第23話 踊ろう! スパークルダンス! ①
荷馬車で見知らぬ道を進むエリンたちは、レインブラッドの里を出てから続く、深い森の中をゆっくりとした速度で進んでいた。
レインブラッドの里周辺にあった巨大樹たちは姿を消し、比較的背の低い木々が生い茂る森の中を進むこととなり、道幅の狭さや路面の凹凸などに注意しながらの進行を余儀なくされた。
エリンは目の前に生える木を根元から刈り取り、力技で道を作って先へと進む。
「ここまで人のいない道を選ぶ必要はありませんでしたね」
「レインブラッドの里の周りが進みやすかったから油断したな。焦る必要はない。ゆっくりと進もう」
「この森を抜けるまでの辛抱だ」
二人の励ましを受けてエリンは手綱を握る手の力を緩めたのも束の間、肌を刺すような鋭利な殺気に全身が粟立ち、咄嗟に背後を振り返った。
次の瞬間、森が爆ぜた。
目を焼くような光の奔流に呑まれる森林地帯。熱波が放射状に広がり広範囲を焼いて行く。
光が消え去り、現れたのは巨大なクレーターと荒野だった。
その中心に半透明な膜で守られた荷馬車が場違いに佇んでいた。
エリンは御者台から飛び降り、この破壊を引き起こした張本人を睨みつけた。
「随分なご挨拶ですね。どちら様でしょうか?」
「流石は黄金! 噂に違わぬ闘気! 感服する!」
エリンの視線は空に向けられていた。そこには光の足場を作り空に立つ白髪の若い女がいた。
耳の下あたりで乱雑に切られた髪に対し、服の隙間から覗ける鍛え上げられた肉体が女の在り方を示しているようだ。
女は地上のエリンを見て愉快げに口角を上げる。
「伝説の女傑に名乗りを上げさせて貰う! 我が名はシルビア! 光の一族の当主にして北方最強の魔王! シルビア・バスビネ・ヴィルキスである!」
「ヴィルキス家ですか。いつぞやわたくしの住み家を襲撃した輩の頭目が何の用です?」
山の頂上で静かに暮らしていた時に襲って来た光の魔法を使う者たちのトップが彼女だ。
ヴィルキス家。エリンのマクレガー家と同じく純粋な人間種で魔王の座についた家系。
エリンのような例外を除いて百年足らずの寿命しか持たない代わりに血と魔法を継承し、長い時間をかけて磨き上げてきた古い家系だ。
「愚問だ! 我は魔王である! 故に求めるは闘争! 強者と鎬を削ることこそが至上の喜びである! 最強の一角と謳われる者を見つけ、挑まない理由などあろうか!」
「いかにもな理由ですね」
「気持ちの良い姉ちゃんだな。相手をしてやったらどうだ?」
荷台から顔を出したヴァンがシルビアを見ると、今度はヴァンの方にシルビアの目が向いた。
「その方は鬼人のヴァンだな! 貴殿の勇名も耳に届いている! 部下たちが手ぐすね引いて待っている! 尋常な果し合いを求む! 我も機会があれば手合わせ願いたい!」
「とのことですが、どうです?」
「コイツは面倒だ……」
妙なのに目をつけられてしまったというのがエリンとヴァンの共通見解になった。
「どうやってわたくしたちを見つけたのですか?」
「噂の真偽を確かめる為山に向かわせた部下たちが山とともに消し飛んだことで確信した! それ以降、各所で起こる天変地異じみた現象の数々! 西に移動していくそれらを追って来たのだ!」
「これは俺の責任じゃないな。自分で蒔いた種だ。回収よろしく」
ヴァンの丸投げ発言にエリンは言い返すことが出来ない。全てエリンのしでかしてきたことの付けが回って来ただけである。
「そうですか。真っ向勝負をお望みのようですが、奇襲を仕掛けたのはどういうわけですか?」
「奇襲? 雷光のことであれば貴女も言っていた通り、あれは挨拶だ! 事実、貴女は我の殺気と魔力を察知し瞬きの間に壁を作ったではないか!」
「防がれる前提の攻撃、全力ですらなかったと」
周囲を見回しながら破壊の規模を確認したエリンは警戒心を引き上げた。
未だ幻想魔境どころか全力も見せていないため測り切れていないが、これまで戦ってきた魔王の中でも破壊力でいえば随一かもしれない。北方最強を自称するだけはある。
この状況から戦闘を避けることは出来ないだろう。エリンは腹を括った。
「わかりました。やりましょう」
「感謝する! 我が勝った暁には、我の麾下に加わって貰い、長命の秘密を教えて貰う! そちらは何を要求する!」
「はい? 要求? 殺し合いではないのですか?」
予想外の敵からの提案にエリンは小首を傾げた。
「我は勝ち負けが決まるのであれば闘争の形にはこだわらない! 何より、我はまだ子を成していないゆえ、そう容易く命を懸けることは出来んのだ! だが、貴女が殺し合いを求めるならば力持つ者として応じよう!」
「いえ、こちらとしても殺し合いは望みません。貴女の提示した勝負の形に乗ります。こちらの要求ですが少し考えさせてください」
「わかった! 待とう!」
シルビアに手を挙げて感謝を伝えつつ、エリンはヴァンの方を向いた。
「これはチャンスではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「負ければわたくしはあの人の麾下に入るのでしょう? 戦場に出なければ平和に過ごせますし、あの人に負けたとあればわたくしの名声も地に落ちるでしょう」
負けても命を失わずに済む。これは好条件だ。
「手を抜いてわざと負ける気か?」
「それは相手にバレた時が面倒です。なので勝った場合の条件は、表向きはシルビアに負けて死んだことにし、実態はわたくしの隠れ蓑になって貰う。これです!」
これであれば対外的にはシルビアに殺された体で、その実は彼女の領地内で悠々自適に暮らすことが出来る。これ以上にない最高の条件だ。
「勝っても負けてもウマい。ここに来て運が巡って来ましたよ!」
「そう上手くいくか? まあ好きにやってくれ」
「ええ! シルビアさん!」
方針を固めたエリンはシルビアに向けて声を張った。
「わたくしが勝った場合は、貴女の領地の中で暮らす許可をください。そのうえで、他の魔王や敵がわたくしに迫って来ないよう、わたくしは貴女に殺されたことにして頂きたいです!」
「それは……そうか! わかったぞ! 貴女ほどの強者であれば我と同様、上質な闘争を求めるのは道理だ! いつでも我と気兼ねなく戦える環境が欲しいというわけか!」
「はい?」
「あいわかった! 魔王シルビア、一族の名の下に、貴女を生涯退屈させないと誓おう!」
「いや、そうではなくて」
この時、エリンは理解した。相手は戦闘狂。話が通じると思うのが間違いだったと。
「では、尋常に往かせてもらおう!」
「ちょ、待って」
「参る!」
空に作った光の足場を蹴り、シルビアが流星のように迫って来る。その手には光の刃が握られていた。
「待てって言ってるでしょうが!」
エリンは灰色の杖に魔力を込めてシルビアの上方からの一閃を受け止める。その衝撃で大地がひび割れ、余波で大気が震えた。
強者二人が真っ向から衝突する。エリンの思惑通りに進行しないまま戦いの火蓋が切って落とされた。




