第33話 水着の槍使いvs飛んで火にいる夏の龍
灰色の槍を構えたエリンは空を飛ぶ赤い男を睨みながら浜辺を駆けだし、勢いそのままに空へと駆け上がった。
何もないはずの空間を足の裏で捉え、空気を蹴り上げて赤い男へと接近する。
男は僅かに目を見開いたが大きな動揺は見せず、迫るエリンに向けて赤い光の槍を振るった。
その槍には刃が存在しない。ただ濃密なエネルギーの塊であることは察せる。
魔力の防御なしに触れれば肉が焼かれることだろう。エリンはそれを自身の槍で弾き、返す形で槍を連続で突き出す。
目にも止まらぬ連続の刺突を赤い男は数合弾きながら急降下し、槍の間合いから外れる。
降りた赤い男を追い、エリンは槍の柄を棍のように叩きつけ、さらに下へと押し込んでいく。
縦に振られたエリンの槍と、横一文字に構えた男の槍がぶつかり、押し合う形になる。
互いに正体不明の力を使って宙で踏ん張り、両者の力は拮抗しているように思われたが、その状況はすぐに崩れた。
赤い男の槍の輝きが一瞬だけ弱まり、エリンの槍が男の得物を砕いた。赤い光の粒子が舞い散る中、エリンは砕いた勢いそのままに槍を男の頭上へと叩きつけて海面へと叩き落とす。
大きな水飛沫が生まれる。赤い男は海に落ちたがすぐに海上に姿を現し、宙に浮いた状態で上にいるエリンを睨みつけた。
男の額に傷はなく無傷だった。どうやらかなり頑丈らしい。エリンが敵の状態を確認していると、男がおもむろに口を開いた。
「どうやって魔法陣を使わずに魔法を使っている?」
「……ちょっと何言ってるかわからないです」
魔法陣ってなに? 純粋な疑問がエリンの頭の上に?を生んだ。
そういえば、こちらの大陸へ渡る前にヴィクトリアが魔法を使うのに余計にひと手間かかると言っていたが、そのことかもしれない。
「空を飛ぶ、私の槍の力を僅かに奪う。どちらも魔法のはずだ。いや、それ以前にどうやって槍や手で私の攻撃を受け止めている?」
「質問させないくせに、自分は聞いてくるのはズルくないですか?」
男の口振りからするにあの槍は普通では受け止められないもののようだが、数秒触れるくらいなら魔力運用でどうとでも出来る。
エリンはそう考えていたが、それはあくまで魔力の運用が緻密で正確なエリンだから可能な芸当であるという認識が欠けていた。
「種明かしをしたら、わたくしの質問にも答えてくれますか?」
「ああ、貴様が答えた分は応じよう」
「あら、思ったより話せるじゃないですか」
最初の口振りとは一転、意外にも素直に応じた男にエリンは驚き目を瞬かせたが、すぐに意識を切り替えて男の質問に答えていく。
「一つずつ疑問に答えてあげます。まず、どれも魔法じゃありません。魔力運用の応用です」
今のエリンは魔力を物理的な抵抗を生むものに変換し、足の裏に張り付けている。透明な板の上に立っているのに近い。魔力を推進力に変えて高速で移動することや重力を反転させることも可能だが、魔力が乏しい環境では燃費が悪くて使いたくない。
プライマリー・グリーンで周囲の魔力を収集したいところだが、魔力が薄すぎて魔力を集める為に消費する魔力の方が収集する量よりも多くなってしまう。
どうあっても魔力を消費してしまうため、エリンは魔力消費を最小限に留める戦い方を選んでいた。それほどまでの制限が掛かっても、エリンには一切の隙が無い。
「貴方の槍を弱めたのはエネルギーを解析して、わたくしの魔力へと変換したから。打ち合えているのもただの魔力運用です」
数合の打ち合いと、競り合っている間にルグが解析を進めて敵のエネルギーを奪う手順を整えた。一瞬で奪いとることは出来ないが、数秒間接している時間が生まれれば吸い上げることは可能だ。
「わたくしは答えましたよ。次はこちらから質問をさせて貰いますね」
「よくわかった。貴様が私の知る魔人とはまるで違うことがな」
そう言って男は赤い槍をもう一度生成し、エリンが質問する前にエリン目掛けて投擲した。
エリンは自分の心臓目掛けて迫って来る槍を素手で掴み取った。そのまま握り潰して砕き折ると、空に散った赤い光の粒子を魔力として吸い込んだ。
「エネルギーの提供、ありがとうございます。それで、これは何のマネですか?」
エリンの口調は柔らかい。だが、その表情は穏やかとは程遠く、怒りを宿した虹色の瞳が赤い男を射抜いた。
男は口を開かず、再び赤い槍を生み出しエリン目掛けて突貫した。
「エリン、手荒にしても構わない。あれは簡単には死なない」
「ええ。今、ちょっと怒ってるので丁度いいです」
エリンは男が突き出した槍を左手で掴み取った。
「直線的すぎる」
エリンは掴んだ槍を自分の方へと力任せに引っ張った。凄まじい膂力に引かれた男が釣られた魚のようにエリンの方へと引き寄せられる。
そして、エリンの強拳が振るわれた。男の顔面にエリンの右拳が叩き込まれ、今度は砂浜に向けて落下する。
エリンは追い打ちとして手にした槍を投げつけ、落ちていく男の右肩を穿った。
尋常ならざる怪力により放たれた槍は男の体を貫き、肩口から右腕が丸ごと千切れ飛んだ。
男は血を空に撒き散らしながら落下していき、先に砂浜に到達した槍が生み出した砂塵に飲み込まれていった。




