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第14話 破国の美姫と黄金の王子 ①

 新たな町に入ったエリンとヴァンは、宿に荷馬車を止めて町の中を散策していた。


 町の名はベルスト。

 大陸を代表する交易都市だ。町の中央部には大きな川が流れており、海へ下る船と、魔法で川を遡上してきた船とが行きかっている。

 川は町の先で二股に分かれており、そのまま海へと繋がっている。


 陸路だけでなく海路とも繋がり合っているこの町は栄え、大陸中から様々な物品が集まってきている。


 だが、この町の特徴はそれだけではない。


「この辺り、近くに魔王がいますよね?」


「ああ。魔王ヘルディム。ここはやつの世界の中だ」


「やっぱり。町に入った時に変わった感じがしました。それにしては変化が乏しいので勘違いかと思いましたが、どういうことでしょうか?」


 ベルストは魔王の懐、城下町でもある。

 町の西側には大きな城が鎮座している。エリンたちは東側にいるが、町のどこからでも見えるほど城は大きい。


 そして、魔王の懐の内ということは、それは往々にして文字通りの意味を持つ。


 幻想魔境。ここは彼らの理想によって浸食された世界の内側だ。


「ヘルディムは他人を拒絶しない。直接的に相手を力でねじ伏せるのは理想じゃなく、自分が最も強くあれる法則を世界に書き加えるだけなんだろう」


「なるほど。交易都市を拠点にする魔王らしいですね」


「珍しいケースだ。他者を力で圧倒するだけが幻想魔境ではないということか。学びだ」


 ルグの言葉にエリンが頷く。エリンが対峙してきた魔王は、ヴァンが見せたような凶悪な幻想魔境の中に城を構え、敵を一切入り込ませないようにしていた。


 それは彼らの心に深く刻まれた弱肉強食の理に影響されている。彼らにとっての理想とは最強であること。

 

 それゆえ、彼らの理想世界は自身が誰よりも強くあれる世界となるのだ。


「優位を押し付けるという意味ではここも変わらないはずだ。聞いたところでは、この町では美しいものが力を得る、らしいぞ」


「美しいものですか。美の基準は魔王の感覚でしょうけど、戦いに来たわけではありませんし、それほど気にする必要もないですね」


「それはそうだ。とりあえず、面白そうなものを物色しよう」


 ヴァンの勧めるように立ち並ぶ露店や、居を構える店舗を見て回ると、実に多種多様な物が陳列されていた。


 交易都市だけあって文化の合流地点のようになっているのだろう。


 商品だけでなく、街並みも一様ではない。使う素材や建築様式、柄や紋様の付け方まで違い、どれが優れているか競い合うように混淆している。


「わぁ、綺麗」


 魔王が美を重んじると言うだけあり、美しい品々が並んでいる。それほど宝石や装飾品に興味のないエリンもその輝きに惹かれ思わず手に取ってしまう。


「ああ、とても綺麗だ。良く似合う」

「そ、そう?」


 手に取った髪飾りに見惚れていると、ルグに褒められてはにかんでしまう。


「こっちも中々だぞ。コイツは良い品だ……どうした?」


「いえ、なんでもありません」


 ヴァンが嬉々として宝石の付いたネックレスを手に取った時、エリンは不快なものを見た時のような細めた目でヴァンを見てしまった。


 提灯に釣り鐘とまでは言わないが、野性味溢れる漢のヴァンと、女物のネックレスの組み合わせが全く合っていないのは確かだ。


 何より、ヴァンがそれに惹かれたのが意外で……。


 そこまで考え、エリンは思い至った。


「まさか、美しいものが力を持つというのは、そういうこと?」


「そうか。普段なら気にならないものでも、ここでは美しいというだけで趣味趣向に関係なく惹き寄せられるのか」


「流石は魔王といったところですが、これだけでしょうか?」


 他者の意識や感覚に影響を及ぼせるのは特別ではあるが、果たしてそれだけの力で魔王の座に就けるかと言われると、甚だ疑問だ。


「気にすることはないだろ。ほれ、これなんか綺麗でも何でもないが面白いぞ?」


「これはなんですか?」


 ヴァンから手渡されたのは黒いガラスの板だ。ガラスにしては薄く軽い。太陽に透かして見ると、光量が落ちて空が見えやすくなった。代わりに視界がやや黒味がかる。


 不思議そうに色々な角度から観察するエリンを見て、店員が答えてくれる。


「それは外から流れついた難破船から回収した物だ。何に使うかはわからないが、珍しい物には違いない」


「それは、そうか! なぜ思いつかなかった!」


「ど、どうかしたのですか、ルグ?」


 我を忘れたのか突然人前で大きな声をだしたルグに、エリンはビクリと体を跳ねさせながら店員から少し離れた。


「エリン! 物陰に移動だ! ヴァン、君も来るんだ!」


「なんだなんだ」


 ルグは声を荒げながらエリンとヴァンを店と店の間にある路地へと移動させる。


「先ほどのアレは光を遮るものだ!」


「それは、はい。見てればわかりますけど、それが何か?」


「あれと同じ仕組みを使えばキミの眼の色を隠せる! ローブを着続ける必要はなくなる!」


 ルグに言われて考えてみる。太陽に向けた時は光を遮って暗く見せてくれた。では、太陽の側から自分を見た時、目の色はどうなっているのか。


 エリンが考えている間にもルグは動いていた。


「あそこまで大きくする必要はない。瞳の部分だけ覆えば良いのだ。光は波。特定の波長を吸収し、他の者と似た色に見せることが出来れば……!」


「ル、ルグ? 落ち着いて下さい? あ、勝手に魔力を使わないで⁉」


「出来た! ヴァン、見ろ!」


 ルグの豹変ぶりにエリンが戸惑っている間にルグはエリンの魔力を使い、魔法で何かを生み出したらしいが、物がどこにもない。だが、両目に違和感を覚えた。


ついでにいつの間にかフードが上げられていた。それもルグの仕業だ。フードが上がったところでヴァンがエリンの瞳を覗き込む。そして、後ろに飛びすさった。


「ブラウンだ! ブラウンに見えるぞ⁉」


「え、本当ですか⁉」


「見たまえ!」


 またしても勝手に魔力を使われたが、今はそれよりも自分の目だ。


 ルグは鏡を作ってくれた。そこに、瞳がブラウン色に変わった自分の顔が映っていた。瞼をパチパチと開閉しても変わらない。


 ありふれたブラウン色の瞳がそこにある。


「キャアアアアァァァァァァアアア‼⁉」


 エリンの黄色い悲鳴が路地に木霊し、大通りを行く人々が何事かと視線を向ける。

 

 しかし、今のエリンは他人の目などどうでも良く。自分の目にしか興味がなかった。


「すごい! キラキラしてないです! これなら町を歩いても気づかれない!」


「そうだとも! さあ、野暮ったいローブは脱ぎ捨て、この町で誰が一番美しいのか見せようではないか!」


「ちょ、お前ら、落ち」


 ヴァンが落ち着けというよりも早く、ルグはまたエリンの魔力を使い、エリンの灰色のローブを宙へと巻き上げると、ローブの下から純白のドレスが現れた。


 以前と同様に体のラインを見せるタイトなもので、大胆に胸元が開いており抜群のプロポーションをこれでもかと見せびらかしている。

 スカート丈は以前よりも短く、黒地の薄いタイツを履いている。


 旅の間見せてこなかった体を惜しげもなく日の下に晒し、ヒールの高いガラスの靴を履いた立ち姿は刺激が強いが、不思議とどこかの国の姫君のように高貴に映る。


 エリンは元魔王の国の姫だ。着こなせて当然であり、むしろ今までの地味な格好の方がおかしかった。トドメとばかりにルグは灰色の薔薇の髪飾りに姿を変え、エリンの黒髪に付いた。


「はぁ……ハ! フブェァ⁉」


 エリンの変身に一瞬見惚れていたヴァンだったが、正気を取り戻した瞬間に自分の頬を殴りつけ、その場に倒れ込んだ。


「や、やりすぎ! やりすぎですよ、ルグ⁉」


「ブラボー‼ これこそが星の至宝! さあ、世界がキミを待っている! 飛び出したまえ!」


「え、ああ、もう、どうとでもなれぇ!」


 興奮と動揺に呑まれたエリンとルグはヴァンの奇行を歯牙にもかけず、気絶している大男を飛び越え薄暗い路地から日の照らす大通りへと躍り出た。


「おお……」


 どこからともなく感嘆の声が聞こえた。それはエリンが足を進めるごとにさざ波のように広まっていき、大きな歓声となっていった。


 少し歩いただけでエリンの周りに人垣が出来たが、エリンが進むとその部分だけが人垣が割れてエリンの歩く道が生まれる。日の光はエリンを追い掛けるスポットライトのように動き、純白のドレスをこれでもかと煌めかせた。


 今までとは様変わりした光景に、エリンの表情が見たことのないほどに蕩け始める。その表情がまた、形容しがたい色気を放ち衆目を集めていた。


(こ、これはまずい。快感が、これまでに味わったことのない快感が来てます……!)


 瞳以外の素顔を晒して歩ける解放感と、良い意味で人の目を引けて承認欲求が満たされたことにより、エリンは体験したことのないフワフワとした夢見心地な気分を味わっていた。


 しかし、調子良く舞い上がっている時には得てして落とし穴が用意されているものだ。今回もその例に倣うことになる。


 スキップでもしているような軽やかな足取りで通りを進むエリンの横に一つ馬車が止まった。その馬車は見たこともないほどきめ細やかな装飾が施されていた。


 その馬車の扉が開き、中から一人の男が現れ、エリンの前へと歩み出た。


「お嬢さん。お名前は?」


「え、は、ルミネアと申します。あなたは?」


 名を聞かれて咄嗟に以前ヴァンに名乗った時と同じ名を口にする。名乗りながらエリンは瞠目していた。


 美しい男だ。幻想魔境の影響下にあるとはいえ、心に決めた男性がいるエリンでさえ、そう思わされた。


 透き通るような白い肌。細身でスラリと長い手足に、手の平で覆えてしまいそうなほど小さな顔。

 絹糸のような白色の髪は艶めいており、均整の取れた顔の中にルビィのような赤い瞳が嵌め込まれている。

 名作の絵画を見せられたような気分だ。


 そして、身に纏う濃密な魔力。只者ではないと一目でわかる。


「私はヘルディム。ヘルディム・ハイネア・クロフォード。魔王だ」


「は⁉」


「あなたの美を感じた。私を除き、この世界に貴女以上に美しいモノが存在するだろうか。私の言っていることがわかるね?」


 微笑みながら小首を傾げ、並の女性であれば魅力のあまり卒倒するような仕草で聞いてくるが、エリンには意味が分からず真似をするように首を傾げた。


「ハハッ、鈍いお嬢さんだ。私は今、私のモノになれと言ったのだよ」


 何を馬鹿な。そう一蹴しようとしたのに、ヘルディムが差し出した手の上にいつの間にか手を添えていた。


(え⁉)


 体が思うように動かず、声も出せない。まさか、これが美しいものが力を持つということの本当の意味か。この空間の中で最も美しい者に対しては絶対服従となってしまう。


 ヘルディムはこの世界で一番美しいのは自分だと言った。この世界の美の基準はヘルディムにある。ならばこの空間内でヘルディムに逆らうことは不可能。


 エリンはヘルディムの幻想魔境の真髄に思い至ったが、既に数手遅れていた。


「エリン⁉」


「ん? その灰色の薔薇は魔道具か? 珍しい物だが君には似合わないな」


 そう言ってヘルディムは髪飾りとなっていたルグを鷲掴みにし、道端に放り捨てた。


(ルグ⁉)


「さあ、行こう」


 ルグに駆け寄ろうとするも脚が動かず、ヘルディムに手を取られて馬車に乗せられた。


 エリンを乗せた馬車が走り出す。髪飾りから黒い宝石を嵌めた杖になったルグは道端に置き去りにされた。


「城でゆっくり楽しもう」


(このままじゃ! ルグ! 助けて!)


 置き去りにしてしまったルグに心の内で助けを乞いながら、エリンは城へと連れていかれた。


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