第25話 遥かな時を超え、伝説は集う
エリンは戦闘の終結とともにシルビアの体を治した。
飛び跳ねるように起きたシルビアはエリンの前で片膝をついて頭を深々と下げた。
「治療感謝いたします。まさか他者の傷まで治せるとは。お陰で一命を取り留めることが出来ました」
「殺しかけておいて感謝されるのもよくわかりませんね」
「こちらから提案した真剣勝負の結果です。その後に命を貰っておいて礼の一つも出来ないようではヴィルキスの名に傷がつきます」
魔王にしては珍しく高貴な気概を持ち合わせている。これが人間種の魔王の特徴だ。マクレガーの家も礼儀と力持つ者の務めに関してはうるさかった。
戦闘狂で話を聞かないところは玉に瑕だが、それ以外は概ね好感を持てる相手だ。
「わたくしが勝ったわけですが、わたくしは戦闘に明け暮れる日々に飽きたのです。ただ平穏に暮らしたいだけなので、貴女の領地で匿って貰えませんか?」
「そのことですが、我が領地の中に住むのは問題ありません。しかし、貴女を我が殺したことにするのは受け入れ難い。勝ってもいない相手を殺したなどと一人の戦士として口が裂けても言えません。申し訳ない」
「貴女と戦っているうちにそう言われるかもと思っていましたが、やっぱり駄目ですか。まあ、領地で匿って貰えるだけでも十分です。よろしくお願いしますね」
エリンの申し出をシルビアは了承してくれた。
思いもよらない形で目的を達成してしまった。これでウィンザリオまで行く必要はなくなったのだが、どうしたものか。
エリンが今後のことを考えていると、荷馬車がこちらに向けて走ってきていた。御者台にはヴァンが座っている。何かを引きずっているように見えるのは気のせいだろうか。
ヴァンはエリンたちの前で荷馬車を止めた。後ろには縄で縛られたシルビアの部下が繋げられていた。その体は至る所が焼き焦げてボロボロになっている。
「いつまでも追ってくるから思わずやっちまった」
「勇名馳せる豪傑相手によく戦ったぞライガ! 褒めて遣わす!」
「あ、ありが、き、しあ、わせ……」
「まさに虫の息。エリン、死ぬ前に救ってはどうか?」
ルグの提案に頷いてエリンはライガなる男の体を治してやった。
その後、ヴァンに現状説明を済ませる。
「というわけで、ウィンザリオに行く必要がなくなってしまったわけなのですが、どうしましょうか?」
「やはりエリン殿とヴァン殿もウィンザリオを目指しておられるのですね⁉」
「え、ええ、それがどうかしましたか?」
シルビアが強い反応を示したことにエリンは驚きながらも聞き返した。力の上下関係を付けてからというもの、シルビアの対応はそれまでとは大きく変わっていた。
「あの地には幾人もの魔王や傭兵が向かっているのですが、その多くが返り討ちに遭い、海を渡れずに足止めを喰らっているのですよ」
「足止め? いったい誰が、何のために?」
「理由はわかりません。ですが、立ち塞がっている人物は判明しています」
そこでシルビアは一度言葉を区切りヴァンの方を意味ありげに見た。その後、ヴァンが何か言うよりも早く続きを口にした。
「壁となっているのは最強の傭兵『勝者』たち。ヴィクター・レインブラッドとヴィクトリア・レインブラッド。魔王を退けられる者など、貴女の他には彼ら以外にいないでしょう」
「!」
「ウィンザリオに集まる戦力とそれを阻む『勝者』。いったい、海の向こうに何があるというのです?」
エリンの質問にシルビアはキョトンとして意外そうな顔をした。
「てっきり貴女も追っているのだと思いました」
「何をですか?」
「“白銀”をです。貴女の前に魔王殺しと呼ばれた存在が、海の向こうの大陸で復活したという噂が流れたのです」
エリンとヴァンは瞠目した。白銀。初代魔王殺し。エリンが成し遂げる三百年以上前に複数の魔王殺しを成した伝説の人物。それも魔王の同時討伐数ではエリンを凌ぐという傑物だ。
「貴女が姿を現したことで、勝者、白銀、黄金。超魔王級の伝説が時代を超えて揃う騒乱の時代。それが今です。我は伝説制覇を為そうと思い走ってきた訳ですが、最初の一人に完敗したというわけです」
「それは申し訳ない、とは思いませんが、どうしてそんなことに」
「わかりません。知っているとすればウィンザリオの魔王、赤手のラルク以外にいないでしょう。他の魔王を阻むために『勝者』を雇ったのは彼の魔王のようです」
これはどうしたものか。向かう必要のなくなった場所がこれ以上ないほどにキナ臭くなってきた。わざわざそんな危険地帯に踏み込む必要もない。
ここはシルビアの領地で大人しくしよう。そうヴァンに提案しようとした時、ヴァンの体から炎が噴き出した。
「うぇ⁉ ヴァ、ヴァンさん⁉ 突然なにを⁉」
「いるのか、親父が。戦えるのか、姉御と……‼」
「凄まじい闘気だ。魔力が滾っている。血が沸騰しているようだ」
ヴァンは自分の手から血が出るほど固く拳を握り締めながら、ここではないどこかに意識を送っていた。そのどこかとは、十中八九ウィンザリオだろう。
「エリン‼」
「はい⁉」
「我が儘を許せ! このままウィンザリオに向かうぞ!」
「あ、そうですか。では、わたくしはシルビアの領地に」
「そう来なくては!」
シルビアの領地に行かせて頂きますね。そう言おうとしたのにシルビアの熱の籠った力強い声にエリンの主張は掻き消された。
「強者と戦うことこそ戦士の本望!」
「親父と姉御は別格だ。今の俺がどこまで通じるか試してみたい。あの二人の肝を冷やせるその時を、俺は待ち続けていたんだ!」
「では我も共に行きましょう! 目指すは強者が集う地ウィンザリオ! そして、海の向こうにあるという魔法を知らぬ者たちの大陸へ‼」
熱が入ってしまった二人は最早エリンの声など耳に届いていなかった。
「ああ! 行くぞ!」
「さあ、エリン殿! 最強は誰か決める時が来ましたよ! これは滾る!」
「え、あ、わあ、嬉しいなあ……なんで、戦いたくないのに」
エリンの弱弱しい呟きは突風に巻き上げられて空に消えた。




