第19話 一期一会、チャンスは掴めるときに掴めって話 ③
日付が変わり作物の収穫の日。
エリンは手渡された農作業用の服に袖を通し、小麦畑に向かい合っていた。灰色の麦わら帽子に姿を変えたルグが小さな声で問いかけてくる。
「魔法は使わないのか?」
「はい。これまでルグと魔法の力に頼ってきましたが、わたくし自身の力で色々なことにチャレンジしたくなりました。見ててください。これからのわたくしの成長を」
「ああ。しっかりと見ておくとも」
魔法を使えばそう時間をかけずに収穫を終えられるだろう。だが、それでは今までと同じだ。
これまで出来なかったこと、やってこなかったことに挑戦し、もっと自信を持てるようになろうとエリンは奮い立っていた。
ヴァンは合うサイズの作業着がなかったので、ルグが文句を言いながら作って与えた。
ヴァンはやけに張り切っており、手にした鎌を振る練習を繰り返していた。
合図らしい合図もなく、収穫作業は始まった。村の人間ほぼ総出の作業は凄まじい勢いで進んだ。村の人たちは流石に手馴れており、エリンも見様見真似で小麦を刈り取っていく。
作業に慣れ始めた頃、周りはどうだろうかと視線を巡らせると、ヴァンが鬼気迫る表情で的確かつ手早く小麦を刈り取り、村の誰よりも収穫を進めている。
あそこまで必死な姿を見るのは初めてだ。何が彼を突き動かしているのかはわからないが、負けていられない。
「段々と慣れてきました。わたくしもペースを上げます」
「ヴァンを追い落とせ」
ルグに発破をかけられたエリンは準備運動を終わりと言わんばかりの速度で小麦を刈っていった。
収穫作業は日没前には終わった。本来は二日かかってもおかしくないところが、その日のうちに終わったのは、エリンとヴァンの力によるところが大きい。
二人は村人たちに感謝されながら、収穫を祝す宴に参加することになった。
「お姉ちゃん、これも食べな!」
「あ、ありがとうございます!」
次々と料理が目の前に運ばれてくる。料理や酒を味わっていると、ヴァンが周囲に視線を散らしているのが目に入った。
「どうかしたのですか?」
「ん⁉ いや、何もないが? それにしても美味いな。手が止まらん」
そう言っているわりにヴァンの手は料理にも酒にも伸びていない。普段なら有り得ない。今日のヴァンは何かと様子がおかしい。
「何かありますね? 収穫の時は何やら急いでいましたし、今も妙な反応をしました。そういえば昨日の夜も突然ルグを借りに来ましたよね? 何があるのですか?」
「クソ、目ざといな。お前ほどの手練れの目は誤魔化せないか」
「君が下手なだけだ」
「実はな」
ルグの冷静な指摘を聞き流しながら、ヴァンはカイロのことをエリンに耳打ちした。それを聞いたエリンは飛び上がるように椅子から立ち上がり、辺りを見回した。
「いつですか⁉」
「今日するのは間違いないんだが、アイツがいつその覚悟を決めるか……オイ、動いたぞ⁉」
村長の近くで食事をしていたカイロがおもむろに席を立ち、離れた場所で配膳を手伝っていたリオナへと近づき、少し話をしてから二人で宴の輪の中から離れていった。
「よし、行くぞ」
「はい!」
エリンとヴァンも二人の後を追って宴の輪からさりげなく席を外す。
カイロとリオナは村の端の人気のないところに二人でいた。エリンとヴァンは二人に気付かれない位置で足を止めて遠目から二人を観察していた。
明かりはカイロの周りに浮かぶ光の球しかない。あれはカイロの魔法だろう。しかし、それは注目すべき点ではない。気になるのはここからだ。
「クソ、ここからじゃ全く話が聞こえないな」
「お任せよ」
エリンが魔法で灰塵を生み出し地面に少量積み上げると、それをスルスルと地面を這うように夜闇に隠しながら二人の下へと伸ばした。
すると、二人の声が目の前にある灰塵の山から聞こえるようになった。
「宴を抜けさせてごめん」
「いいよ。それより、話って?」
リオナは視線をカイロに固定したまま所在なさげに身を捩り、足元の地面を弄りながら聞く。
「その、今年の収穫は早く終わって良かったね」
「うん……それだけ?」
「いや、それは前置きというか、ついでというか、その、つまり……クソ、格好がつかないな」
俯きながら言い淀むカイロをエリン、ヴァン、ルグは固唾を飲んで見守る。
三者の心はこの時一つになっていた。言え! ただその一言だけを心で叫び続けている。
覚悟を決めたのか、カイロが面を上げてリオナを見つめる。そして、口を開いた。
「リオナ! 君が好きだ! 僕と結婚して欲しい!」
「……‼」
(良く言った‼)
カイロの告白を受けたリオナが口元に両手を当てながら頬を赤く染め、涙を流し始める。
それを眺めながらエリンたちは心の中で拍手喝采を送っていた。
カイロの言葉を噛み締めるように間を置き、ゆっくりと手を下ろしながらリオナはか細い声で答えた。
「……はい」
「……!」
リオナの返事を聞いたカイロが堪え切れずにリオナの下へと踏み出し、彼女の体を抱き寄せた。これまで踏み越えられなかった距離をカイロは越えたのだ。
「ありがとう。嬉しい。本当に嬉しいよ。大好きだ。愛してる」
「うん、わたしもカイロが大好き……!」
二人は告白の勢いそのままに急接近し、軽く唇を重ねた。
(うおおおおおおお‼‼)
二人の邪魔をしないように小声で騒ぐ人々。エリンとヴァンの後ろにはいつの間にか村人がずらりと並んでいたが、そんなことは気にもせず全員でハイタッチを静かに交わす。
上手くいった。全員がそう思い喜びに包まれていた時、カイロが思わぬ提案をした。
「その、このまま宴に戻らずに僕の家に行かない? 僕たち、夫婦になるんだし、ダメかな?」
「え? それはその……」
(は⁉)
(やめろ馬鹿!)
(しまった。気合を入れ過ぎたか)
(かかりすぎだ!)
(クッ、若い!)
観衆が途端に頭を抱える。舞い上がり先走り過ぎた青年の末路を大人たちは察していた。
「その……ごめんなさい! そういうのは、準備が出来てからにしてェ!」
「あ、リオナ!」
リオナは顔を真っ赤にしたままその場から走って逃げ出してしまった。
リオナに逃げられ一人取り残されたカイロは膝から崩れ落ち、その場で石像のように固まってしまった。
「無惨だ。だが、これも経験。乗り越えていけ、若人よ」
ルグの言葉に全員が頷き、生温かい視線を灰になりそうなカイロに送るのだった。
翌日、役目を終えたエリンたちは荷馬車に乗り、村から旅立とうとしていた。旅立つエリンたちを村人たちが見送ってくれる。
「ヴァンさん、あとお喋りの魔道具さん。ありがとうございました。お陰で踏み出せました」
「ああ。お前はよくやった。が、急ぎすぎるのも良くないとわかっただろう。今後はその経験を生かしていけ」
「君の未来は明るい。頑張りたまえ」
カイロはエリンとヴァンと握手を交わし、一歩離れた。代わるように前に出たリオナがエリンの手を握りながら話しかける。
「ルミネアさん、やっぱり上手くいっても悩みは出来るものですね」
「そのようで」
リオナの視線がチラリとカイロの方を向く。カイロは気まずそうに視線を逸らしてしまい、リオナもすぐにエリンの方に向き直った。
「お互いに頑張りましょう。わたくしは一つでもお料理を覚えてみようかと思います。それでいつか、彼に振る舞ってあげたいと、リオナさんを見ていて思いました」
「頑張ってください。わたしもルミネアさんみたいな綺麗な女性になれるよう頑張ります」
二人は固い握手を交わし、リオナはヴァンとも握手を交わして離れた。
「それでは、皆さん、ありがとうございました」
「また来てくださいね!」
エリンはビリーを走らせ荷馬車を進ませる。村人たちは遠ざかる二人に手を振り続けてくれている。
よく見るとカイロがリオナの手を握っていた。リオナもその手を握り返し、二人は顔を赤くしながら姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。
「わたくしも、いつかルークと二人で暮らしてみたいです。それで美味しいお料理を振る舞って彼を喜ばせるのです」
「きっと彼は、そうやって人のことを思いやれるキミが好きなのだろう」
「そうですかね?」
「ああ。そうだとも。私が言うのだから間違いない」
「フフ、自信満々ですね。でも、本当にそうだといいな」
本心から漏れた柔らかな声音を残し、エリンたちを乗せた荷馬車は細い道を進んだ。




