第15話 破国の美姫と黄金の王子 ②
ルグを置き去りにし町の西側にある城まで運ばれたエリンは、ヘルディムの私室に連れてこられていた。
ヘルディムの私室は、高価そうで美しい物に埋め尽くされている。
床に敷かれた真紅の絨毯。金や宝石が輝く調度品の数々。
五人以上は寝られそうな天蓋とカーテン付きの巨大なベッドなど、それらがあっても部屋には広大なスペースが残されている。
とても落ち着いて過ごせるような空間ではない。その中で、エリンは椅子に座らされていた。座っているエリンを観察するように周りをヘルディムが歩いている。
「本当に美しいな。いつまでも愛でていられそうだ」
「こんなところに連れてきて、どういうつもりですか?」
この部屋に連れてこられてから、口が利けない状態は脱していた。それもヘルディムの思い一つでコントロールされている。
「言っただろう、私のモノになれと。私と婚姻を結び、夫婦になるんだ。妻は他にもいるが決して寂しくはさせない。しばらくは君のことを一番に可愛がると約束しよう」
「申し訳ありませんが、わたくしには将来を誓い合い、操を立てた殿方がいます。あなたの申し出は断らせていただきます」
ヘルディムの言葉を真っ向から否定する。どれだけ外見が美しかろうと性根が腐っている不快極まる男だ。
しばらくは、などと言うあたりに飽きたら捨てる気でいるのが透けていて、余計に苛立ちを覚える。
「わかってないね。君がそうやって自分の心を自由に出来ているのも、その方が楽しいからやっているだけなんだ。やろうと思えば、いつでも君を私の虜に出来る」
「やりたければお好きにどうぞ。その過信を正してさしあげます」
ヘルディムの言葉はハッタリではない。やろうと思えばいつでもエリンを操り人形に出来る。
そんな窮地にあってもエリンは決してヘルディムに弱みを見せない。
「気丈だね。増々気に入った。魔王と知っても屈しない気高さも良い。何より他人のモノを自分のモノに出来るのが堪らなくイイ!」
「下種が‼」
吐き捨てながら、エリンはヘルディムをきつく睨みつける。これほど怒りと不快を露にしたのはいつ振りだろうか。やはり魔王という存在は誰であれ神経を逆撫でてくる。
「そんな顔も出来るんだ。良いじゃないか、イイじゃないか! 安心してくれ、君の心を操るような無粋な真似はしない。反抗的な君を私の色に染め上げ、従順な人形に変わっていく様をじっくりと楽しもうじゃないか!」
「ウッ‼⁉」
美しさを追い求める男は、醜悪で下卑た笑みを浮かべ、エリンの露出しているデコルテの辺りを撫でまわし、首筋から頬にかけて長い舌で舐り上げた。
手足の自由が利かない中でもエリンの体には怖気が走り、全身が大きく震えた。
「さあ、ルミネア、ゆっくり愛し合おう」
「このッ! クソッ‼」
抵抗を試みるもどうにもならず、椅子から立ち上がったエリンはベッドの上に腰かけた。
ベッドに座ったエリンに近づいたヘルディムは、エリンの肩を優しく押しベッドの上に仰向けに転がした。ヘルディムはそのエリンの上に馬乗りになる。
(ごめんなさい……!)
エリンは心の内で愛を誓った相手の顔を思い浮かべながら懺悔する。
ヘルディムは舌なめずりしながら、エリンの頬、耳周り、首筋、肩、胸元の順に愛撫し、ドレスに押し上げられ深い谷間を作る豊満なバストをゆっくりと撫でまわした後、ドレスに手を掛け引き下げようとした。が、その直前で手を止めた。
「いけない。私としたことが、君の誘惑に耐えかねて順序を間違えるところだったよ。夫婦になるんだ。まずは、誓いのキスをしないといけないね」
ヘルディムは卑しく歪んでいた表情を引き締め直すと、エリンの唇へと自身の唇を近づけていく。エリンは顔を動かせず、両者の唇が重なり合おうとした。
その時、城が大きく揺れた。
「なんだ?」
「王よ! 襲撃です! 何者かが、この城に槍のような物を投げ込みました‼」
「どこから投げ込まれたかも含めて確認しろ」
部屋の外からヘルディムの配下が状況を説明してきた。ヘルディムの動揺は僅か。魔王としての経験が焦る雑兵との違いを見せ、冷静に指示を飛ばす。が、それも次の瞬間には崩れた。
「なんだ⁉」
先刻と同じ言葉を吐きながらも全く声音が違う。二度目には明らかな焦りが滲んでいた。
ヘルディムが動揺するのと同時にエリンは大きな変化を感じ取り、その正体に気づいた。
ヘルディムの幻想魔境に穴が開けられ掻き乱されたのだ。他の者の幻想魔境によって。
「他の魔王の襲撃か⁉ いや、そんなはずはない。軍は動いていないし、奴らが不意打ちなどするはずがない」
幻想魔境を表出させるのには魔力を多量に消費するが、維持には魔力を消費しない。
だが、他の幻想魔境と重なり合った場合、どちらが上を取るか魔力での潰し合いとなる。
ヘルディムはたった今、それを仕掛けられたのだ。
「考えるのは後だ。まずはこの邪魔者をッ⁉」
「いつまで乗ってる!」
自身の幻想魔境が部分的に崩されたことに動揺し、外の出来事に気を取られたヘルディムをエリンは蹴り上げた。
ヘルディムはベッドの天蓋を突き破り、部屋の天井に激突したところで受け身を取り床に降りた。ダメージは皆無。しかし、その眼は驚愕に見開かれていた。
「なぜ動ける⁉」
「貞淑な乙女の清い体を弄ぶ蛮行。万死に値します。命を以って償いなさい」
エリンはヘルディムの問いに答える気など毛ほどもなかった。怒髪天を衝いたエリンは両の拳を握りしめ、勇ましく構えた。
時を遡ること数分前。
愚かな気絶から目覚め、道端で騒いでいたルグと合流したヴァンは町の西側を駆けていた。
だが、それは城へ向かっているわけではなく、町の西側の出入口である門を目指してのものだった。
「ヴァン、遅い!」
「うるせえ! 力が出ないんだよ! わかってるだろうが!」
ヴァンは必死に足を動かすが、その走りは俊敏とは言い難い。
それも当然だ。この町は美しいものが力を持つ。ヴァンは厳つく猛々しい益荒男だが、美しさからは程遠い。
それゆえに町の中では十全の力を発揮できない。
「君が美形であれば、町の中で幻想魔境を使えただろう。そうすればすぐにでもヤツの隙を作れたものを。肝心なところで役に立たない男だ」
「テメエ、ここで捨てられたいか⁉」
ヴァンの不調は魔法にも影響を与えた。魔力を多く扱えないのだ。そのせいで魔法も碌に使うことが出来ず、幻想魔境などもってのほかだった。
それらの悪条件を全て解決するために、ヴァンは町の外を目指していた。
「ビリーに乗ってくれば良かったぜ……!」
「君は実に頭が悪い」
「もう黙ってろ!」
息を切らしながら走るヴァンにルグは辛辣な言葉を叩きつけるが、ルグもビリーを連れてくる発想が出なかった。思考の廻りの悪さに、普段は冷静なルグの焦燥が窺える。
文句を言い合いながらも、門を出て町の外に駆け出したヴァンはそこから一気に加速し、町から少し距離を取った。この場所からでも城は良く見える。
「ここでいいか⁉ 魔王と配下相手に競れても一瞬だぞ⁉」
「わかっている。彼らの魔力に一瞬でも拮抗してくれれば構わない。作戦後、私はしばらく意識がなくなる。その間、エリンのことを任せた。あの誓いを忘れるな!」
「わかってるよ! 行って来いオラァ‼」
ヴァンは助走をつけ、やり投げの要領で杖の状態のルグを城に向けて投げた。
それは投擲というよりも射出と表現する方が正しいほどの速度で、空気を切り裂きながら城へと突き刺さり、城の壁を一部崩落させた。
「そんでもって、やってやる!」
投擲の勢いそのままに走りながら詠唱を開始したヴァンは、町の中へと飛び込みながら幻想魔境を発動させ、魔王の世界に穿孔を生んだ。




