第30話 真・幻想魔境Ⅰ ③
ルークが作り上げた城に目掛けて数多の魔法と生物が殺到する。
幻想魔境より発せられる槍や光、氷などが迫り来る。
「この身に宿るは一にして全なるもの。始まりと終わりは混ざり合い円環を成す。遥かなる天を往く極みの輝きは、絶えることなくこの胸に届き続けている」
放たれた魔法や生物たちの突撃は城の外壁に達した途端に停止した。爆発や衝撃すら生むことなくピタリと動きを止めたのだ。
そして、時間が巻き戻るように向かって来た時と同じ軌道で戻されていき、魔法は初めからなかったように霧散し、生物たちは元の位置で動きを止めた。
「局所的な時間遡行に事象の取り消し⁉ そんなことまで⁉」
「ボクに出来ることはキミにも出来る。手を取って感じて。ボクはキミの杖であり矛だ。今のボクたちに限界はない。理想も幻想も空想も、全てはこの手の中にある」
驚きと興奮に頬を紅潮させるエリンにルークは一度詠唱を止めて囁き、すぐに詠唱を再開しながら目元と口元だけで笑みを表現した。
ルークが唱えているのは幻想魔境の詠唱ではないとエリンは理解している。
これは彼自身についての語り。自己を強く意識することで、エリンの理想に後押しされて表出した存在をより強固にするためのものだ。
「真の秩序の輝きが白銀ならば、この身に宿る輝きは新たなる法の輝き。形は違えども、この黄金の輝きもまた世界の現身である」
エリンたちが乗っている龍が黄金の光の粒子に分解されて戦場に降り注ぐ。一つ一つの粒子はとても小さいのに、それ一つが凄まじい爆発を引き起こし幻想魔境に穴を開けていく。
虫食いのように穴だらけになった幻想魔境は、穴が開き本来の大地を露出させた部分から徐々に崩れようとしていた。崩壊を防ごうと魔力が穴に集中して修復していく。
「幻想魔境までなかったことに」
「全力を振るえる今だから出来ることだよ。魔法に対する特攻性においては白銀に一歩劣るけど、それでも十分に効果を発揮する」
エリンはルークが空に作り出した黄金の足場の上に支えられながら立つ。
「ルーク、貴方は何を知っているの?」
「全てを。きっとまた失ってしまうのだろうけど、今のボクは世界の化身で、たった今、この瞬間だけは世界の全てを知り、世界で最も強い男だ」
ルークは穏やかな表情のまま大胆不敵に言い切ってみせた。それはエリンに向けた言葉であり、同時にこの幻想魔境の支配者に対する言葉のようにも思えた。
『なぜ受け入れない。この世界は貴様を受け入れるというのに。なぜ我を拒絶する。貴様がその娘と巡り合えたのは我が世界があってこそ。我なくしてその娘はない』
ルークの言葉に促されるように再び人々を狂わせたあの声が響いた。今度は脳ではなく空間そのものが音を発しているようだった。
その響きは厳かなことには変わりないが、声色には困惑が滲んでいた。
「エリンと出会う機会を生んでくれたことには感謝する。貴方が本来の力を得ればボクはこのままで在り続けられることも、この幻想魔境を通じて理解した」
そこでルークは言葉を一度止めた。そこから先が最も重要であると示すように。
「だが、この世界はボクの本当の望みからかけ離れている。ボクがここに生み出した理想は、あくまで貴方を圧倒するために必要なものだ。ボクが欲しいのはこんな力じゃない。全知だってどうでもいい。ボクはただ、エリンと二人で穏やかに暮らせる場所が欲しいだけだ」
「ルーク……。ええ、そうですね。わたくしも同意します。わたくしに力が必要だった時はもう過ぎ去りました。今、わたくしが欲しいのは二人での穏やかな生活だけです。争いばかりを振りまく貴方の力をわたくしは欲しません」
旅の途中で出会ったリオナとカイロのことを思い出す。派手な生活はいらない。長閑な土地で畑を耕しながら手と手を取り合い、家族や友人に囲まれながら暮らしていく。
これほど素敵な光景は他にない。エリンは心の底からそう思った。
『我が力が途切れれば貴様は消えるぞ。それで良いのか』
「ここで貴方を止められるのであれば甘んじて受け入れよう。だが、いつの日か必ずこの身に降りかかった宿痾を取り除き、エリンの隣に並ぶ。貴方の手を借りることはない」
「わたくしもお手伝いします。必ず叶えましょう。二人で」
明確な交渉の決裂を突きつけたルークとエリンの身に黄金の光が集束していく。
幻想魔境を操る声の主が危機を感じ取ったのか、火勢が更に激しくなっていく。人も動物もなりふり構わずに突き進んでくる。
その一部が城の守りを超え、ルークとエリンの下に届いた。空気の刃がルークの首筋に深い傷を残し、鮮血が空に散る。
「ルーク⁉」
「大丈夫」
声を上げるエリンを宥めるようにルークは落ち着いた声音で返す。その首に刻まれた傷は、これもまた時間が巻き戻るように消えていき、なかったことにされた。
「今のボクを殺したければ世界そのものを殺す覚悟を持つことだ」
死に瀕してもおかしくない程の傷を負おうと、その瞳に宿る黄金に陰りはない。
「彼らを解放しよう」
「天よ、解放の光をここに!」
エリンとルークの身に集っていた光が空へと昇り、その後、巨大な黄金の光の柱となって地上に降り注いだ。
光は徐々に広がっていき、数多の幻想魔境が同居する世界を呑み込んでいく。だが、それは殺戮の光ではない。その逆、浄化のためのものだ。
光に包まれたモノたちは抜け落ちていた意識を取り戻し、本来の姿へと戻っていく。幻想魔境も崩壊していき、形を保てない程に崩れたところで跡形もなく消えた。
『この屈辱は忘れんぞ。力を取り戻した暁には、あの目障りな白銀ども諸共この世界から消してくれる』
「安い言葉だ。格が落ちるから黙って消えた方が身のためだぞ?」
何者かの言葉は続かなかった。世界の崩壊に引かれるように声は小さくなって消えた。
空から降り注いだ黄金の光はエリンとルークも例外なく包み込んでいき、二人で作り上げた世界を壊していく。
黄金の光の中で見つめ合う二人。
「謝らないでくださいね」
「先に抑えられてしまったか」
「毎回同じなので、わかりますよ」
「ハハ、そうだね。まったく情けないことだ。なら、今回は約束をしよう。さっきの言葉を実現してみせる。何の嘘も誤魔化しもなく、キミと一緒に在れるようになってみせる」
「はい。わたくしも全力でお手伝いしますから、その時を心待ちにしていますね」
約束を交わし合った二人は自然と惹かれ合い、抱きしめ合いながら唇を重ねた。
そうして、数多の理想が混淆した幻想魔境は消え去った。




