第40話 二百歳 魔法使い JKになります
「エリンさん今日からっすよね? 大丈夫っすか?」
車の後部座席に座り、いつも通りの仏頂面をして外の景色を見ているライオットに、レオンは運転席から声を掛けていた。
「この三日で最低限の一般常識は与えた。あとはヤツの適応力次第だ」
「てか、なんでわざわざ女子高生?」
「白銀が若い女だという情報が出回っている。何らかの形で自然に接触できる可能性に賭けた。ついでに社会勉強をさせておきたかったのもある」
「ただ厄介払いしたかったわけじゃないんすね」
ライオットは返答せずに、軽くなった肩をさすりながら頬を緩ませた。
一方その頃、女子高生に扮した二百歳越えの魔法使いはというと。
「う、うちはぁ、ベルティネから越して来たからぁ、こっちのことはあんまりわからなくてぇ、教えてくれると嬉しいなぁ?」
舌と唇が千切れそうな思いをしながら慣れない口調で言葉を紡いでいた。
「遠くから来たんだね。帰りに案内してあげようよ、歓迎も兼ねてさ」
「おお、いいね。みんなで行こうぜ」
「わぁ、ありがと。嬉しいなぁ」
もう椅子から立ち上がるのすら恐ろしい。なんだ、このスカートの丈は。気になりすぎて歩くのすら難儀する。
周りを囲う男女の群れ。その視線は自分に注がれ続けている。人垣で景色がまるで見えないが、廊下の方でも人だかりが出来ているようだ。
「どきなさい」
そんな分厚い人の海を割ってエリンの前へと進み出る者がいた。
それは、金髪縦ロールだった。山のように横にも縦にも大きい女だった。紫色のド派手な扇子を持ち、学校だというのにメイドを侍らせている変人だった。
「あれは、我が名門セント・フィンセント・セントルイス学園の女王、クルタナ・アドリアーナ・アブラスキー様! あの人に楯突いたらここでは生きていけない! 気をつけるんだ、転校生!」
「この学校の名前、よく噛まずに言えますね」
「こんなこともあろうかと、毎日解説の特訓をしていたんだ。わからないことがあれば何でも聞いてくれ。聞いてないことでも沢山喋るぞ!」
突然隣に湧き出した、黒縁メガネ七三分け男子の解説に頭を下げつつ、エリンはクルタナなる女子と向かい合った。
クルタナはエリン頭から爪先までを流し見たあと、口元を扇子で隠した。
「貴女、美しくない」
「は?」
露骨に見下してくるクルタナに、エリンの中に眠る王女の血とプライドが騒ぎ始めた。
「貴女からは美意識の欠片も感じられませんわ。そこにいるだけで田舎臭が漂って来ます。貴方のような人は、この学園に相応しくありません」
「あらそうですか。そちらからは嗅ぎ慣れた養豚場の臭いがしたので歓迎されていると思っていたのですが、勘違いだったようですね」
「ブタ⁉ いえ、落ち着きなさい、私。アブラスキー家の令嬢であることを忘れては駄目よ」
怒りで扇子を真っ二つにしてから令嬢がどうとか言っても手遅れではないかと思うエリンを置いて、掴みかかりそうな体勢から急激に立て直したクルタナは侍らせているメイドへ視線を向けた。
「このような方とは私が話す価値もありません。イザベラ、私の意を伝えなさい」
「畏まりました」
一歩下がったクルタナと入れ替わってメイドが前に出てきた。長い紫紺の髪を後ろで三つ編みにした彼女は、席についているエリンを薄い目で見下しながら口を開いた。
「クルタナお嬢様はこう申しておいでだ。お前は持って生まれた美を無駄にしている。豚に真珠って言葉の意味を、豚代表としてこのクルタナが手ずから教えてやるから放課後ツラかせよ」
「イザベラ、私の代弁にしては口が悪すぎてよ……ちょっと待って。あなた、私のことを豚と言いませんでしたか?」
「そんなはずはありません。ツンデレお嬢様系豚女子の言葉を完璧にトレース致しました」
「おい、今のは聞き逃さねえぞ。明らかに豚って言ってるだろうが」
イザベラの胸倉を掴むクルタナの陰で、エリンは眉根を寄せて言葉の意味を考えた。
「つまり、わたくしと仲良くなりたいから学校終わりに付き合えと?」
「その通りでございます。豚の分際で思い上がりも甚だしいでしょう?」
「キッサマアアアアアァァァッァァアアアアアア‼‼‼」
イザベラの胸倉を掴み上げたクルタナが暴れ出す。その瞬間、教室内にいた人が一斉に廊下にはけた。
「またクソメイドのせいでクルタナ様がデストロイモードに入った! 逃げろ、転校生‼」
「大袈裟な。彼女を見習った方が良いですよ」
「ヤハハハハハハハハハァ‼‼」
発狂するクルタナに床や机に叩きつけられているイザベラは、体に痣を作りながら大口を開けて笑っていた。
「訂正します。あれは参考になりません。まあ、なんでもいいです。この国の規範に則り、平和のために尽力しましょう」
席から立って嵐の中に踏み入ったエリンは、クルタナの腕を抑えてイザベラをひったくり、廊下にいる人の群れの中に放り投げた。
「さあ、来なさい」
「ウガアアアアアァァァァァァアアア‼‼」
挑発的に手招きするエリンにクルタナは飛びかかった。
エリンはクルタナの両腕を躱して後ろに回り込み、クルタナの胴に腕を回すと、そのまま抱きかかえながら後ろにブリッジした。
クルタナは後頭部から床に叩きつけられ、沈黙した。
「き、決まった!」
「ジャーマンスープレックスだと⁉」
「あの巨体相手に⁉」
クルタナを離して起き上がったエリンは、静まり返る一同を無視して、クルタナを抱き起した。エリンに抱えられて目を開いたクルタナが、自分を支えるエリンの手に自分の手を重ねた。
「私の完敗です。今日から、貴女がこの学園の女王です。胸を張って名乗りなさい」
「……ども」
「……誕生だ。新女王の誕生だぁ‼」
腕の中で満足げに笑うクルタナ。湧き立ち教室に雪崩れ込んでくる観衆。それらの中でエリンは一言。
「なにこれ?」
渦中にいたようで全く違う世界を生きていたようなすれ違い。エリンは一人、今は遠い山奥での生活に思いを馳せるのだった。
放課後。エリンはクルタナとイザベラと並んで街を歩いていた。その後ろには多くの男女を引き連れており、中々の大所帯でビルや商業施設が建ち並ぶ繁華街を移動していた。
「新女王の歓迎会をします」
「それ止めて下さい。エリンかマクレガーと呼んでください」
最初に被っていた今時の女子高生らしさ(偏見)の皮はどこにもなく、エリンは普段通りに振る舞っていた。
「では、エリンさんと。シグマホテルのホールを借りています。そこで歓迎会をします」
「それはわざわざありがとうございます」
エリンはその規模もわからないままにとりあえず頭を下げ、クルタナに案内されるままにホテルへ向かおうとした時だった。
けたたましいサイレンが街中に響き渡った。その後アナウンスが流れる。
『シラキタワー付近に魔人発生。至急避難せよ』
繰り返されるアナウンス。どうしたものかと考えるエリンの腕を、クルタナが引いた。
「ホテルに向かいましょう。あそこなら離れていますし、警備もしっかりしているので安全です。皆さんも、逸れないように付いて来てください」
集団はクルタナに率いられて、ホテルに向かった。その間もエリンの頭の中には現れた魔人のことだけで埋まっていた。




