書きだすと、この手帳1冊では足りなくなってしまいますので、今日のところは省きます。


 魔王様がいたんです!

 しかも魔王様、わたくしのことを助けてくださったのです。

 物語で読んだ悠久の森もありましたの。

  なんとそれはここなんですって!


 魔王様、少し怖いお顔をされています。

 とても無口です。

 たくさんため息もつきます。

 けれど、森でわたくしを助けてくださって、今日も書庫で倒れそうなところを助けてくださいました。

 ですので、本当は優しい方だと思います。

 きっと照れ屋さんなのですわ。


 そういえば、書庫の本に夢中になってお名前を伺うことを忘れました。

 だから明日はもう少し、お話しできると嬉しいです。

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