第4話 墓穴が掘ってあったので埋葬しました
町中の喧騒から離れ、町外れの牧草地帯にまで来た。
広大な平原には角の生えた馬や巨大な牛が鈍重な動きで一帯を移動していた。実に牧歌的な風景だ。血生臭い闘争から離れ、こういった土地で家畜の為に汗水を垂らす生活を送れたらと、エリンは思わずにいられなかった。
だが、それは叶わない願いだ。
「ヒィィン⁉」
エリンの近くにいたユニコーンと思しき生物が鳴き声を上げて走り出したかと思えば、途中で脚を止めてコテンと倒れてしまった。気絶である。
「こ、怖くないよぉ?」
腰を落とし、頭を低い位置に持っていき弱い生き物を装うも効果なし。逃げ出すならまだ良い方だった。泡を噴いて倒れる動物たちが続出する光景を前に、エリンは泣き出しそうになっていた。
「やはり人に飼いならされた彼らでは王者の覇気には耐えられないようだ」
「なるほどな。家畜といえども野生の勘は消えていないということか。感心する」
「はやく、はやく牧場の主のところに行きましょう! 彼らにこれ以上ストレスを与えたくはありません!」
半泣きになりながら乞うエリンに先導される形で依頼主である牧場の主の家へと脚を進めた。
牧場の主が住んでいる家屋に到着し、ドアベルを鳴らす。
「もし、依頼を受けた、あー、ルミネアと申します。ハイターさんはいらっしゃいますか?」
「来てくれたか⁉」
ドタドタという慌ただしい足音をさせて主のハイターが玄関扉を勢いよく開け出てきた。
現れたのはいかにも農夫といった格好の痩せぎすの中年男性。困り果てていたのか、目の下にはクマがくっきりと浮かんでいた。
ハイターは正面に立っていたエリンを一瞥した後、その後ろにいたヴァンの姿を見て涙を流しながらヴァンに近づき、その手をとって上下にブンブンと振った。
「おおう! こんな屈強そうな方が来てくれるとは! なんと心強い。報酬は弾みますから、何卒、何卒お願い致します!」
ハイターが勘違いするのも無理ない。ヴァンは岩と見紛うほどの巨躯で背中にはその体に見合う大きさの二振りの斧を担いでいる。どう見てもヴァンの方がメインだ。
懇願しながら何度も頭を下げるハイターを前にし、ヴァンはやや言いづらそうに頭を掻きながら事実を告げる。
「悪いが、依頼を受けたのは俺じゃなくて、こっちの嬢ちゃんだ。俺はただの見物客だよ」
「はい? こちらの怪しげなローブの方がですか?」
大丈夫かと聞きたげな声音だったが、この程度で動じるほどエリンも幼くない。この外見では侮られ、怪しまれるのも当然だ。エリンは一つ咳払いをしてから胸を張り応えた。
「はい! わたくしぇにお任せくでしゃい!」
「……本当に大丈夫ですか?」
「ああ。ちょっと上がり症なところはあるが、実力は確かだ。問題なくやってくれる」
「だと良いのですが……」
ヴァンのフォローを聞いても納得し切れずに不安げなハイター。噛み過ぎた恥ずかしさのあまりエリンはフードの下で赤面しながら涙を流し、ローブの喉元を濡らした。
「もうやだ……」
「どれだけ力をつけてもキミは未だ可能性の塊だ。これからのキミが実に楽しみだ」
ルグの慰めとも煽りとも取れる言葉に、エリンは膝が折れるのを堪えるので精一杯だった。
ハイターの案内に従い、件の大刃蜉蝣の幼虫に食い荒らされた土地の辺りに移動する。
「あれです」
ハイターが指差す先には、地面が崩落したような巨大な穴が幾つも出来ていた。綺麗に整えられていたのであろう牧草地帯は見る影もない。
「これは酷いですね」
「どうかお願い致します」
「ええ。ご主人は家でゆっくりしていて下さいな」
「はい。お邪魔にならないよう、下がらせていただきます」
ハイターはそそくさとその場を後にした。内心ではこの場所に近づくだけでも恐ろしくて仕方なかったのだろう。話していた彼の体は小刻みに震えていた。
「さて、大刃蜉蝣を地中から誘き出すには振動が必要でしたね」
「走り回ってみるか?」
「人の重さでは反応しないかもしれません。ルグ」
「了解した」
短いやり取りで全てを理解した相棒が、エリンの手に灰色の杖を生み出す。その先端には真珠のような大きな白い石が嵌められた。一見するとどこにでもある木製の杖のようだが、誰もが魔法を扱える世界において『魔法使い』と謳われる者が握る杖が他と同じはずがない。
エリンが手にした杖を上から下へ一振りすると、灰のような塵が空から降り注ぎ、辺りに積もっていく。今度は杖を上に掲げると、地面に積もった塵が空中に舞い上がり、岩のような塊となった。
「重さとしてはこのくらいでしょうか。試しに打ってみましょう」
空中に生まれた灰色の塊が地上に降下し、地面を打った。すぐに僅かに浮き上がり、再び地面を打つ。それを一定のテンポで何度も繰り返す。
「家畜の歩行を再現しているのか」
「それだけではない」
「なに?」
ルグの言葉にヴァンが疑問を持つのとほぼ同時に、地面から微かに地響きがし始める。エリンの生み出した塊によるものとは別だ。
「捉えた。地下六〇メートル。位置は岩の直下だ。三秒後、岩を落とせ」
「了解!」
ルグの指示通りにエリンは三秒後に岩を急上昇させた。直後、一際大きな地鳴りと共に、身の丈一〇メートルを超える虫が地面を崩落させながら地中から跳び出した。巨大な顎を持ち、家畜を喰うことなど造作もないことが察せる。
「えい」
それに対し、エリンが行ったことは実にシンプル。上から灰色の岩を超高速で降下させ、叩きつける。それだけで大刃蜉蝣の幼虫の顎はひしゃげて青黒い血を巻き散らした。
「ほい」
そのまま地中に叩きつけるかと思われたところで、エリンは杖を手の中でクルリと回す。すると岩の軌道が変化し、敵を地上に弾き出すように円を描くように軌道を取った。
岩の突起が体に食い込んだせいで岩の軌道に引かれた大刃蜉蝣の幼虫は地上に放り出され、地面に打ち上げられた。
ひっくり返った状態で複数の脚をばたつかせていた大刃蜉蝣の幼虫の腹部に再び岩が落下し、腹の真ん中を押し切るようにして両断した。
腹部からは大量の青黒い血が噴き出して辺りを汚し、凄まじい異臭が発生するが、降り積もっていた塵がそれら全てを吸い上げ、一瞬で血とその臭いを消し去る。
そうしているうちに、討伐対象は動きを止めた。
「終わりましたね。ついでに地面も直してあげますか」
掃除を済ませた灰色の塵が崩落して生まれた穴の中へと入って行き、穴を埋めていく。次々と空から落ちて来る塵によって穴は埋められた。
「ルグ。質の調整をお願い」
「心得た。プライマリー・グリーン アクティベート」
ルグの言葉とともに杖の先端の色が白から緑へと変化し、同時にエリンの瞳の色も緑色が強く現れる。
「地質及び植生解析完了。魔力充填完了。コントラクト・スタート」
「空想の力よ、生まれ変わりなさい! リジェネレイション!」
エリンは杖を大地に突き立てた。杖から放たれた緑色の光が地面を伝っていき、穴が開いていた部分へと届くと地下深くの地盤から組み直されていき、目視不可能な地下に開けられていた穴の全てを塞いでいく。
時間にして一分足らずで穴だらけだった土地は、牧草地帯へと戻った。その景色を眺め、地面へと手を伸ばし、草に触れたエリンは首を傾げる。
「うーん。少し植物の生育具合が不均一ですが、ここまでやればご主人も満足でしょう」
「こいつは一体、何をしたんだ?」
「崩された部分を元の形に繋ぎ合わせたのだ。喪失していた部分は魔力を物質に変換することで補った。容易い仕事だ」
「待て待て。魔力を物質に変換するだと? どんな魔法だ? 聞いたこともないぞ」
「特別なことではない。君も魔力を使って火を生み出せるだろう? それと同じだ」
「馬鹿言え。俺は魔力を使って自分の魂に刻まれた属性の力を引き出しているだけだ。俺であれば火に関する力を扱えるが、さっきのあれはどの属性なら出来るのか見当もつかん」
この大陸に住まう者はほぼ全員が魔法を使うことが出来る。魔法には属性があり代表的なものでは、火や水、風や土など、原則一人につき一種類の属性の魔法を扱える。
エリンのような例外もいるが、それは極々稀な存在だ。
ルグの言葉に食って掛かるヴァン。それにルグは感情を排したような一定の声音で坦々と言葉を続ける。
「その説明では不足している。正確には自身の理想とする世界から特定の事象を現実に出力する。それが魔法だ。この出力の際に魔力が消費される。魂の質は、理想世界の形を決定づける一要因にすぎない」
「同じことだ」
「彼女と私の中には、この世界の全てが収まっている。この説明で君にも理解可能だろう」
「世界の全て、だと?」
聞き捨てならない言葉にヴァンの眉根に深い谷が生まれる。
「そいつはぁーなにか、この世界のあらゆるものを魔力で生み出せる。そういうことか?」
荒唐無稽ともとれるヴァンの質問にルグは即答した。
「その通りだ。それが私の機能の一つだ。彼女の膨大な魔力量と繊細な制御力があってこそのものでもある」
「ルグはとっても賢いのです」
「ハハッ、機能の一つと来たか。何が喋るだけの魔道具だ。アンタが扱うだけあって規格外じゃねえか。恐れ入ったぜ」
自身の理外にある事象を目の当たりにし、ヴァンは降参するように両手を上げ、天を仰ぎながら苦笑いした。
その後、意識を切り替えるために両頬を張ったヴァンは、エリンの方に向き直った。
「おし、事は済んだ。さっさと報告して帰ろうぜ」
「ええ」
来た道を引き返そうと二人は足を踏み出した、その時だった。どこからともなく唸るような低音が二人の耳に届いた。
その音は次第に大きくなり、牧草地帯の先にある森の方から近づいてきている。そして、その正体が姿を現した。
「おう、どうやら今日はパレードらしいな」
「困りました。所要があるので早く帰りたかったのですが、巻き込まれてしまいましたね」
「盛り上がりは最高潮だ。乗るしかない、このビッグウェーブに」
三者三様の軽口が飛び出す中、音の発生源はどんどんとエリンたちに近づいていく。
音の発生源は翅だ。複数の羽音が重なり合い、一個の巨大な唸り音となって届いていたのだ。
そう、羽音の発生源は一つではない。二〇匹以上の大刃蜉蝣の成虫がエリンたちの前に姿を現した。




