第35話 呉越同舟⁉ わたくしが嵐ってコト⁉
「エリン・マクレガーだと⁉」
魔力を持つ集団に明らかな動揺が走り雰囲気が一変する。
名前、異名、容姿。そのどれもが最強と謳われる存在と合致している。
「なんで『黄金』までこっちに来てんだ⁉」
「知らないわよ!」
「退こうスピネル! あれはヤバいって!」
狼狽える集団の中、彼らのリーダー格であるスピネルだけは静かにエリンを睨んでいた。
「ブラフだ」
しかし、その判断は冷静とはかけ離れた残念なものだった。
「よく考えろ。エリン・マクレガーの逸話はイカレてる。あれを全て一人の人間がやったはずがない」
「……たしかに。何人かで成し遂げた偉業が一人のものになったなんて良くある話だ」
「そうだろ。それに、今のアイツからは魔力をほとんど感じない。さっきまでの戦闘で力を使い果たしたんだろ」
彼らが引き寄せられた強い魔力とは、戦闘開始前に人をおびき寄せる為に放った物だろう。
魔力制御が精密すぎるエリンの場合、今放たれる魔力だけでは力を測れないのだが、そんなことを彼らが知るはずもない。
「あの程度の戦闘で魔力を消耗しきるヤツが、最強の伝説なはずがない」
「流石はスピネル! 穴のない完璧な分析だ!」
「たまたま似た見た目をしていたから騙ってるわけか。ビビらせやがって」
エリンは彼らの話を黙って微笑みながら見守っていた。
「で、どうします? わたくしと戦うということでよろしいですか?」
余裕どころか挑発的でさえあるエリンの微笑みを見た彼らは一斉に魔力を放出し始めた。
それが彼らの返答だった。相手がその気だとわかり、エリンは槍を構えた。
「では、お覚悟を」
「そんなフザケタ恰好のヤツに凄まれても何も感じねえよ」
言われてエリンは今一度自分の姿を確認する。惜しげもなく肌を露出した肢体がそこにはあった。エリンは小声でルグに指示する。
「……ルグ、着替えさせてください。もう少し威厳のある感じに」
「拒否する」
「……なぜ?」
どこか熱のこもった拒絶にエリンは恐る恐る聞き返す。それにルグの方もエリンと似たトーンで返した。
「……私がその姿を堪能しているからだ」
「何を言ってるんですか⁉」
「今だ。やれ」
相棒のまさかの返答に大声を出してしまった瞬間、魔力を持つ集団の手の先に幾何学図形が生み出され、そこから一斉に火の玉が放たれた。
「ええい、もう訳分からん!」
よくわからないことの連続に、思考を捨て去ったエリンは飛んでくる火球に向かって跳躍した。そのまま火球に手で触れ、魔力に変換して消し去った。
「なに⁉」
「今更そんな単純な魔法でわたくしを害せるとでも!」
無傷のまま敵の懐に直行したエリンは、一番前で指揮を執っていたスピネルを蹴り飛ばそうとする。
そこにスピネルの隣にいた部下の男が介入し、スピネルの体を押して代わりに蹴られた。
エリンの蹴りを受けた男の胴体が千切れて上下に分かれる。
噴き出した血には目もくれず、エリンは逃した獲物を睨む。そこにまた別の敵が割り込んだ。
今度は槍を一振りし、ガードの上から首を跳ね飛ばした。
頭を痛めつければ言うことを聞いてくれるだろう。エリンはそのためにスピネルを執拗に狙う。
全員生き残っている必要はない。何人かはこの場で命を奪い、残りは逃がした方が魔王が出張って来る可能性が上げられる。
そう考えつつ、エリンは三人目の壁を叩き割った。
「赤い男の集団から力を感じる。おそらく、キミの力を計っている」
ルグの言葉を聞いて待たせている方の集団に睨みを利かせる。赤い男に動揺はないが、他の者たちはあからさまに身構えた。
何かをしようとする意志さえ起こさせない。絶対的な力は抗う気力を根こそぎ奪い去る。
「隙あり‼」
「どのあたりに?」
エリンが視線を逸らしたタイミングで、今度は炎の柱が三方向からエリンに襲いかかった。
そのどれもがビル一棟を溶かすほどの熱量を秘めている。だが、それも無意味だ。
彼らの魔法はエリンの身を焼くことなく消え去り、エリンの魔力の糧となる。
魔法がひどく単純で変換しやすい。おそらく、この大陸にいるせいだ。魔法陣と呼ばれるおかしな図形を作る手間も含め、彼らの魔法ではエリンは傷一つ負わない。
そうして、何度目かの魔力変換を終えたことで、エリンの持つ槍が黄金に輝いた。
「充填、完了」
「黄金⁉」
彼らも流石に自分たちの判断の誤りに気づいただろう。今更手遅れだが。
エリンの黄金の槍の柄が地面に打ちつけられ、黄金色の衝撃波が周囲に拡散した。
衝撃波とともに砂煙が舞い上がり、視界が完全に閉ざされる。
空へと上がったエリンは槍を一振りして砂煙を吹き飛ばした。開けた視界の先には、これまでとは異なる光景が広がっていた。
爆弾の炸裂にも等しい衝撃が浜を打ち、砂が吹き飛ばされてクレーターが生まれた。一部にはガラスのような結晶まで出来上がっている。
エリンの一撃で浜は大きく抉られ、形が変わってしまった。
誰も逃げた者はいない。加減はしたので全滅はしていない。それでも魔力はほとんど感じられなくなっている。
半分砂に埋もれながら、次々と人が姿を現す。その中にはエリンが体を上下に分断した男の姿もある。男は上半身だけで生き永らえていた。
それなりに魔力を持っているだけのことはある。生命力は並ではない。
魔力を供給してやれば生き残るかもしれないが、今それが出来る者は彼の仲間にはいないだろう。
砂から這い上がって来る者の中にスピネルの姿を見つけた。片腕が欠損しており、脚も自由が利かないようだ。
エリンはスピネルの真上へと移動し、スピネルを見下ろした。
「ゴハァ! ハァ……」
「見誤りましたね。どうです? 話す気になりましたか?」
「化け物が……!」
エリンを睨むスピネルの目には怒りが見えるが、体は震えておりまるで力が入っていない。
「腰が抜けて立ち上がれないなら手を貸しますよ?」
「チッ! 誰が……あ、おい!」
スピネルの視線の先、エリンの後方で赤い男の集団が寄り集まっていた。彼らも砂を被ったが被害はそれだけで、大きな怪我はしていない。
「お前ら! コイツをどうにかしねえとヤバいぞ! さっきの見てただろ⁉ コイツは皆殺しにするつもりだ!」
スピネルの言っていることは半分正しい。スピネルらゴエティア出身の者たちは、挑んでくる限りは一人残らず命を奪う。それがゴエティアでの強者の在り方だ。
だが、赤い男の集団は別だ。彼らに対してエリンはどう対応すべきか迷っている。
「戦うつもりならどうぞ。その場合、先ほども言いましたが、それ相応の覚悟を以ってわたくしの前に立って下さい」
「貴様、まだ全力を出していないな?」
「ええ。この通り、力は有り余っています」
そう言ってエリンは再び魔力を解き放った。エリン周辺の景色が歪むほどの濃密な魔力に、その場の全員が身震いし、冷や汗を流した。
これで何一つ嘘も冗談もないことが伝わっただろう。
「……部下には手を出さないと約束してくれるか?」
「そちらが今度こそわたくしとの約束を守るならいいですよ。その代わり、裏切った場合はわかりますね?」
エリンは小首を傾げて可愛らしく確認するが、先程の破壊を見た後では全く可愛げを感じられず、恐ろしさしかない。
「……わかった。話を聞こう。そこの男には我々も聞きたいことがある」
「では、捕縛して一緒に情報を開示し合いましょうか」
「お前、ふざけん」
スピネルが喋ろうとした途中でエリンは槍を投げつけ、柄の部分でスピネルの喉を潰した。
「あとで治してあげるからしばらく黙っていて下さいね。ルグ、拘束しましょう」
「了解」
ルグが生み出した灰色の鎖で男を締め上げたエリンは、赤い男の下までスピネルを引きずった。赤い男は翼を畳んだのか、背中から見えなくなった。
「私の名はライオット・フェニキスだ」
「エリン・マクレガーです」
二人は握手をすることもなく、酷く端的な自己紹介を済ませた。
エリンの友好を示すような柔和な笑みとは対照的に、ライオットは仏頂面で応じた。
「場所を変えよう。レオン、車を呼べ。拠点に戻る。そこで伸びている連中も回収させろ」
「マジですか⁉ いや、マジなんだろうな! アンタ人の意見聞かないもんな! はあ、おっかねえ」
「黙っていけ」
「へいへい!」
ライオットの指示を受けて部下が浜を走っていく。その背を追って歩き出した集団の最後尾につき、エリンは歩きだした。
「ルグ、砂浜を出たら着替えさせてください」
「……」
「いいですね?」
「……わかった」
エリンの圧に負けてルグは渋々了承した。そんなやり取りをスピネルは引きずられながら呆然と聞いているしかなかった。




