第39話 待ってくれ、それはキツイって
窓の外から部屋に戻った一行は、ライオットとエリンを残して一時解散した。
彼らも各々に仕事を持つ身だ。嵐のような女に付き合い続けるわけにはいかない。
その嵐本人はというと、ライオットの目の前でソファに沈み込み、蕩けた表情を見せていた。
それを見るライオットの顔は険しい。
「やってくれたな、マクレガー。お前のお陰で仕事が増えたぞ?」
「感謝して貰うようなことではありません。やりたいようにやっただけですから」
渾身の皮肉が見事な空振りに終わり、ただでさえ深かった眉間の谷間が大渓谷へと変貌した。こめかみでは青い色のマグマが脈打ち、これでもかと自己主張していた。
「……俺の上司からは、お前と協力して上手く立ち回るようにと言われていた」
「良かったです。これからよろしくお願いしますね」
「よろしくできるか! このッバカがァ‼」
「ライオット、キレる」
ついに限界を超え、ライオットの堪忍袋の緒が切れた。
トドメとなるルグの解説もあり、大噴火を起こして真っ赤になったライオットはエリンに掴みかからんばかりに身を乗り出した。
「出会い頭に他国に喧嘩を売るヤツがどこの世界にいる! ああ、ここに居たな、天変地異じみた大馬鹿女が!」
「ちょ、いきなりなんですか! 言い過ぎじゃないですか⁉」
「妥当な評価だ」
「ルグまで⁉」
ぶち切れるライオット、いつも通りのルグ、戸惑うエリン。三者三様の有様は、カオス的な場を形成し始めていた。
「だって、貴方も敵だって言ってたじゃないですか!」
「それはお前に警戒させたかったから言ったんだ! 相手の出方で明確に敵対していないのはわかっただろうが!」
「それはそうですけど、ルグを自分の物みたいに言う人たちに容赦なんてしませんよ。徹底抗戦あるのみです」
貴方の大切な物を奪いますと言って来た相手におもねる理由がどこにある。
奪う時は力。守る時も力。それがゴエティアで生まれ育った者たちの常識だ。
「積極防衛だ。殲滅も辞さないアグレッシブな姿勢を貫きたまえ」
「おい、お前はどっちの味方なんだ」
「無論、エリンだ」
ルグの加勢で得意げに胸を反らすエリンに、ライオットはまた頭を抱えた。
「よくわかった。マクレガーがこうなったのはルグ、お前が甘やかして来たからだな?」
「それでは主従関係が逆転している。私は保護者ではない。指導者でもない。私は彼女の所有物。矛であり盾であり杖であり、そして、唯一無二の相棒だ」
「ルグ……」
エリンは相棒の熱い言葉に堪らず胸を押さえた。今は服になっているので抱きしめられないのが惜しい。
そんな主従の心温まる光景を目にしたライオットの視線は極寒の雪山の如く冷え切っていた。
白け切ったせいか、ライオットは冷静さを取り戻した。
「わかった。もう何も言わん。好きにしてくれ。さっさと今後について話そう」
「そうですね。あの方はなんですか? ああ、あなた方についても碌に聞いてませんね」
「我々はこの国の防衛を任されている集団だ。少し前まで共和国と呼ばれている国に属していたが、今は人類連合という大きな括りの中に入っている」
「先程の方は光国という国に属しているんですよね?」
「ああ。オール光国は人類側で唯一連合に属していない国だ。あの通り独自の超技術を持っているから他の国と手を結ぶつもりがない」
強国だから単独でも問題ないのか。強者ゆえの孤高を貫いて二百年が経っていたエリンには共感できることだった。
「国についてはわかりました。あの龍機士とやらも不思議の塊ですが、貴方も色々気になるところがあります。傷がおかしな治り方をしていましたよね? あれはなんですか?」
「それについては悪いが今は話せない。国家機密だ。我々の上層部の信頼を得て、話すことを許されれば話そう。私からも働きかけることを約束する」
「エリン、彼は国家機密であることを開示した。おそらく、これだけでも問題だ」
「……重要な情報だと相手に伝わってしまうからですか。わかりました。今はそれで納得しましょう」
ライオットは痛めつけたところで口を割らないだろう。傷が治ることもあるが、何より精神的なタフネスさが立ち振る舞いからも伝わって来る。
彼のプロフェッショナルとしての意識と立ち回りが、エリンに強硬策を取らせることを防いでいた。
「白銀や魔王ラルクの動向については何か知りませんか?」
「彼らがこの国で活動し、魔王と敵対しているのは間違いない。我々としても協力体制を敷きたいのだが、未だに接触することすら叶っていない」
「どこにいるか見当もつかない感じですか?」
「恥じを晒すようだが、その通りだ」
面目ないとライオットは軽く頭を下げた。エリンはそれを手で制しだ。
自分は彼に頭を下げて貰う立場ではない。それよりも、探しているのに見つからない事実の方が問題だ。
聞いた限りでは魔王相手に大立ち回りしているようなのに、見つからないとなると彼らの捜索は難航しそうだ。
「我々よりも光国側の方が情報を持っているだろう。奴らは既に一戦交えているようだ」
「また光国ですか。目的は白銀ですか?」
「ああ。間違いなく奴らも白銀の力を欲している。今はそこにルグが追加されているだろう」
迷惑極まりない話だ。会いたい白銀を狙うし、ルグまで奪おうとする。
目下最大の敵は魔王たちではなく、光国と見ていい。
「わたくしは明確に光国と敵対したわけですが、それでも協力してくれますか?」
「そうしたいと思っている。乗りかかった船、というよりも純粋にお前の戦力が欲しい」
その返答でエリンは胸をなでおろした。協力を反故にされて路頭に迷うことになると覚悟していたが、ひとまず衣食住は保てそうだ。
「元より白銀の処遇を巡って奴らとは対立していた。他にも争う理由はいくらでもある。予定が大幅に早まっただけだ。そう、きっとそうだ。そうに違いない」
「……申し訳なくなってきました。ごめんなさい」
自分に言い聞かせて納得しようとしているライオットを見て、エリンは遂に頭を下げた。
「謝罪は結構だ。我々のために力を尽くしてくれれば、それが互いにとって良い結果を生むことになる」
「はい。ゴエティアや光国の刺客の相手は任せて下さい。それで、これからどうしますか? 捜索に出ますか?」
「潜伏している白銀や魔王は未だ見つからない。これまでと同じアプローチではこのまま徒労に終わるだろう。だから、ここは趣向を変えてみようと思う」
そこまで言って、ライオットはエリンの肩に力強く手を置いた。
「マクレガー、お前は若い」
「いえ、年寄りです。二百歳越えですよ?」
「そうか。言い直そう。見た目が若い。十代と言って通用するほどだ」
「ええ、そうですかねぇ? そこまでではないと思いますけど、まあ、若さを保っている自覚は当然ありますけどね」
エリンは突然ライオットに褒められて身を捩らせていた。緩んだ表情も合わせて明らかに照れていた。
その隙をライオットは逃さなかった。
「そんなお前に相応しい仕事がある」
「ええ、若くて美人なわたくしに似合う仕事ですか?」
「ああ。お前以上の適任はいない。きっとルグも喜ぶ。その仕事とは————」
三日後、ウェストリア大陸某所にて、エリンは一つの部屋に集められた年若い男女の視線を一身に浴びていた。
「はい。みんな、突然ですが、今日から同じクラスに入ることになった生徒を紹介します。はい、自己紹介して」
「エリン・マクレガーです。一日も早く、クラスに、馴染めるように、頑張ります。皆さん、仲良く、してください」
顔を朱どころか紅蓮に染め上げたエリンは、超合金で出来たロボットのようにガチガチになりながらそう言ったのだった。




