第37話 はちゃめちゃが押し寄せてきます
エリンはスピネルの頭を掴み、持ち上げて顔を全員に見えるようにする。スピネルの瞳は開かれたまま微動だにしない。
ライオットが非常用のライトを持って来て瞳に光を当てるが、生体反応は見られなかった。
スピネルの顔の辺りから何かが焼ける臭いがする。彼を死に至らしめた原因は、彼の中に隠されているようだ。
「いったい何のために⁉」
「口封じでしょう。彼らを捕まえたのは初めてですか?」
全員が頷いた。ライオットが代表して具体的に述べる。
「生け捕りは初だ。我々に捕まりそうになると魔法で自害されていた」
「絶対に情報を渡さないつもりですね」
「彼の死因は脳の焼失だ。外から魔力を送り込み、事前に用意されていた自害用の魔法が起動したのだろう」
「血の契りによる魔力の授受。わたくしもすっかり忘れていました」
血の契りにより魔王の配下になると、力を与えられる代わりに魔王に魔力を操作されることになる。ある時は渡され、ある時は持っていかれる。すべて魔王にのみ決定権がある。
「契約次第では配下の位置を把握できると聞きます。彼の王はそういった契約をしているのでしょう」
「一つ情報源を失ってしまったか」
「気を落とす必要はない。彼から情報は取れなかった。彼らには人質が通用しない。手詰まりだったのだ」
ルグのフォローにエリンは頷く。ウェストリアに渡ってきているのは魔王だ。彼らは好戦的で、配下も含め脅しの類は通用しない。
「情報を取れないなら殺めるしかないと思っていたので手間が省けました」
「アンタ、一応は同胞なんだろ? 手心とかないのか⁉」
「あなた方が同じ大陸に住んでいる者をどういった感覚で捉えているかわかりませんが、わたくしたちには同じ地で育ったからといって容赦する感性はありません」
やらなければやられる。力ある者が頂点に立ち、弱者は地に這いつくばる。
それがゴエティアでの摂理。強者はより高みに至ろうと手を伸ばし続ける。
その仕組みは強固で、エリンでさえ壊すことが出来ず、争いから逃れるには身を隠すしかなかった。
「我々はお前たちの在り方に口を挟むつもりはない。レオン、片付けておけ」
「あの、雑用を俺に投げるのやめません? じゃんけんにしましょう、じゃんけんに」
最初はグーと音頭を取っても誰も手を動かさずにレオンのことをジッと見ていると、レオンは諦めて文句を垂れながらスピネルの遺体を運び出した。
見かねて手伝いに入った男性はきっと良い人なのだろう。そして、部下を小間使いにするライオットは嫌な奴だ。
「お前の部屋を用意させる。上と連絡を取らなければならない。時間をくれ」
必要な情報だけをライオットは簡潔に述べる。箇条書きにした項目を音読しているようだが、お陰でわかりやすい。
「わかりました。お話はその後で」
それで両者の会話は一旦打ち切られた。
しばらくして、用意して貰った自分用の部屋にエリンは足を踏み入れていた。
部屋の造りはライオットの部屋と全く同じだ。フロアも向きも同じなので、窓から見える景色にも違いはない。
「こうして落ち着いて見ると、部屋の中も外も不思議なものばかりで圧倒されてしまいますね」
「時間がある時にまた私が教えよう。今は方針を固めることを優先するべきだ」
「ええ、そうしましょう」
ルグの言葉に頷いて、エリンはソファに身を預けた。これまで座ったどんなものよりも手触りやクッション性が良く、思わず寝入ってしまいそうになる。
眠気が滲みだした頭を振ってエリンは頭を働かせだした。
「まず、当初の目標である魔王ラルクと『白銀』との接触は変えません。ライオットたちと協力して情報を貰いながら、二人への足掛かりを作る」
「魔王側の動向も確認しておきたい。彼らがウェストリアでどう活動しているのかは知っておく必要がある」
「そうですね。彼らの動きを追えれば、ラルクや白銀に近づけるかもしれません」
魔王は目下最大の障害だが、それと同時に目的の二人に辿り着くための水先案内人になるかもしれない。どちらにせよ、動向を把握しておく必要がある。
「そうだ。魔法は魔法陣とやらを介さないと使えないようですが、あれは何なのでしょうか?」
「魔法は魔導大帝なる者が生み出した幻想魔境内、つまりゴエティア大陸内でのみ自由に使えるモノであると推測する」
おとぎ話で語られる魔法の開祖。魔王たちをウェストリアに嗾けた親玉だ。その目的は魔力が通る土地を増やし、支配権を広げること。
それが魔法を使える土地を広げることも意味するなら、ゴエティアに住む者たちにとっては願ってもないことだろう。
「彼らが使う陣は、限定的にゴエティアの環境を再現し、魔法を使うための土壌を作っていると思われる」
「では、わたくしが魔法を使う時も同様の策を講じる必要があるわけですね」
「キミは例外だ。キミの使う魔法は他とは発生のプロセスが異なる」
「え? そうなのですか?」
初めて聞くことにエリンは目を丸くした。
「キミは私に魔力とイメージを渡し、私がそれを使い現実に出力している。この時点で、個人の魂の形質と理想、血に縛られる他の魔法とは大きく異なる」
「……そうか。魔法の源である理想の世界が空っぽなのにわたくしが魔法を使えるのは、わたくしのやりたいことを実現する能力をルグが持っているからですね」
今まで気にしてこなかった。ルグの中に世界の全てが収まっているから、あらゆる属性の魔法を使えると考えていた。
その認識は間違っているわけではないが完全な正答とは言い難かった。
「キミの魔法の限界は、キミのイマジネーションと魔力量、そして私のスペックにある。知っての通り私は超高性能だ。不可能はない。ゆえに限界はキミに依存する」
「つまり、ここで魔法を使う時にかかる制限は、わたくしの魔力量のみということですね」
「その通りだ」
これで戦闘時に組み立てが変わってくる。敵に大きな制限がかかる中で自分は魔力量を気にしておけば魔法を使える。
とはいえ、魔王を相手にする場合は配下の存在を考慮して立ち回らなければならない。勝っても魔力が空では残党に敗れることになるだろう。
「魔法については十分ですね。あとは、ライオットたちについてですか」
「情報提供を取り付けはしたが、彼らの素性を私たちは何も把握できていない。所属している組織及び団体、目的、理念、敵対勢力、それらは確認しておくべきだ」
「それにあの回復能力。ルークが行っていた時間遡行によく似ています。それも確認ですね」
戦闘中にルークが見せた傷の再生や敵の攻撃の逆行は目に焼きついている。もしも彼らがルークに関係する者ならば、色々と聞かなければならない。
そこまで考えたところで、部屋の出入口の扉が叩かれた。一人では大きすぎる部屋の中を移動し、扉を開けるとライオットがいた。
「時間をかけて申し訳ない。また私の部屋に来てくれ。全員で今後の話をする————」
そこまで口にしてライオットは口を噤み、次に口にした言葉は全く関係のない疑問だった。
「何故だ。何故この場所を狙う?」
「どうかしたのですか?」
「敵が来る」
「スピネルさんの仲間でしょうか?」
「違う。魔人ではない」
彼らの敵は魔人しかいないはずだ。種族の存続をかけて戦っているのに、他にどんな敵がいるというのだ。
エリンが抱いたその疑問にライオットはすぐに答えてくれた。
「人類も一枚岩ではないということだ。外に出る。龍機士が来るぞ!」
ライオットは足早に自室へと向かい、エリンもそれを追う。部屋に入るとライオットの部下たちが窓の外に出たところだった。ライオットとエリンもそれに続いて外に出た。
先に外にいた部下たちは空を見上げていた。彼らの視線の先で、異変が起こった。
空間が捩じれたように一部の景色が歪む。その歪みの中心地点に何かが形成されていく。
そして、それは現れた。
鋼の体と翼を持つ大きな人型。その頭部はドラゴンの頭によく似ていた。
人の体に小さなドラゴンの頭をつけたような奇怪な人型が、エリンたちを見下ろしていた。




