第41話 お隣の大陸事情
「それでは、新しい仲間にして新女王誕生を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
シグマホテルに辿り着いた一行は、外の騒ぎなんて何のその、エリンの歓迎会を予定通り執り行っていた。
ホテル最上階の展望ホール内には幾つもの円卓が並び、多くの料理が用意されていた。本来は壁であるはずのところがガラス張りになっているので、視界が開けている。
「皆さん逞しいですね」
「魔人が現れたくらいで怯えていたらここでは生活できません。まあ、エリンさんならすぐに慣れるでしょう。豪胆さが溢れ出ていますから」
「褒め言葉として受け取っておきます。この辺りは魔人がよく出るんですか?」
「この大陸内では一番被害が多いかと。元は密入国していた輩が盗みを働くなど、ちょっとした事件を起こす程度だったのですが、ここ最近は特に活発に動き回っているようです」
まさに密入国した魔人そのものであるエリンは何とも言えず視線を落とした。
彼らが暴れているのは白銀を探しているからだろう。騒ぎを起こせば白銀が来ると考えているのだとすれば、白銀は正義感が強く、自ら戦場に現れる人間ということになる。
料理を取りに行く間もなく、同級生たちが代わる代わる挨拶にやって来た。
「俺、ダミオ・ヨーグル」
「アタシはフラ・レナーイ」
「よろしくお願いします」
彼らは友好的で、誰の顔にも魔人が現れたことに対する恐怖は見えなかった。ガラスの向こうには黒煙が立ち昇っているのが見えるというのに。
それに対し、エリンは談笑しながらも魔人のことが常に頭の片隅にあった。
今の自分は女子高生というものに擬態している身だ。滅多な行動は出来ない。
現場にはライオットたちが向かっているはずだ。心配はいらない。いらないのだが、視線が黒煙の方へと吸い寄せられてしまう。
「気になりますか?」
「まあ。あれだけ派手に煙を上げていると嫌でも目につきます」
挨拶がひと段落したところでイザベラが話しかけてきた。主人のクルタナはまだ生徒たちの中を回っている。
「エリン様は逞しいとおっしゃいましたが、それは違います」
「何がでしょうか?」
「諦めです」
その一言は、明るく楽しげな場に墨を垂らしたように、薄黒い淀みを広げていった。
「魔人に出会ってしまったら仕方がない、運がなかった。この土地で暮らすからには、割り切るしかないのです」
「ここを離れようとは思わないのですか?」
「生まれ育った土地を捨てるというのは、存外、難しいものです」
気づいた時には生まれ育った土地が消えていたエリンにはイマイチ共感できないが、それでも、故郷を大切にしたい気持ちは推し量れる。
「どこへ行っても変わらないものですね」
「エリン様はご家族の関係で越してきたのですか?」
「父の仕事の関係で。話には聞いていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした」
父の仕事というのは嘘だが、驚いたのは本当だ。主に文明の発達具合についてではあったが。
「初めて来られた方は同じように驚かれます。事件が頻発するせいで、大事でもない限りニュースで取り上げられることもありません。最近ですと、海から出た魔獣と魔人に浜が壊されて地形が変わったことくらいでしょうか」
「うわあ、浜を壊すなんてスゴイ魔人もいたもんですねえ」
ライオットにテレビでニュースを見せられた時は仰天した。
狙ってやったとはいえ、まさかその日のうちに大陸中に広まるとは思わなかった。ライオットは隣で頭を抱えていたが、幸い、エリンの姿が映っている様子はなかった。このまま狙い通りに白銀が釣れてくれることを期待している。
「手を汚してしまったので、お手洗いに行ってきます」
エリンは集団の中から抜け出し、ホテルの中を一人歩き始めた。
「ルグ、建物の構造は把握できましたか?」
「ああ。この先に階段がある。そこから屋上に出られる」
「わかりました」
「私も連れて行って下さる?」
「クルタナさん」
「体格のわりに機敏に動いて面白いでしょう? 野性味が溢れてますよ。フフフ」
「イザベラさんまで」
クルタナ主従が揃って後を追ってきていた。つい魔力探知に頼ってしまっていたが、この大陸の人々は大半がそれに引っかからない。よく注意しなくてはならない。
「お手洗いに行くだけですよ」
「お手洗いでしたら反対側ですわよ」
「……この建物、広くて迷ってしまいまして」
「迷った方は、そんなに真っ直ぐ階段へは向かわれません」
イザベラの指摘に返す言葉がない。クルタナは扇子の代わりに手で口元を隠し、勝ち誇ったように胸を反らした。
「煙を見に行かれるのでしょう? 屋上からならよく見えますもの」
「わたくし一人で十分ですよ」
「新女王を一人で歩かせては、前女王の名折れですわ」
断る口実を探している間に、クルタナは先に立って階段を上り始めてしまった。イザベラが後ろにつき、エリンは挟まれる形になる。こうなっては撒くのも難しい。
屋上に出ると、強い風が吹きつけてきた。床には大きな円と見慣れない記号が描かれている。何に使う場所なのかルグに聞きたいが、今は聞けない。
街の向こう、シラキタワーの根元から黒煙が上がっていた。サイレンはまだ鳴り止まない。
「エリンさん、魔人がどこから来るかご存じ?」
「いえ、詳しくは」
「海の向こう、お隣の大陸ですの。向こうに住む方々はゴエティアと呼んでいるそうですわ」
「正確にはゴエティア大陸だ」
エリンの襟元から、聞き慣れた声が飛び出した。
「……今、どなたが?」
「腹話術です。特技でして」
エリンは真顔で言い切った。
「口がまったく動いておりませんでした。お見事です」
イザベラが小さく拍手をする。昔取った杵柄がこんなところで役に立つとは思わなかった。襟元を指で弾くと、ルグはそれきり黙った。
「話を戻しますわ。アブラスキー家は、向こうの港町と取引のある数少ない家ですの。ウィンザリオという町で、取引に応じてくださる王様はそこにしかいないそうで」
危うく声が出かかった。魔王ラルクの治める町だ。
「船も行き来していますのよ。もっとも、先日は一隻、海の真ん中で真っ二つにされましたけれど」
「真っ二つ、ですか」
「乗っていた者は救命艇で皆無事でした。父は、やったのは魔人ではないと申しております。向こうの方々が、自分たちと取引している船を沈める理由はありませんもの」
エリンが木箱に隠れて乗っていた船だ。あの時ルグが感じ取った頭上のエネルギー反応は、魔人ではなかったことになる。
では、誰が。
「イザベラは、この街の人たちは諦めていると言ったでしょう。私は違いますわ。うちの船を沈めた相手の顔くらいは、この目で見てやらないと気が済みませんの」
クルタナは黒煙を睨んだまま言った。教室で暴れていた時とは目つきが違う。
「お嬢様、それでは魔人の顔しか見られません」
「わかってますわよ! 見られるものから見ていくのです!」
主従のやり取りを聞き流しながら、エリンの意識はシラキタワーの方に引かれた。
魔力が一つ、こちらへ向かってくる。速い。その後ろに、もう一つ何かがついてきている。こちらは魔力が感じられない。
「エリン、来るぞ」
襟元からの囁きに頷くより早く、黒い影が屋上の縁を越えて飛び込んできた。
床の円の上を転がって止まったのは片腕を押さえた男だった。肩から血が流れている。男は顔を上げ、三人を順に見て、エリンのところで目を止めた。
「ただの女しかいねえと思ったら」
男は口の血を拭い、端を吊り上げた。
「お前、こっち側だな」




