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第28話 真・幻想魔境Ⅰ ①

 エリンとヴァンの幻想魔境の重ね掛けによる制圧力は群を抜いていた。

 エリンたちの加勢により魔王連合が誇っていた数の優位は一気に崩れ去った。圧倒的な物量と火力により雑兵は見る見るうちに数を減らしていく。


 他の魔王が幻想魔境を使おうにも長期戦による疲労や配下の減少により十全の出力を発揮できず、エリンとヴァンの絶大な魔力量の前に一瞬も拮抗出来ないまま上から潰される。


「これまでの苦戦が嘘のようだ! 首を落とされる準備をしておけ、魔王ども!」


「使ってみて実感しましたが凶悪な幻想魔境ですね。手数が多く指向性もあって殺傷力も申し分ない。軍を率いる将が一番敵に回したくない類のものです」


「そう褒めるな。それに、親父や姉御もえげつないぞ?」


「まったく、私の後に続く者たちは揃いも揃って一対多を想定した魔法ばかりだ」


 ヴィクターの呆れが籠った言葉にヴィクトリアとヴァンが唇を尖らせムッとした表情を作る。


「レインブラッドの血がそうさせただけだ。深い意味はない。決してな!」


「姉御は別として俺は育ての親に見せられたものがこれだったのだから仕方がない。刷り込みのようなものだ」


「なぜ私を別にする!」


「いや、親父に憧れて名前まで変えておいて無理があるだろ。スペルディアさん」


「コォッ⁉ ヴァン坊‼ いつからそんな生意気な口を利くようになった! そこに直れ、私が矯正してやる!」


 謎の悲鳴を上げて襲い来るヴィクトリアからヴァンは逃走しながらきっちり敵の数を減らしている。ヴィクトリアも攻撃の手を緩めていない。

 半ばふざけながら戦う二人の行く手に一人の男が姿を現した。


「傭兵風情が、この魔王ユルエン=ゴルディオンの命を取れるとでも」

「オラァ!」

「シッ!」

「グファ⁉」


 まだユルエンなる魔王が話している途中にヴァンは燃え盛る二振りの斧を叩きつけた。それを辛うじて防いだユルエンであったが、横合いから飛んできたヴィクトリアの無数の赤い刃に体を切り刻まれたうえ、地面から飛びだした槍に体を貫かれた。

 槍によって宙に持ち上げられたまま獄炎に包まれたユルエンは動きを止めた。


 会敵から五秒とかからずに魔王が一人命を散らした。


「じゃれ合いのついでみたいにやられましたね」

「幻想魔境で上を取られた状態で互角以上の相手が二人同時に来ては無理もない」

「あの勢いで一人やられれば彼らも十分に理解したでしょう。降伏勧告をします」


 エリンは口元に両手を持っていき、筒の形を作り言葉を発した。


『あ、ああ、聞こえますか魔王連合軍の方々。ここまでの戦闘で承知の通り、当方の戦力はそちらを遥かに凌駕しています。無駄な死人を出したくなくないのであれば、抵抗を止めて降伏することをお勧めいたします』


 拡声器を使ったように何倍にも増幅されたエリンの声が戦場に響く。エリンの言葉は確実に敵に届いたはず。だが、エリンたちの下に向かってくる敵の数が減る様子はない。


 それどころか個人に向けるには範囲が広すぎる魔法でエリンたちを攻撃し始めた。彼らは味方を巻き込むことを厭わず砲撃を行っており、冷静な判断能力を失っているようだった。


 巨大な雷や炎を軽くいなしながらエリンは敵の様子をつぶさに観察する。


「おかしいですね。誰も命を惜しんでいません。怯えている様子がまるでないです」


「初めからそうだ。奴らは死を恐れない」


「魔王の命とはいえ、一人の例外もなくそこまで強制するには精神支配に特化した魔法を使えなければおかしい。ですが、見たところこの場にいる魔王は誰もが武闘派。搦め手を使えるようには思えない」


 以前にエリンが滅ぼしたヘルディムのような直接的な攻撃をしない魔法を扱う魔王は非常に珍しい。それは力で成り上がり地位を築く魔王の性質を考えれば当然のことだ。

 例に漏れず、この場に集まっているのは誰もが戦の心得がある者たちだ。


 それでも可能性があるとすれば、

「まだ姿を現していない魔王がいる?」

 異常の答えに至ろうとエリンの思考が一段と深まった時だった。


『我が子よ』


 誰かの声が聞こえた。どこから聞こえているのか、そんなことを探る必要はなかった。この声は自分の内から響いているのだから。


『数多の幻想から生まれ落ちた我が子らよ。世界を侵せ。我らの存在を認めぬ世界を塗り潰し、白銀を消し去れ。我らを排斥しようとする世界の使者を消し去るのだ』


 頭の芯を揺さぶるような厳かな響き。意識が混濁し、何とか持ち直そうとする思考すらも手放しそうになる。


「エリン‼」

「! ルグ‼」


 決定的な何かを明け渡す寸前で、近くから聞こえた相棒の声と彼から流れてくる力で目を覚ました。周囲を見回して状況を確認しながらルグに問う。


「誰かの声が聞こえて意識が持っていかれそうになりました! ルグは⁉」

「私は聞こえなかった。だが、力の流れの変化を感じた」


 言われて気づく。これまで戦場には多くの者から魔力が放たれていたため、魔力の流れが無秩序だった。だが、今は巨大な渦を巻くように魔力が一定の方向へと流れている。


 そうなった理由は先程の声が原因と見て間違いない。あの声を聞いて以降、戦場に響いていた鬨の声は消え去り、虚ろな瞳で立ち尽くす者たちによる奇妙な静寂が流れていた。


「正気か、黄金!」

「ヴィクターさん! 無事ですか⁉」

「ああ! 小娘!」

「おい、ヴァン坊! 駄目だ、ヴァン坊が起きない!」


 ヴィクターは声の影響を受けていない。ヴィクトリアも同様だ。だが、ヴァンは他の者たちと同じく虚空を見つめる彫像と化している。いつの間にかヴァンの幻想魔境も消えていた。


 ルグがいた自分は例外として、ヴィクターとヴィクトリアは無事で、ヴァンは意識がない。この違いはなんだ。

 エリンがその答えに辿り着くよりも早く、また新たな動きがあった。


「—————————」


 これまで黙っていた人々が同時に口を開いた。虚ろな眼をしたまま示し合わせたように同時に発せられた言葉は何を言っているのか聞き取ることが出来ない。

 だが、それが特別な意味を持つ言葉、即ち、詠唱であることは察せられた。


「なに、なにが起ころうとしてるの⁉」

「エリン、幻想魔境が来る!」


 それはわかっている。だが、幻想魔境を使えないはずの兵たちまでもが唱えているのはどういったわけだ。幻想魔境の詠唱を複数人で行う意味はないはずだ。

 そのまま思考が深くなりそうだったところでエリンは自身の頬を張り、意識を目の前の状況解決に向ける。


「駄目、考えるのはあと! ルグ、プライマリー」


 そこまでだった。エリンの行動は数手遅れていた。

 詠唱が完了する。全員が再び口を閉じた時、そこには見たことのない景色が現れた。


 鉄杭と槍が生える鉛色の大地。

 大地を溶かす灼熱の光。

 氷の城とそれを覆う城砦。

 影の巨人や巨大な影の動物の群れ。

 雷霆轟く黒雲と雷纏う身体。

 溶岩垂れ流す火山と炎の柱。


 エリンが認識できる範囲で六つの幻想魔境が共存していた。

 それだけではない。その世界をワイバーンやドラゴン、フェニックスやユニコーンなど、様々な生物が我が物顔で跋扈していた。


 その中には『勝者』の二人のように耳の長い人種、かつてはエルフと呼ばれた者たちや、エリンが出会ったことのない小人やドワーフ、フェアリーの姿まであった。遥か昔に魔王に弄ばれ滅ぼされたはずの彼らが突如として姿を現したのだ。


「なんだ、これ……」

 言葉を失った。未知の光景なんてものじゃない。自分は何を見せられているのか。自分は本当に正気を取り戻しているのか疑ってしまう。


「こいつは……ラルクの予言が当たったのか」

「冗談だと思っていたが、どうやら真実のようだ」

「何か知っているのですか?」


 エリンよりも幾分か冷静にこの光景を捉えていた『勝者』の二人。エリンの問いに対する答えは、エリンを再び黙らせた。


「ラルクは我々に語った。御伽噺で語られる『魔法』の開祖、はじまりの混沌、魔導大帝ネイヴァー・ワールドマインは実在する」


「そいつがこの世界に刻みつけた法則、人の理想や空想が実現する領域、その名を『幻想魔境』。この世界の内に存在してはならない外の法則だってな」


 説明されても何一つ理解できない。

 困惑し呆然とするエリンに、異界は容赦なく牙を剥いた。


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