第17話 一期一会、チャンスは掴めるときに掴めって話 ①
魔王ヘルディムを討ち交易都市ベルストを出た一行は、主要な街道を避けて人通りのない山奥に一時身を隠していた。その理由は決まり切っている。
荷馬車の上で胡坐をかくヴァンの前に、エリンは正座していた。
「作戦会議だ。議題は、魔王をド派手に殺っちまった俺たちが、これからどうするべきか、だ」
「話を始める前に、まずは、本っっっっっ当に申し訳ございませんでした」
「全て我々の責任だ」
ベルストを出てから既に三日が経過している。ヴァンは目的地であるウィンザリオへの経路を大幅に変更し、ベルストから最速で離れつつ人のいない道を進み続けた。
その間、目を覚ましたエリンはほんの少し前まで情緒不安定でまともな話し合いが出来る状態ではなかった。
目を覚ましてすぐにルークの姿を探し、居ないことがわかると大号泣。その後に会えた時の感動や掛けられた言葉を思い出し、蕩けた表情で惚気話を始めたかと思うと、ルークが居ないことが寂しくてまた号泣し、以下ループである。
そんなこんなで、エリンの調子が戻るまでの間はビリーに引き続けて貰い、無事に誰にも追われることなく身を隠すことが出来た。
「あの状況になったら仕方ないだろ。反省するとしたらその前の大はしゃぎだ」
「おっしゃる通りです」
「返す言葉もない」
エリンとルグは、ヘルディムに目をつけられる原因になった劇的ドレスアップ事件を深く反省し、エリンの格好は灰色のローブ姿に戻っていた。
「ま、終わったことだ。それよりもこれからのことだ。確実に噂が広まっているぞ?」
町の中心である城から黄金の光の柱が空に立ち昇り、城が消え魔王の幻想魔境も消え去った。
ヘルディムの死とその時の状況は間違いなく周辺の町や国々へ広がる。魔王城が消える直前にエリンが町中で衆目を集め、大衆の前でヘルディムに城に連れていかれた事実もある。
瞳の色こそ変えていたが、容姿の特徴は伝わってしまうかもしれない。詳細な情報が広まれば、ヴァンを隠れ蓑にするのも難しい状況となってしまった。
「しばらくは大きな町は避けた方が良いですよね? 人が集まるところは噂も集まるので」
「それが賢明だ」
他所との交流が少なそうな町や村で噂の広まり方を確認しながら、ほとぼりが冷めるまでは人目につくところには立ち入らない。移動が制限されるが、こうなってしまっては仕方がない。
「そうするしかないだろうな。しかしだ。そうなると俺も知らん道を行く必要がある。なにがあるかわからないぞ?」
「それは大丈夫です。食料や水の補給はどうとでもなりますし、向かう方角さえ合っていればいずれウィンザリオに着けるでしょう」
「それもそうか。ここからの移動はペースを落とすぞ。しばらくビリーを休ませたら出発するが、これ以上は目立つことはするなよ? 頼むぞ?」
これまでのエリンならば、任せて下さい、と胸を張って言っていたところだが、先の大失態により萎れているエリンは、項垂れるように首を縦に振るしかなかった。
再び御者台に座ったエリンはビリーを走らせた。一度本来の進路から大きく外れて北へと進んでいたため、今は大陸の中央からやや北西に逸れた場所を走っている。
進む道は狭く、人通りが少ないため荒れた路面も多い。エリンはビリーの負担を軽減するために荷台の重量を魔法で常に軽減し、時折荷台を浮かせて走らせていた。
ベルストを旅立ってから五日が経過した。日は沈みかけており、空は茜色に染まっていた。
道の両側には小麦畑が広がっており、視界一杯に広がる金色の景色を見たエリンは、込み上げてきた涙を袖で拭った。
「ルーク、どうしてあなたは何も言わずにいなくなってしまうの。わたくしを置いて行ってしまうの。せめていつ出てくるとか、どこで見守っているとか、伝えてくれてもいいのに……」
「ヴァン、発作だ。色に反応している。気を逸らせ」
「わんわん声出して泣いてなきゃ大丈夫だろ。段々慣らしていかんと、金を見る度に泣かれちゃ敵わん」
ヴァンは荷台に仰向けに転がりながらエリンを一瞥することもなく、心底面倒そうに吐き捨てた。
「薄情な。君はもう少し情に篤い男だと思っていた」
「エリンのために言ってるんだろうが。だいたい、これまで何日もアレに付き合わされた俺の身にもなれ」
エリンの情緒が不安定だった時期はルグとヴァンが常に声を掛け、宥め続けていた。ヴァンが面倒に思うのも無理もないことだった。
「好いた女の涙を止めるのはテメエの役目だ、男を見せろ」
「私好みの発想だ。だが、君には言われたくなかった」
「あ、村です。この辺りの畑を管理している方々ではないでしょうか?」
ルグとヴァンが話している間にエリンは復調していた。道の先に見えた人家を指さしてエリンは二人に伝える。
「よし、行ってみるか。どこまで話が広まっているか調査だ。顔はどうする?」
「フードは被らないで行きます。不審に思われて印象付けたくないです。ルグ、瞳の色をブラウン以外の色に変えて下さい。出来る限り違う系統の色でお願いします」
「青にしよう。ブラウンからは離れ、比較的に珍しくない色だ」
ルグがエリンの魔力を使用し、エリンの瞳が青く見えるよう目に極薄のレンズを作り装着させる。少々違和感を覚えるがじきに慣れることはこの間の経験でわかっている。
少しの細工を終えたエリンたちは荷馬車を村の中まで進めた。遠目に見た時は村だと思っていたが、規模としては町に近く、広大な畑を管理するのに十分な人数がいることがわかる。
「意外と人が多そうだな」
「少し怖いですね」
「隔絶されている様子はなく、人が多すぎることもない。良い塩梅だ。調査を開始しよう」
エリンとヴァンは荷馬車から降り、歩いて町の中を散策しにいく。歩き始めてすぐに水を入れた桶を運ぶ年若い女性と出くわした。飾り気がなく素朴だが、整った顔立ちの可愛らしい容姿をしている。
突然現れた余所者にどういった反応を示すか気になっていたエリンたちに、女性は柔和な笑みを向けてくれた。
「あら、見ない人たち。どうかしました?」
「旅の者です。道の先に家屋が見え、気になったので立ち寄らせていただきました」
「こんなところに旅人なんて珍しい……先を急いではなさそうですけど、もしかして時間があったりします?」
女性はしばし思案しながらエリンとヴァンを観察した後、おずおずと聞いてきた。
「ええ。悠々自適な旅の道です。時間は幾らでもありますが、それが何か?」
「ヨッシャ!」
「おぅ……」
エリンの言葉に女性は力強いガッツポーズを見せた。見た目に見合わず豪快な仕草を見せる女性の勢いにエリンはたじろぐ。
「明日、この辺りの小麦を収穫するんです。一人でも多く人手が必要なんです。手伝って貰えませんか? もちろん、しっかりとお礼はします。どうですか?」
「いいですよ」
エリンは二つ返事で了承し、チラリとヴァンの方を向くと静かな頷きが返って来た。
「ありがとうございます! とっても助かります!」
「リオナ、どうかしたのか?」
女性が入ろうとしていた家の裏手から一人の青年が姿を現した。年は女性とそう差はないだろう。農具を手に汗を垂らす姿は精悍な男らしさを感じさせる。
「あ、カイロ! この人たちが収穫の手伝いをしてくれるって!」
「それは……心強い」
カイロと呼ばれた青年はヴァンを上から下へ、そして下から上へ見てから言った。
「僕はカイロ。よろしくお願いします」
「あ、わたし、リオナです」
「わたくしはルミネア。こちらは旅の案内役兼護衛のヴァンです」
「よろしく」
互いに短い紹介を済ませる。リオナとカイロのこれまでの反応から、自分とヴァンの特徴的な外見の二人組について噂が広がっている様子はなさそうだとエリンは読んだ。
「カイロは村長の家の長男なんで、カイロに話を通せばだいたい大丈夫です」
「それは助かります。それでしたら、泊まる場所と荷馬車を置いておく場所を提供して頂けませんか?」
「わかりました。我が家であれば二人くらいなら入れますし、馬を停めることも出来るのでどうぞ使ってください」
カイロが快諾してくれたことで、今夜の寝床が決まった。エリンとヴァンは感謝を伝えつつ、カイロに案内されて彼の家に向かった。




