第31話 魔法使いの旅はまだ終わらない
多くの犠牲者を出した戦いが遂に終結した。
正気を取り戻したヴァンやシルビア他魔王たちは何が起こったか理解し切れていない様子だったが、それでも何者かの声を聞いたことは認識していた。
再びあの声が聞こえる前に魔王たちは自分たちの領地に戻ることを選択し、残った兵たちを連れて帰っていった。
残ったのはエリン、ヴァン、シルビア、ヴィクター、ヴィクトリアの五名だ。
これ以上にないほどに荒れ果てた荒野の上に座り、円を作った五人は情報確認と今後の動きを決める会議を開いていた。
最初に口を開いたのはヴァンだった。
「まず、あの声は何だ?」
「わからないが、ラルクの言から推測するに、この大陸の支配者であるネイヴァー・ワールドマインのものだろう」
「親父、そんな御伽噺を信じるほど耄碌したのか?」
「あくまで仮説だ。魔王を複数人操り、この世界のルールを書き換えるほどの力に説明をつけるには、そんな空想の存在を持ち出さなければならないということだ」
ヴァンの問いに応じたヴィクターも半信半疑という態度を崩さない。あの声の主は自分が何者であるか最後まで名乗らなかった。
名乗ったところで信じるに値しないが、あれが誰であれ魔王を遥かに超える上位存在がいることは間違いない。
「では、その存在の目的は何なのでしょうか?」
今度はシルビアが聞いた。それも気になるところだ。魔王たちの口から、あの声の指示を受けて、海を渡らなければならないと思い込まされたことは聞いている。
では、海を越えて隣の大陸を目指す目的とはいったい何なのか。
その問いにはヴィクトリアが答えた。
「そいつは簡単だ。魔力の通る土地を広げること。それと白銀の抹殺だ」
「隣の大陸には魔力がないというのは真実なのですね⁉」
「全くのゼロではないらしいが、ほとんど感じられない。私とヴィクターは前に一度渡ったことがあるから知っているが、まあ、全く違う世界が広がっていると思え。本当に何もかもが違う。幻想魔境は使えんし、魔法を使うにも大気の魔力が取り込めない分、消費がキツイし余計にひと手間かかる」
「なるほど! とても興味深いですね!」
件の声の主の言動から白銀を忌み嫌っていることはわかっていた。魔王を隣の大陸に渡らせたかったのも白銀を殺すためだと言われれば納得する。
「魔力の通る土地を広げるとは具体的にどうするつもりなのですか?」
「この大陸内では魔力があるのが当然だから何も起こらないが、魔力のない土地で魔力が流れると世界の法則が壊れる。すると魔力があるのが当然の空間が生まれる」
「世界の法則が壊れるとは?」
「隣の大陸の奴らと私らの知っている世界の法則にはズレがあるんだよ。魔力が流れると私らの世界の常識みたいのが向こうの世界を汚染して、世界の法則が書き換わる。それを定着させるにはしばらく魔力を流し続けなきゃならないらしいから、個人の力でどうこう出来ることじゃないな」
魔王を複数人送り込もうとしたのにはそういった理由もあるのか。一人ではどうにもならないなら複数人の魔王で魔力を流し続けようということだ。
「その情報も全て魔王ラルクからでしょうか?」
「その通りだ」
「魔王ラルクとは何者なのですか?」
「答えられない」
「話せることは、かつて『幻想魔境』と戦い、今も抵抗し続けてるってことくらいだ」
傭兵である彼らはクライアントによって話せる情報を制限されている。それでも与えられた情報で考察できることはある。
「エリンと親父と姉御はなんであの声に踊らされなかったんだ?」
「わたくしはルグのお陰です」
「我々はおそらく、ラルクから渡されたこれのお陰だろう」
「何もかも予期してやがって腹立つ奴だよ」
二人は懐から銀色の矢尻に似た小さな破片を取り出した。その色が連想するものは一つだ。
「白銀の魔王殺しに縁があるものですか?」
「さあな。お守りだと思って持っておけと言われて無理やり持たされただけだから、これについてはよくわからん」
今度は隠しているわけではなく本当に知らないようだ。謎の声の主もそうだが、魔王ラルクについても不明な点が多い。
「よし、親父たちがだいたい答えられないことはわかった。それで、これからどうするんだ、エリン?」
「海を渡れ。今はそれ以外に道がない」
「あの声の主に目をつけられたからでしょうか?」
エリンの問いにヴィクターが頷く。おそらく、彼の主張は正しい。あの声の主は最後まで姿を見せることなく、あの異様な幻想魔境とともに姿を消した。
考えられる最悪のケースは、条件次第でいつでもエリンを襲える状態にあることだ。もしも今回と同じ状況に追い込まれた場合、また近くにいる者を何人も乗っ取られてしまったら厄介極まりない。
魔法が使いにくい隣の大陸に逃れればそういった状況に追い込まれる可能性は減るはずだ。
「白銀を見つけ、助力を得るのだ。そうすれば、この大陸に戻ってきても対処しやすいはずだ」
「白銀とはそれほどまでに強力な力を持っているのですか?」
「ラルクは白銀の力があれば、この地に巣食う魔を滅ぼせると信じていた」
エリンは目を見開いた。今のヴィクターの言葉は聞き捨てならない。
「魔を滅ぼすとはどういう意味ですか?」
「口を滑らせたなヴィクター。これは失態だぞ?」
「黙れ小娘。申し訳ないが、これ以上は答えられない」
「魔を滅ぼす。それがあの声の主を滅ぼすことを指すのであれば、それはつまり、この地から幻想魔境どころか、魔力そのものを消滅させることになりませんか?」
「————」
ヴィクターは答えず沈黙を貫く。もしも本当にあの声の主が魔を齎した存在で、この大陸のルールを規定している者であるのならば、その存在が消滅した時にこの大陸の法則はどうなるのか。
ヴィクターは答えなかったが、ラルクはその答えを知っており、その答えはおそらく……。
そこまで考えたが、エリンはあえて答えを口にすることはしなかった。それは今後自分で確かめれば良いこと。そう決めたのだ。
「行きましょう、隣の大陸へ。魔王ラルクに会い、白銀を見つけ、全てを聞いてきます」
「それが良いだろう。ラルクも君相手ならば答えるはずだ」
エリンに迷いはなかった。その瞳は既に遥か彼方の地を向いていた。遠くの地に思いを馳せるエリンにヴァンが声を掛けた。
「そうか。なら、俺はここまでだ。隣の大陸は俺にとっても未知の世界だ。役には立てない。待たせているヤツもいる。悪いな」
「ヴァン、謝らないでください。これまで本当にありがとうございました。グロリアさんによろしく伝えて下さい」
「……気づいていたのか」
「引っかかりましたね。今のは鎌をかけただけです。色々な人に会って経験を重ねていくうちに、あとからアレっと思っただけです。わたくしもちょっとは勘が鋭くなったでしょう?」
ヴァンはしてやられたと顔を抑えて苦笑いを零した。その後、ゆっくりと右手を差し出してきた。エリンはその手を躊躇なく握り固い握手を交わした。
「貴方との旅路はとても楽しかったです。今まで経験したことがないほどに。今度はルークとグロリアさんも連れて四人で世界を巡りましょう」
「ああ。きっとアイツもそれを望んでる」
二人はしっかりと手を結んでから、名残惜しむようにゆっくりと離した。
「では、我が軍もこれで退こう! これ以上は領地を空けるわけには行かず、ここに長居して『勝者』のお二人にまた迷惑をかけるわけにはいかないからな!」
「そうしてくれると助かる」
「シルビア、以前の約束は一度保留にしてください。色々とやることが出来てしまったので、もしもその時になったら挨拶に伺います」
「承知した!」
シルビアの領土でゆっくりと過ごすのはルークと過ごせるようになってからだ。それまでに解決するべきことが幾つもある。一つ一つ対処していかなくてはならない。
「我々はこれまで通り、ここで魔王たちの足止めをする。此度のような大攻勢を頻繁に仕掛けてくることはないだろうが、ラルクと白銀を連れての早めの帰還を願っている」
「ラルクの野郎に会ったら言っておいてくれ。さっさと帰ってこい。殺してやるってな」
「わかりました。よく言っておきます」
話すべきことは話し終えた。エリンは今一度全員の顔を見渡し、頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございました。それでは、行って参ります」
各々から掛けられた言葉に背中を押されたエリンは箒に跨り空へと飛びだした。エリンは何度も振り返って手を振りながらウィンザリオの港へと飛んだ。
ウィンザリオの港についてエリンは、隣の大陸である『ウェストリア大陸』へと物資を運ぶ貿易船に忍び込んだ。魔力がないといわれる土地まで箒で渡れるか不安だったため船を使うことにした。
どうやらウィンザリオは魔王ラルクの指示の下、ウェストリアと国交を結び貿易関係にあるらしい。何から何まで他とは違うことをする魔王だ。
貿易船に忍び込む時になっても三角帽子の姿を取っているルグは目を覚まさなかった。呼びかけても反応せず、一人ぼっちでの船出となった。
出発してからどれほどの時間が経ったのだろうか。波に揺られる船はおそらく順調に航海を続けているはずだ。箱の中に忍び込んだエリンは外に出ることが出来ず、ただただ待つしかない。
そもそもどれだけ時間が掛かるのかすら把握してなかった。早めにルグに起きて貰わなければ、物を生み出すことが出来ないし、なにより寂しくてどうにかなってしまいそうだった。
「エリン。すまない、寝ていたようだ。ここはどこだ?」
「あ、良かった。ちょうど限界を迎えそうだったところです。今はお隣の大陸に向かう船の中です。適当な木の箱の中に忍び込んで海を渡っています」
「そうか。ところで、この頭上にあるエネルギー反応はなんだ?」
「え?」
ルグの言葉に疑問を持ったその瞬間、船が大きく揺れた。揺れたという表現では足りない程の衝撃を受け、エリンが入っていた木の箱は壊れ、エリンは箱の外に投げ出された。
いや、箱の外どころではない。エリンは大きく二つに割れた船の中央から海に投げ出されていた。
「うぶぉぼぉぼぉ‼‼⁉⁉」
突然水の中に沈められたエリンは慌てて呼吸をしようとしてしまい、水を大量に呑み込んでしまった。何が起きたのかわからないまま、エリンはルグの助けを受けどうにか海面へ浮上したのだった。
海面に出たエリンはルグの操る杖に引かれて近場に見えた海岸へと到達し、砂浜へと足を踏み入れた。
海水を吸い込んだローブが重く身体にまとわりついて不快で仕方がない。
船でいったい何が起きたのか、浜についたらそれを分析しようとしていたエリンの前に、異様な光景が広がっていた。
照りつける太陽の下、浜は数えきれない程の人で埋め尽くされていた。大きな祭りでもやっているのかと思ってしまう程だが、目を引くのはそれだけではない。
浜にいる誰もが有り得ないほど肌を露出している。下着のような胸や局部を隠すだけの格好で恥ずかしげもなく男女がそこら中を往来している。
それだけでも頭がおかしくなりそうだというのに、その先に見える光景は更にエリンの脳ごと思考をグチャグチャにかき混ぜた。
巨大な四角い石の塔が一帯に乱立しており、その近くを見たこともない金属製と思しき箱が馬の力も借りずに車輪を回して道を走っている。
空には翅を回して浮く奇怪な金属の塊がグルグルと旋回しており、海上にも人を乗せた謎の乗り物が浮かんでいた。
「ルグ、わたくしはまた幻想魔境の中に入ってしまったのでしょうか?」
「私もそれを疑ったが魔力を全く感じない。これは紛れもない現実だ」
「そう、ですか。たしかに魔力が全然感じられません。では、ここがウェストリア大陸ですか。はあ、そうですか……これからどうしましょう」
エリンは全くの未知なる世界を前にしばらくの間なにも出来ず、波打ち際で一人立ち尽くした。
第一部 安息の地を求めて 完




