第2話 老後資金はどうしましょう
「ここならお金を稼げるのですね?」
「はい……そうです……」
看板に『依頼仲介所』と書かれた店に入ったエリンは、一人の大柄な男を連れていた。エリンの従僕のように頭を垂れるその男の顔と腹には、出来たばかりの青い痣が残されていた。
彼がなぜこんな姿になってしまったのか。それにはとても深い理由があった。
遡ること十数分前、山を下りて人の住む町に降りたエリンは、灰色のフード付きのローブを羽織り、フードを目深に被っていた。
周囲から見れば中々に不審な人物に映るだろうが、エリンの容姿は図抜けて良く、特徴的な瞳のせいですぐに噂の人物だと周囲に広まってしまう。エリンは決して顔を見られないようにフードを被り、布一枚を透視の魔法で透かして周囲を見ている。
エリンが訪れた町の名はスレイ。ゴエティア大陸の北東寄りに位置する町だ。
山の麓から離れた町に来てみたが、煉瓦と石造りの町並みはそれなりに賑わっており、人数も多いため情報は集まりそうだ。しかし、エリンには一つ困りごとがあった。
「お金。すっかり忘れてましたね」
「当然の忘失だ。最後に通貨に触れたのは二十年以上前のことだ」
「どうしましょうか」
この規模の町となると何をするにも金が必要だ。通貨を密造することも可能だが、人々の生活の価値基準を崩壊させてしまうようなことはしたくない。
「そこで暴力という手段が真っ先に出てこないことに私は感心した。目覚ましい進歩だ」
「あの頃ほど切迫していませんので。それとルグ、少し声が大きいです。すれ違った方々がこちらを振り返ってますよ」
「おっと、これは失礼した。私も久しぶりの人里に適応しきれていないようだ。注意しよう」
今のルグは、エリンが身に纏うローブに姿を変えている。
エリンは周囲の人に聞こえない程度の小声でかつ、出来るだけ唇を小さく動かして声を発していたが、ルグはいつも通りの声量で会話していたため、エリンは周囲から訝しげに見られていた。
「お互い、馴染んでいかないといけませんね。それでお金のことはどうしましょうか?」
「キミの実力を考えれば要人警護などが向いていそうだが、雇ってくれるところを探すか?」
この大陸には凶暴な魔獣がそこら中を跋扈している。それだけでも危険だが、魔法を操る盗賊集団に襲われる危険もある。そのため、町の重役や国の王などは常に護衛を付けて行動している。要人警護は危険と隣り合わせだが、雇い主が裕福なこともあり、報酬も多い仕事なのだ。
「ひとまずそちらの線で探ってみましょうか。何か知っていそうな方は……あ、あちらの屈強な方なんてどうでしょう? いかにも力自慢といった感じですよ」
エリンが指差した先には、背が高く恰幅の良い男が立っていた。胸や肩に刺々しい防具を付けており、頭を綺麗に丸めた厳つい出で立ちだ。
「あれは、どちらかというと襲う側ではないか?」
「そこのお前、オレに何か用か?」
ルグが失礼極まりない発言をしたすぐ後に、男がエリンの視線に気づいた。
「少しお聞きしたいことがありまして、この辺りで護衛を雇っているところはありませんか?」
「護衛だあ? お前みたいなチビの女が? 馬鹿言ってんじゃねえよ。金が稼ぎたきゃ娼館にでも入るんだなァんグ⁉」
男の言葉の終わりが不可解な形に歪んだ。いや、歪んだのは言葉だけではない。男の顔と体にも異常が現れていた。
その原因ははっきりしている。エリンの小指だ。エリンの小指が男の鳩尾に突き刺さったのだ。エリンは指を引き抜き、膝から崩れ落ちて四つん這いになった男を見下ろしながら問うた。
「もう一度言ってごらんなさい。誰がどこに入るって?」
「こ、このアマ、なにしギャフ⁉」
今度は蹴りだった。エリンのつま先が男の頬に入り、男は宙を一回転してうつ伏せに倒れた。
「質問に答えてくださいな。どこかで護衛を雇っているところはありませんか?」
「さ、さっきと質問がちが」
「えい」
「ヒデブゥ⁉」
また蹴りだった。男の軽はずみな発言がエリンの怒りを買ってしまった。男が知るはずもないことだが、エリンの沸点は割と低い。
「エリン、キミの成長には本当に感心する。なんとも目覚ましい進歩だ」
「は⁉ これは失礼しました! ほら、行きますよ!」
ルグの皮肉で我に返ったエリンは、二度目の蹴りを受けて気絶していた男を引きずりながら急いでその場を後にした。
その後、水をかけて目を覚まさせた男に案内させた先が、『依頼仲介所』と銘打たれた店だった。案内させた男を解放したエリンは店の中に入り、店内に置かれた掲示板の前に立った。
「とりあえず、どんな依頼があるか確認しましょう」
掲示板には依頼内容が書かれた紙が張り出されている。内容はペットの捜索から暗殺、危険な魔獣の討伐まで種々様々だ。
「難易度表示や等級の指定がない。つまり、公式なハンターや探索者への依頼ではない。ライセンスや資格の提示を求められることはないだろう」
「助かります」
人目を憚り山に籠っていたエリンがそんなものを持っているわけもない。無免許かつ無差別で受けられる依頼であることは最低条件だ。
依頼内容にさっと目を通し、楽そうで人目に付かなそうなものに当りをつけ手に取る。
「土地を崩し、家畜を喰らう『大刃蜉蝣』の幼虫の討伐依頼。これなんてどうでしょう?」
「良い目の付け所だ。キミと私ならば地下の敵にも容易に対応可能だ。報酬金額も悪くない。キミの判断を全面的に支持しよう」
「決まりですね」
依頼を決めたエリンは受付へと足を運び、座っていた小太りの男に依頼書を差し出した。
「お願いします」
「あいよ」
手渡された依頼書を見た男は特に確認もせずに依頼書に判子を押し、返してくる。エリンが依頼書を受け取り、店を後にしようと歩き出した時だった。
「待ちな、嬢ちゃん」
低い男の声がエリンの歩みを止めた。




