第18話 一期一会、チャンスは掴めるときに掴めって話 ②
村長の息子であるカイロに案内された先は、彼が一人で暮らしている家だった。
てっきり村長の家に行くと思っていたエリンは、そのことを聞かされて珍しさに驚いた。
曰く、成人の祝いで今年作って貰った物らしく、一人で暮らすには明らかに大きすぎる。
元から家族暮らしを想定して作られたもので、近々嫁を迎えるとかなんとか。
カイロの家でリオナが家から持ってきてくれた夕飯に舌鼓を打つ。
「どうですか、この辺りで獲れるトビウサギのお肉を入れたポトフは!」
「とっても美味しいです。リオナさんが調理をしたのですか?」
「はい! お母さんに教わりながら家事は全部自分でやるようにしているんです!」
「凄いですね。わたくしは家事全般が苦手なので、素直に尊敬します」
エリンは生まれた身分が身分だったために家庭的なものに触れないまま成長した。
その後に一人で生活する期間は長かったが、大抵の家事はルグの力でどうにかしていたため、エリン本人の家事スキルは全くと言っていいほど伸びていなかった。
「え、意外です。てっきりルミネアさんがお料理とかしてると思ってました」
「いや、わたくしがやっているとも言えなくもないのですが、ヴァンの方が上手かと聞かれると頷くしかありませんね……」
「不器用なんだ、察してやってくれ」
ヴァンの言葉に何も言い返せず項垂れるしかない。
「ヴァンさんは、結婚するなら家事の得意な女の人の方が良いですか?」
「出来るに越したことはないが、出来ずとも気にしない」
「ですよね。相手の能力じゃなくて、相性とか愛情を持てるかが重要ということです」
ヴァンの発言に被せて自分の意見を述べるカイロ。その言葉は静かではあるが情熱が乗っているように感じられた。カイロの発言にヴァンは首肯で同意を示す。
「それはわたくしも同意見です。リオナさん、ごちそうさまでした」
話している間に食事を終えた四人は、片づけを済ませると夜も更けてきており、自然と床に就く流れになった。
「カイロ、わたしも泊っていい? ルミネアさんとまだ話したい」
「僕は構わないよ。ルミネアさんはリオナと一緒でも大丈夫ですか?」
「はい。では、リオナさん、行きましょう。お二人ともおやすみなさい」
「おやすみ」
リオナの申し出から自然な流れで就寝する部屋割りが決まる。リオナに案内されて空き部屋に通され、布団を敷いて二人で転がる。
「この家に慣れていますね。よく来ているのですか?」
「家事を手伝っているので。時々こうして空き部屋を借りる時もあります。それよりもルミネアさん、お肌が綺麗ですね。髪も艶々だし、体もなんかすごいし、羨ましい」
「ありがとうございます。体の手入れには気を遣っているので、褒めて頂けると嬉しいです」
今のエリンはローブを脱いで半袖のロングワンピース姿になっていた。いつもの寝間着である。体のケアはルグと魔法でしている。
神出鬼没な彼にいつ見られても良いように気を張っているのだ。
「ほぅ? それは特定の誰かのためですか?」
「ま、まあ、そうですね。将来を誓い合った方がいます。今は近くに居ませんけど、いつかは一緒に暮らしたいと思っています」
「やっぱり! ルミネアさんくらい綺麗な人なら相手がいない方がおかしいですよね。いいなあ。わたしもそういう人が居てくれたらなあ」
「え? カイロさんは違うのですか?」
てっきりそういう仲だと思っていたため、無意識のうちに口からポロっと零れてしまった。
「う~ん。そう見えます?」
「ええ。家事手伝いも嫁入り前の準備としか思えませんし、彼がリオナさんを受け入れているのは明らかです。カイロさんのお嫁さんはリオナさんなのだと思っていました」
「そう、ですよね。わたしは逞しくて優しいカイロのことが好きですし、周りの人も親も私たちが結婚すると思ってるんです。でも……」
そこで言葉を止めてタメを作ってからリオナは続きを口にした。
「ぜんっぜん! 言ってくれない! 何も言ってくれないんです! 好きだとか、愛してるとか、抱きしめるとか、体に触れるとか、何もしない! 愛情表現を何もしてくれないんです!」
「あ、ああ、なるほど」
リオナの剣幕に思わず身を引いてしまう。エリンの場合、ルークとは頻繁に会うことが出来ない代わりに、愛情はこれでもかと伝えてくれるので、イマイチ共感し切れない。
「わたしが家に来ても嫌がる素振りは見せないけど、ただの家事手伝いとしか思われてなくて、本当は別に本命の娘がいるんじゃないかって、毎日不安で不安でぇ……」
「そんなことありませんよ。リオナさんと話している時のカイロさんはとっても嬉しそうですし、ご飯を食べている時もずっと感謝していたじゃないですか」
「都合の良い飯炊き女だと思われてません? 好きな相手だったらもっとアプローチするものじゃないですか? わたしだってしてませんけど、そういうことは男の人からして貰いたいじゃないですかぁ!」
それは確かに。エリンはその言葉を口にする寸前で呑み込んだ。ルークは全身で愛情を伝えてくれる。
だから、エリンはリオナのような心配をしないで済んでいる。でもそれは、お互いが想い合っているとわかっているから出来ることであって……そこまで考えてエリンの思考は停止した。
「ルミネアさんは将来を誓った方とどうやって関係を進展させたんですか?」
「え、いや、それはですね。出会った時に命の危機に瀕しているところを助けて頂いて、その後も危ない時にまた助けて頂いて……どうしてルークはわたくしのことが好きなのでしょう?」
エリンの思考が止まった理由、それが今の疑問だ。
自分は一番苦しい時にルークに助けられて惚れてしまったわけだが、ルークがどうして自分のことが好きなのか見当がつかない。
「え、どこが好きとか言われないんですか?」
「キミの全てを愛していると言ってはくれているのですが、なんでそうなったのか、なにが彼に刺さったのかさっぱりわかりません。容姿? だとしたら、嫌、というか怖いです!」
「ルミネアさん⁉ 落ち着いて下さい! きっと何か他にもありますよ! 特技とかそういうので」
頭を抱えて考え込み始めたエリンを見てリオナが宥めに入る。なぜか二人の立場が逆転した。
リオナがエリンを励ましていると、部屋の扉が叩かれヴァンの声が聞こえた。
「すまん、ルミネア、杖を貸してくれ。あれの力が必要だ」
「え、ええ、今なら大丈夫ですけど、ちゃんと返して下さいよ?」
「言うまでもない。あれも主人の下を離れる気は更々ないからな」
今、ルグはローブから杖の姿になっていた。部屋の扉を開けて杖になったルグをヴァンに手渡すと、ヴァンは感謝を述べて足早に、というよりも走ってその場を去っていった。
とても急いでいる様子だったが何かあったのだろうか。普段は落ち着いているだけに、ああいった姿を見るのは珍しい。
思いがけないヴァンの来訪が淀んだ空気を流してくれた。おかげで少し気分が切り替わった。
「取り乱してすみません。突然不安になってしまったもので」
「上手くいってても不安になることがあるんですね。やっぱり大変ですね、恋愛って」
「お互い自信を持てるように頑張っていきましょう」
その後も互いを励まし合いながら、二人は眠りについた。
一方その頃、男部屋では。
ルグを借りて急いで部屋に戻ったヴァンは、カイロの前にドカリと座り胡坐をかいた。
「よし、もう一度話せ」
「はい。その、どうやってリオナに想いを伝えたらいいかわからなくて……」
「喝‼」
「たわけ‼」
「うぇ⁉」
どこからともなく聞こえた声にカイロが辺りを見回す。ヴァンは動揺しているカイロにもわかるように杖を指さす。
「こいつはルグ。お喋り魔道具かつ心の友だ。こういった話をする時には必須だ」
「私は優秀なアドバイザーだ。実績も折り紙付きだ。大船に乗った気分でいたまえ」
「はあ。よくわかりませんが、じゃあ、僕はどうしたらいいと思いますか?」
悩める青年の言葉にヴァンはカッと目を見開き告げる。
「当たって砕けろ」
「進撃あるのみだ」
ヴァンは受け身だった過去がなかったように、突貫しろとカイロに言い渡す。
「それが出来たら苦労しませんよ。拒絶されたらと思うと脚が竦んでしまって」
わっかるぅー、と言いそうになったところでヴァンは自身の膝を叩いた。
今のカイロに必要なのは共感ではない。強い後押しだ。不安だろうがなんだろうが、とにかく攻めさせる。
「お前、あの娘が自分のことが好きだとわかってるだろ?」
「そ、そんなことは」
「黙れ‼ 余計な謙遜はするな。自惚れでもいい、そう思ってるだろ? 違うか?」
ヴァンの押しに負け、カイロは顔を赤らめながら小さく頷く。よし、第一段階は突破したと、ヴァンはもう一度両手で膝を叩く。
「なら、あとはテメエの気持ちをぶつけるだけだ。絶対に上手くいくと自分に言い聞かせろ。恐いとか、傷つきたくないとか、そんな足を止めるだけの余計な感情は捨て去って突き進め!」
「ヴァンの言う通りだ。受動的な男など生き恥を晒しているのと同義だ。玉砕覚悟。君の進む道は、目の前の壁の先にしかないと知れ」
男二人、ビビりまくって自ら行動しなかった者たちが、一旦自分のことは棚上げし、自身と同じ轍を踏ませない為に意見を合わせて猛プッシュをかける。
「わ…かり……ました! リオナに想いを伝えます……一ヶ月後とかに!」
「「明日だ‼」」
ここぞとばかりにヴァンとルグの声が重なる。二人の押しに、またしてもカイロは頷くしかなかった。




