第27話 ワンチームとか言うヤツほど輪を乱しがち
エリンたちがウィンザリオへと急ぐ中、当のウィンザリオでは既に戦端が開かれていた。
ウィンザリオ近郊、『落銘の丘』。
王達の墓標とも呼ばれる荒野の上で、いつかの時代を再現するように無数の人々の骸が転がっていた。
屍山血河を生み出したのは、一組の男女だった。
「どうした! その程度では、このヴィクトリアの首は取れんぞ!」
「騒ぐな小娘。共にいる私の品位まで疑われる」
「誰が小娘だ! いつまでもガキ扱いするな!」
時に背中合わせで、時に向かい合って戦場を駆け回る両者はよく似た容姿をしていた。
腰に掛かるところまで伸ばされた金髪の下から長い耳が覗ける。鮮やかな翡翠色の瞳。目鼻立ちがはっきりとした整った顔立ち。
一見すると兄妹のようにも見える二人だが、年齢差は三百歳以上あり、比較的に年若い女性ですら齢七百を越えている。
ヴィクターとヴィクトリア。最強と謂れる二人の前に立ち塞がった者たちは、その悉くが鮮血を散らして倒れていった。
幾つもの剣と花弁のような赤い刃が宙を舞い、そのたびに悲鳴と怒号が響き渡る。
その音に紛れてとある男の詠唱が行われ、世界は全く違う理に塗り潰された。
日の光は翳り、薄闇から黒い巨影が幾つも立ち上がった。生み出されたのは複数体の影の巨人や鯱、獅子や大鷲など多岐にわたる。それら巨影に二人は見下ろされていた。
「またメルセデスの坊やが出張って来たか」
「返り討ちにしてくれる!」
魔王メルセデスが操る幻想魔境が襲い来る。
迫る影の腕を、ヴィクターは手にした二本の剣と体の周りを飛び回る八本の剣を光輝かせながら巧みに操り、細切れに切り裂いて行く。
ヴィクトリアは自身の手から舞い散るように浮かび上がった薔薇の花弁に似た無数の赤い刃を影の腕に刺し、爆裂させて消し飛ばした。
次々と仕掛けてくる巨影の攻撃を捌きながら、敵の数を着実に減らして行く。
そうして全ての影を掻き消した時、敵の幻想魔境は空に溶けるように消えた。
これで五度目。五度の魔王による幻想魔境を勝者たちは幻想魔境を使わずに退けた。
長期戦を見越して魔力を温存するための選択だが、二人で協力していることを考慮しても驚嘆に値する戦果だ。
『勝者』と称えられる二人が肩を並べて戦うのは実に稀有な事だった。
二人のどちらかが参戦を決めると、対抗するためにもう一方を敵陣営が雇うということが何度も行われた。
どちらが真の勝者か決めるかのように行われる二人の決闘は地形を変えてしまうほどの大激戦となり、毎度の如く天災じみた破壊が撒き散らされた。
結果、二人は傭兵であるにも関わらず雇ってはならない禁忌的存在とされるに至った。
そんな絶対強者に対して魔王連合軍が取った策は一対一による正面突破ではなく、順繰り入れ替わりながらの幻想魔境による消耗戦だった。
幻想魔境は共存出来ない。それゆえに魔王たちは互いを妨害しないこと、魔力回復の時間を作ることで協力体制を敷くこととした。
より誉れ高い武勲を求めるはずの魔王らが徒党を組み、何故こんな恥知らずな策を使うのか。それはヴィクターとヴィクトリアにはあずかり知らぬことだった。
その後も戦いは続き、戦闘開始から四日が経過した。敵の戦力はかなり削っているはずだが、高い再生能力を有する種族が複数存在するせいで減らしきれない。それに加え、新たな魔王の増援まで現れる始末。
歴戦の猛者たる『勝者』たちを以ってしても、度重なる魔王の削りに一手一手着実に追い詰められ、疲労の色が隠せなくなってきていた。
「こんなことなら最初から範囲攻撃で殲滅するんだった」
「過ぎたことを悔やむな。まさかこれだけの魔王が連携するとは考えもしなかったのだ。あの時点で我々が持っていた情報では温存が正解だった」
「クソ、ラルクの野郎、面倒ごとを押し付けやがって。白銀を連れて来なかったら殺す!」
「そうだな。その為にはこの苦境を乗り越えなくては」
ヴィクトリアの悪態にヴィクターは応じながらも冷静に今を見つめる。
削っても回復し増援によって増え続ける敵。息をつく暇さえ与えられず、補給もないままに戦う自分たちは明らかな劣勢だ。このまま戦闘が続けば敗北は免れない。
一か八か、幻想魔境による捨て身の攻勢に打って出て、あとの詰めはヴィクトリアに託す。
そんな自滅覚悟の策がヴィクターの頭に湧き始めた時、戦場に一陣の風が吹いた。
いや、それは風などではなかった。膨大な魔力の流れが、大きな波濤のように押しよせて来たのだ。この場にいる魔王の誰でもない。それは、魔王たちの後方から流れてきたのだ。
異様な魔力の流れに戦場にいた誰もが足を止め、全身を震わせて閉口した。静まり返る戦場に、その声は重く厳かに響いた。
「黒鉄の空。鉛の大地。遍く命は錆と消える————」
聞き覚えのある声が、詠唱が聞こえた気がした。
「来たれ、地獄の劫火。幻想魔境・赫灼金剛尖土」
何者かの幻想魔境により空は黒く染まり、大地は草木を知らぬような鉛色に変わった。その鉛色の大地から赤熱した槍や杭が飛び出し、戦場に血と炎を巻き散らしていく。
「この世界は」
「ヴァン坊!」
二人は気づいた。かつて自分たちが育て上げた男が加勢に現れたことを。しかし、同時に違和感も覚えた。
「なんだ、この範囲の広さは⁉ 戦場を丸ごと呑み込んでいるじゃないか!」
「魔王が対抗して幻想魔境を使っているが一瞬で潰されている。個人ではありえない魔力量と強度だ。小僧は配下でも作ったのか?」
その疑問の答えはすぐに示された。だが、それは更なる疑問を生むものだった。
死に絶える戦士たちの間から、光が見えた。太陽が消え暗闇に沈んだ世界の中で炎を身に纏い光を放っている者が二人いる。
そう、二人だ。ヴァンの世界ではヴァン以外に炎を纏い生きている者などいないはずなのに、なぜかもう一人いる。
「まさか、全く同質の幻想魔境が重なり合っているのか⁉」
ヴィクトリアは目の前の事象をそう考察した。
「幻想魔境の重ね掛けだと? どういう理屈で成立する? 全く理解できん」
幾多の戦場を走り抜けてきた二人でも初めて目にする現象。自身の常識を超える異質なナニカが現れたのだと二人は呑み込んだ。
「親父! 姉御! エリン、見つけたぞ‼」
「はいはい、案内してください。シルビア! そちらはお任せします!」
「合点承知!」
炎を纏う二人組がヴィクターとヴィクトリアの下へと駆け寄って来た。
「よくぞ来た! 褒めてやるぞヴァン坊!」
「二人とも壮健そうで何よりだ。こっちの女はエリン・マクレガー。黄金の魔王殺しだ」
「ほう、黄金の。なるほど、確かに虹色の瞳をしている。小僧の幻想魔境を模倣しているのか?」
「その理解で問題ありません。積もる話なり、やりたいことなり色々あると思いますが、まずは邪魔な魔王どもを蹴散らしましょう」
「黄金の魔王殺しが口にするのでは説得力が違う。加勢感謝する」
「厚顔無恥にも徒党を組んだ有象無象を今から蹂躙してくれるわ!」
四人は背中を預け合い戦場の中心に立つ。超魔王級の戦力が加わり戦況は覆った。
これより、魔王連合軍の殲滅が始まる。




