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第20話 常勝無敗を抱きて走れ ①

 巨大な木々の間を抜けながら進むエリンたちの前に開けた土地が姿を現した。

 そこに妙な形の人家が見えた。木の上に家が建っている。上から梯子や縄が降りており、木の幹を繋ぐように橋が掛けられていた。


「見たことのない生活様式です。寄ってみましょうか?」

「……行こう。少し気になる」


 目の色を変える細工を終えたエリンが荷馬車を村の手前まで進めたところで、エリンたちの前に少年が立ち塞がった。


 歳の頃は十歳前後だろうか。特徴的な長い耳をしており、その手に小さな槍を携えてエリンを睨みつけた。


「ここに何の用だ!」


「旅の者です。目的はありません。木々の間に村が見えたので、どういった生活をしているのか気になり寄ってみました」


「嘘を吐け! お前ら盗賊だろ! 後ろの男とかいかにも盗賊って顔してる!」


 荷台から顔を出しているヴァンを指さして少年は吠えた。


「そ、それは否定しかねますが、彼はああ見えて良い人です。決して人を襲ったりしません」


「小僧。ここはお前ら一族の里か?」


「そうだ。勝者の地、レインブラッドだ!」


「そうか、ここが」


 ヴァンはそう呟き周囲を見回す。目を眇めて景色を見るヴァンの表情は穏やかで、ひさしぶりに故郷に帰って来た時のような郷愁を感じさせた。


「何か知っているのですか?」


「昔、世話になった人たちがこの里の出身だったらしい。場所までは教えてもらえなかったんだが、まさか辿り着けるとは」


「どのような方々ですか?」


「師匠であり育ての親だ。恐ろしく強い人たちだった。訓練の仕方とか、飯は何にするとか、いびきがうるさいとか、つまらないことでしょっちゅう喧嘩して、辺りを荒れ地にしていた」


 ヴァンが強いと評するならば、魔王と同等かそれ以上の手練れだ。昔のヴァンの目から見てという意味かもしれないが、ヴァンの語り口からそういったニュアンスは感じられなかった。


「アンタ、まさかヴィクター様とヴィクトリア様に会ったことがあるのか?」


「ああ」


「ホントか⁉ どこにいるんだ⁉ 教えてくれ!」


「知らん。もう何十年も会っていない。俺が一人で戦場に出るようになってから、二人の姿を見たヤツはいない。もう表には出てこないつもりだろう」


 ヴィクターとヴィクトリア。そのどちらの名もエリンは知っていた。戦場とは程遠い城住まいだった頃のエリンの耳にすら届いた武勇。


「味方につければ必ず勝利すると謂われた最強と無敵の傭兵。天下を分かつ二大傭兵、ヴィクターとヴィクトリア。彼の豪傑がヴァンの師匠だったとは」


「運が良かっただけだ。丁度二人が戦場から離れようとしたタイミングで俺は出会った。そうでもなければ、あの二人が見知らぬガキを一緒に育てようなんて考えるはずがない」


 エリンは驚きながらもヴァンの強さに納得がいった。魔王殺しと呼ばれたエリンと勝るとも劣らない武勇を誇る二人に育てられたのだ。弱いはずがない。


 感心していると、槍を構える少年の後ろから枯れ木のような老人が姿を現した。老人もまた耳が長い。


「なんの騒ぎじゃ、トリトン」


「じっちゃん! 聞いてくれよ、この鬼人のオッサン、『勝者』二人の弟子みたいなんだ!」


「じっちゃんではない、里長だ。鬼人の方、この童の言うたことは本当ですか?」


 里長らしい老人は、トリトンという少年に拳骨をくれながらヴァンに聞いた。


 老人の瞼は垂れ落ち目を半ば塞がっていたが、その奥の瞳は、射抜くような鋭い眼光を放っている。


「ああ。もう随分と会っていないがな」


「そうですか。里を出た彼らの話を皆知りたがっている。お話を聞かせてはくれませんか?」


「俺の知っている話で良ければ」


 ヴァンは里長に連れられて歩き始めた。エリンも自然とその後を追おうと歩き出したが、再びトリトンが立ちはだかった。


「お前はダメだ!」


「なぜです?」


「お前、ここに来る前に魔法を使っただろ。怪しいんだよ」


 変装が見破られている。里に入る直前の魔力の動きを読まれたのだろう。警戒はしていたのに、こんな子どもが見抜いてくるとは驚きだ。


 自分の疑いは晴れていないらしい。年端も行かぬ子どもを説得したことなどないため、どういった対応が正解なのか悩んでしまう。


「エリン、魔法を解いてやれ。どうせここでは見抜かれる」


「大丈夫ですか?」


「ああ。ここはどこの国にも属していない『はぐれ』の里だ。近寄るヤツなんてほぼいない。おそらく、お前のことも知らないはずだ」


 エリンはヴァンの言葉を信じ、ルグに目の色を戻して貰った。


「これでどうです。もう隠し事はありませんよ?」


「嘘だ。そのローブ、おかしな力があるだろ。見たことない感じだ。それが一番怪しい!」


「エリン、トリトン少年は力の流れが見えているようだ」


「わ! 誰がしゃべったんだ⁉」


 ルグの言葉通りであるなら、トリトンはプライマリー・グリーン使用中のエリンと似た物を見ていることになる。それならば魔法の使用を見抜けたのも頷ける。


 それならば、とエリンは少しばかり力を入れた。それだけで濃く大きな魔力の流れがトリトンの体を包み込んだ。


「小細工はしていません。これで通して頂けないのならば、押し通ることになりますが、よろしいですか?」


「あ、ああ、あああ……」


 突然、強力な魔力の波に飲み込まれたトリトンは慄き、数歩後退してから尻餅をついて、そのまま失神した。


「あら」


「はあ、まったくこの童は。威勢は良いが根性がいかん。この程度の胆力では、龍狩りなど夢のまた夢よ」


 里長はトリトンの襟首を掴むと、そのまま引きずりながら歩き始め、エリンとヴァンもその後ろに続いて里の中を進んだ。


 里長に案内されて通された部屋でヴァンはしばらくの間、ヴィクターとヴィクトリアについて語った。


 その間に入る余地はなく、ひたすら聞き手に回っていると、目を覚ましたトリトンが扉の隙間からこちらを窺っているのに気づき、彼と目が合った。そのまま視線がぶつかり続ける。


(呼んでいる?)


 エリンは断りを入れてから席を立ち、扉へと進んで部屋を出た。扉の先にはトリトンが立っており、エリンのことを下から睨みつけていた。


「どうかしましたか?」

「アンタ強いのか?」

「先程の魔力の流れでわかったのでは?」


 トリトンは黙って俯き、そのまま頭を下げた。


「オレと一緒にドラゴンを倒してくれ!」


「はい? どうしてわたくしに? 里の方ではダメなのですか?」


 エリンが聞くと、面を上げたトリトンは涙を滲ませながら歪んだ表情で捲し立てた。


「里の奴らは全員腰抜けだ! 仲間が殺されても平気な顔して、弱いから仕方ないなんて言いやがる! オレは許さない! 父さんを殺した奴らに復讐してやるんだ!」


「復讐、ですか」


 どこかで聞いたような言葉だ、そう思いながらエリンはトリトンの目を見つめる。そこには明らかな怒りの色があった。


 ああ、知っている。こんな目をした人間を。恩讐に取り憑かれ視界に入る全てを滅ぼした者を。


「里の方々は腰抜けではありませんよ。弱肉強食はこの世界の習わし。弱ければ食われる。獣も人も同じです。そこに感情を挟み込むのが間違いです」


「そんなの関係ない奴の理屈じゃんか! 殺されたのはオレの父さんなんだ! 一人しかいない父さんなんだ! 他の誰にもオレの気持ちはわかんないよ!」


 そのトリトンの言葉を聞いたエリンは目を見開き、トリトンと顔がぶつかる寸前のところまで顔を寄せた。


「ええ、その通りです。結局は他人事、その気持ちは貴方にしかわからない。だから、貴方がやるのです。他の誰の力も借りずに貴方が、強者の理を以って成し遂げるのですよ」


 突如としてエリンが放った圧倒的な凄みにトリトンは一歩引く。


「下がりましたね。後退は敗北を意味しません。次の勝利の布石となります。ですが、怖気づいたのであれば、それは明確な敗北となります。トリトン、今の貴方はどちらですか?」


「こ、怖くなんかない! オレはドラゴンを倒すんだ!」


 全身を震わせながらトリトンは力強く宣言した。その言葉を聞いてエリンは笑みを零す。


「いいでしょう。では、行きましょう」


「え? どこに?」


「ドラゴンを倒しに決まっているでしょう」


「い、今から?」


「当然です。それともやはり怖気づきましたか?」


 エリンの挑発にムッとしたトリトンは、付いて来いと言わんばかりにズンズンとエリンの前を歩き出した。


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