第22話 常勝無敗を抱きて走れ ③
エリンの魔力による威嚇を受け、霧の中のドラゴンたちが騒めき出す。無数の巨体が空や地で動くことで生まれた奇怪な音は、生理的な不快感と恐怖心を煽り立てる。
だが、エリンの顔に動揺はない。トリトンの戦いぶりを眺めていた時と変わらず、穏やかなままだ。
「なんだよ、この魔力。デタラメじゃないか」
「よく見ていて下さい。貴方の憧れた常勝無敗の『勝者』と並び立つ、伝説の『魔法使い』の戦いを」
エリンは珍しく自身の武勇を誇るようなことを口にした。それはトリトンが示した勇気へ敬意を示すためであり、今後の彼が目指す先を示すためでもあった。
名乗ったのは『“黄金”の魔王殺し』ではなく『魔法使い』。
目の前の敵は魔王ではないし、誰かの二番煎じではない『魔法使い』の二つ名をエリンは密かに気に入っていた。
これから見せるのは、その二つ名に恥じない戦いでなければならない。その覚悟を持ってエリンは名乗りを上げた。
「ルグ、緑で」
「了解。プライマリー・グリーン アクティベート」
エリンの持つ杖の先端の色が白から緑へと変化し、同時にエリンの虹色の瞳の色も緑色が強く現れる。
「まずは邪魔な霧を払います」
エリンが宣言をすると視界を覆い隠していた霧がエリンの杖を中心に渦を巻き出し、エリンの方へと引きずり込まれていく。それと同時にエリンの身に更なる力が集積されていく。
「なにをしてるんだ⁉」
「魔力を帯びた霧を、集積・吸収・変換を同時に進めています。この霧はドラゴンの体質が生み出しているもので、彼らにも制御が出来ないようです。お陰で簡単に集められます」
吸収した霧を魔力などに変換し自らの力とする。
だが、吸収できる魔力量には限度がある。魔力を過剰に取り込み閾値を越えてしまうと人ではないモノに変わってしまうのだ。
魔力の限界貯蔵量には個人差があるが、エリンであってもこの場の霧を全て吸いきることは出来ない。
だから、エリンは全く別の形でそれをプールする。
最初に変化したのは杖の色だ。先端の石の色はそのままに、それ以外の灰色だった部分が黄金色に変化する。続いてエリンの身を頭から足先まで黄金の装具が包みこんだ。
ローブ姿のルグだけが灰色で取り残されたまま、エリンは変身を遂げた。
防具が生み出された時点で全ての霧の吸収を終え、エリンの前にはこれまで姿を隠していたドラゴンたちが空や地を埋め尽くさんばかりに存在していた。
体の大きさは一番小さいものでトリトンが狩ったものと同程度。大きいものでは三倍以上のサイズがある。大きさこそ違うがそれ以外の外見は全て一様である。
「潤沢な魔力をご提供いただきありがとうございます。ただ今から返礼をさせて頂きます。ルグ、青に」
「プライマリー・ブルー アクティベート」
杖の先端の石とエリンの瞳が青へと変わる。エリンの変化に合わせて地上に降っていた灰塵がもう一度空へと舞い上がり、多量の礫を形成する。
「メテオ・レイン!」
生み出された灰色の礫の全てが同時に黄金の光を放ち、地上に向けて超高速で落下し始めた。
空から降り注ぐ黄金の飛礫を回避できるはずもなく、ドラゴンたちは翼や体を穿たれ地に落ち、絶命する。
地上にいたドラゴンにも被害は及び、戦場で被害を受けていないのはエリンとトリトンしかいない。
とはいっても全てのドラゴンが死したわけもなく、特に体格の大きいものは健在であり、霧を消され傷を負わされたことで激昂するものがそこかしこに存在する。
未だ息のあるドラゴンたちを確認しながらエリンは杖を構える。
「間引きは済みました。ルグ、赤で」
「プライマリー・レッド アクティベート」
杖の先端の石とエリンの瞳が赤へと変わる。
「プロミネンスエッジ」
杖の先端の石から槍の穂先のような赤い刃が飛び出す。灼熱を纏うそれを構え、自身に群がって来るドラゴンたちに応じるように突撃する。
エリンの落雷のような爆音を伴う踏み込みは瞬きの間にドラゴンとの距離を詰め、胴体に刃を突き刺す。
「爆ぜて!」
敵の体に突き刺さった赤い刃から凄まじい量のエネルギーが体内に注ぎ込まれ、一匹のドラゴンが爆発四散した。
次のドラゴンは首を焼き切り、その次は頭から尻尾まで貫き、またその次は頭を真っ二つにした。
翼を失ったドラゴンたちに逃げ場はなく、地上は赤い弾丸のようになって駆け回るエリンの狩場と化した。
残された最後の一匹がその場から逃げようと走り出すが、既にエリンに捕捉されている。遠目から投げられた赤い刃がドラゴンの背に突き刺さり、また爆発を起こして塵に変えた。
その爆発を以って戦いは終結した。圧倒的な力で敵を捻じ伏せる様はまさしく殲滅戦だった。
「これが、伝説……!」
「貴方の目指す頂きがどの程度かわかりましたか?」
トリトンは目を見開きながら首を何度も縦に振った。その姿に温かい視線を送り、エリンはトリトンを箒に乗せて山を下った。
里に戻ったエリンは、トリトンとともに山に巣食っていたドラゴンを狩ったことを里長に伝えると、里長はエリンとトリトンに嘘がないと察すると里中に吉報を届けさせた。
「トリトン、良い顔をするようになったな」
「じっちゃん! 凄いんだ‼ この世界には凄い人がいるんだよ‼」
「そうかそうか。ありがとう、お嬢さん。貴女のお陰でトリトンは世界を知れた」
涙を流しながらはしゃぐトリトンを撫でながら、頭を下げてくる里長にエリンは何と答えたらいいのかわからず、真似をするように頭を下げた。
「見せたのか?」
「ええ。少しばかり」
「そうか。戦士を志す者には良い刺激になっただろう」
ヴァンの言葉に頷きを返した。そうであったならエリンとしても力を振るった甲斐がある。
その後数日間、里の人々と交流を深めたエリンたちは、また旅立ちの時を迎えた。
多くの人々に見送られる中、エリンの前にトリトンが立った。
「名前、貴女の名前を教えて!」
既に知っているはずなのにトリトンはエリンに名前を問うた。まるで出会いをやり直すかのような問いを、エリンは微笑みを浮かべながら快く受け入れた。
「エリン。『魔法使い』エリン・マクレガーです」
「『魔法使い』エリン・マクレガー。絶対に忘れない。次に会う時は、貴女にも『勝者』たちにも負けない、立派な戦士になってるから!」
「楽しみにしてます」
最後にトリトンと握手を交わし、御者台に座ったエリンは荷馬車を走らせた。トリトンはエリンが授けた槍を振りながら、旅立つエリンたちを無垢な笑顔で見送ってくれた。
エリンたちがレインブラッドの里を旅立ってから数時間後、ドラゴンの死骸が無数に転がる山に幾つかの人影が見えた。
その中の女の一人がドラゴンの亡骸を見て笑みを零した。
「ハッ! 見つけたぞ、黄金の!」
女はドラゴンの死骸を手から放った光で焼き払うと共に、遥か彼方を睨みつけた。
まだ見ぬ道の先を行くエリンたちに、次なる脅威がすぐそこまで迫っていた。




