第36話 未知が満ち満ちている
浜から上がると、そこには大きな道路が目の前に通っていた。集団はその道路の脇に設けられた歩道で足を止めた。
その時にはエリンの服は水着から周りと同じ黒服に変わっていた。集団の中で浮かないようにルグが配慮した結果だ。
「見たことのない道。黒い小石が均等に敷き詰められているんですね」
「アスファルト舗装と呼ばれている。粘性の高い油に砂や石を混合して作る」
そう答えたのはルグだった。
「何で知っているんですか?」
「周辺のスキャンをしている過程で、有していた断片的な情報同士が結合した。この文明レベルを私は知っている」
「今の話、合ってます?」
隣にいた黒服の女性に確認を取ると、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くし、首を縦に何度も振った。
世界の全てが収まっていると豪語するだけあって、他の大陸に来てもルグの知識は機能するようだ。とても心強い。
「面白い帽子。今時は魔人も人工知能を作ったりするんだ。スピーカーとマイクはどこに入ってるんだろ」
「ジンコウチノウ? ルグは知識満載のお喋り魔道具ですよ」
「エリンの言う通りだ。私は人工知能とは違う。私には知能だけでなく自我や意識が存在している。具体的にはクオリアと呼ばれ————」
そこからルグは長い解説をしたが、エリンは何を言っているのかさっぱりわからなかった。どうやら、隣で話を聞いている女性も同じだったようだ。
一通りルグの話を「うん、うん」と頷きながら聞いた女性は、ルグの話をこう要約した。
「つまり、人間の意識が入った道具である、ということだね」
「……端的に言えば、その通りだ」
女性の出した短い結論に、長々と解説したルグは釈然としない様子で答えた。
間違ってはいないが、もっとあるだろう。そう言いたげだった。
「うわあ、なんか嫌な感じ。人の脳をそのまま道具の中に詰め込んでるの想像しちゃった」
「それでは不足だろう。個体としての自己認知や自我の話をするならば自己の内外を隔て、外部情報を受け取り感覚として脳に伝達する固有の器官、我々でいう肉体もなければ成立しない」
エリンの隣に立っている女性越しに話を聞いていたライオットが女性の発言を補強する。
ライオットの静かな視線がエリンの頭上の帽子へと向いた。
「つまり、脳だけでなく、人間そのものが道具になった。それが正しい答えではないか?」
「素晴らしい!」
ルグが珍しく大きな声を上げた。感嘆と表現して差し支えない声を上げたルグは、興奮気味に捲し立てた。
「ライオット。キミは素晴らしい知性を持っているようだ。見直した。高度な教育を受けてきたとわかる。興味が湧いた」
「そうか。私は不快感が増した。脳機能を移植するだけでも不快だというのに、人そのものが道具に変わっているなど、到底受け入れられるものではない」
高揚するルグとは対照的に、ライオットはどこまでも冷ややかだった。
その冷たさは、ライオットの言葉を聞いたエリンにも伝播した。
悪寒が背筋を撫でた。ルグという存在がどれほどの業を負って創られたのか。
そして、虫が頭の中を這いまわるような不快で強烈な違和感。
気づかなければならないのに、気づいてはいけない。そんな答えがすぐそこにある気がした。
しかし、エリンがその何かに触れるよりも早く、目の前に止まった一台の車がエリンの思考をかき乱した。
それはバンと呼ばれる形の車だった。エリンがそんなことを知るはずもなく、突如現れた車を色々な角度から眺めようとした。
その動きをライオットに止められ、エリンは車の三列目のシートに押し込められた。
「なんですか⁉ これは⁉」
「車だ。駆動方式は複数あるが、動物の力を借りずに車輪を回す乗り物という認識でいい」
「はぇ。こちらはよくわからない物で溢れているんですね」
「エア、カイエンホテル地下駐車場へ行ってくれ」
『カイエンホテル地下駐車場までオートクルーズを開始します』
運転席に座ったレオンの指示に従い、車に搭載されたAIが自動運転を開始する。
モーターによる静かな滑り出しから車は走り出し、エリンは車窓を流れる景色に目を奪われていた。
何か見つける度にエリンが指を差し、ルグが答える作業を繰り返しているうちに、集団を乗せた車両は高層のホテルの地下駐車場へと入った。
車を降りてエレベーターに乗り、一階のエントランスを無視して高層階へと移動した一行は、個室の中へと入った。
そこはVIP用の大きな間取りの部屋だった。高価そうな調度品に巨大なスクリーンや大きなソファ、ワインセラーなどが目につく。
窓の外に目を向ければ個人用のプールが用意されていた。
「ここは私のために用意された部屋だ。自由に使っていい」
そう言ってライオットは鎖に繋がれたスピネルを椅子に座らせ、自分はソファに深く腰掛けた。
「ありがとうございます。それでは早速尋問を始めましょう」
「ああ。それにしても、やけに大人しいな。この状況では暴れる気にならないか?」
「魔力を常に吸われてるせいで力が出ねえんだよ」
椅子に座り足を大きく開いたスピネルは、背もたれに身を預けながら答えた。
態度は大きいが、その顔に覇気はなく、やや顔色が悪く見える。
「魔力切れ中は体が怠くて動けなくなります。わたくしに捕まっている限りは魔力が回復することはないと思ってください」
「恐ろしい能力だ。魔人からは悪魔に見えることだろう」
「まあ、それなりに酷い二つ名を付けられたことがありますね」
魔王殺しの名も大概だが、災害のような呼ばれ方をしていたこともある。それら全てを列挙した時、一番良い名は間違いなく『魔法使い』だろう。
そういった点でもエリンは『魔法使い』の異名を気に入っているし、名乗るようにしている。
「それはさておき、早速、魔王ラルクと『白銀』の居場所を教えて貰えますか?」
「知らねえ」
「尋問が拷問に変わるぞ?」
ライオットに迫られてもスピネルは不遜な態度を崩さない。
「本当に知らねえんだよ。知ってればこっちから仕掛けてる」
「それが出来ない事情があるんじゃないのか? もしくは、奴らの力を恐れているか」
「恐れてるに決まってんだろうが。既に魔王が二人殺されてんだぞ?」
情けないことを当然のようにスピネルは口にした。
「二人も、ですか。貴方たちがこちらに渡ってきたのは『白銀』を殺害するためですよね?」
「聞くまでもねえだろ。自分たちを殺そうとするヤツらを野放しに出来るか。まさか『黄金』まで敵だとは思わなかったが」
「勘違いしないで下さい。まだどうするか決めたわけではありません。すべては彼らに会って話を聞いてからです」
魔王ラルクと『白銀』の目的がゴエティア大陸に巣食う魔を滅ぼすことにあるとして、その先にエリンとルークが求めた幸福がないのであれば意味がない。
「マクレガー。お前の言う『白銀』とはなんだ?」
「五百年程前に魔王を複数人相手にして勝利した偉人です。白銀の髪と武器を持っていたことから『白銀』と呼ばれています」
元は単に魔王殺しと呼ばれていたが、エリンも魔王殺しとして名を馳せたため、差別化のためにそれぞれを『白銀』、『黄金』と呼ぶようになった。
「白銀か。それは我々が探している『御子』と同一人物かもしれない」
「ミコですか?」
「不浄を祓う者。神が遣わした代行者。そんな存在がこの大陸に生まれると言われ、世界全体が動き始めた」
そこで、エリンは今の世界が何を中心に渦を巻いているのか知ることになった。
「人類は魔人を滅ぼすため、魔人は御子を亡き者にし、世界を手中に収めるため『御子』を探している」
「つまり、今は御子を求め、世界を二分する生存競争中ということですか?」
「そうだ。我々は種の存続を賭けた戦争をしている」
山を下りて、海を渡ってみれば、世界はとんでもない規模の大戦中だった。
その事実は、二百年生きてきたエリンでも指折りの衝撃を受けることになった。
「エリン・マクレガー。我々と協力する気はあるか?」
「見返りは情報でしょうか?」
「お前がそれを求めるのであれば提供しよう」
「ちょ、大丈夫っすか⁉ 魔人と取引なんて!」
レオンが慌てて話に割って入るが、ライオットは手だけでレオンを諫める。
「先に言っておくが、我々に提供できる情報はそう多くない。開示できないのではなく、情報を持っていないからだ」
「そうですか。では、当面の住まいを提供してください。情報もわかっている範囲で提供して頂きたいです。見返りにわたくしは武力と解析力を提供しましょう」
「わかった。おい、お前も知っていることを話せ」
ライオットは椅子の脚を爪先で小突き、俯いて黙っているスピネルを刺激した。
しかし、スピネルは何の反応も示さなかった。エリンは椅子に座るスピネルの顔を覗き込み、そして気づいた。
「エリン、彼は死亡している」
「は?」
「……殺されてしまいましたね。おそらく、魔王によって」




