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第13話 龍の巣ってたぶん夏の季語

 天を突くように空へと高く伸びる塔。苔生し一部ひび割れた外壁から遥かな時の流れを感じさせる。


 その麓《ふもと》、未だ塔に踏み入れていない地点にて、エリンとヴァンの前には有翼の大きなトカゲが何匹も飛んでいた。地を這っているものもいる。


「焼き加減はウェルダンでいいか?」

「丸焦げでなければ構いません」

「よし、職人技を見せてやる」


 ヴァンが巨大な二振りの斧を構え、歯を見せながら一歩前に進み出た。


 幾つかの町を渡り国境を越え、変わらず荷馬車を走らせていたエリンは、視界の端に映った空へと伸びる塔を目撃した。その塔は雲の上にまで伸びている。


「ヴァン、あの塔について何か知っていますか?」

「随分昔から建っている。そのくらいのことしかわからんな」


 旅立ってから一カ月が経過した。今は大陸の中央付近にまで来ている。今はここから少し南西に向かった先にある、大陸の交易拠点となっている都市に向かっている道中だ。


「ちょっと気になりませんか?」

「行ってみるか」

「はい! ビリー、あの塔を目指してください。麓まで道が続いているか確かめながら行きますよ。いいですか?」


 エリンは雷馬に語りかけ、雷馬の方も一鳴きして答える。

 雷馬はエリンによってビリーと命名された。最初はビリビリと名付けようとしたところ、ルグとヴァンから安直すぎると待ったがかかり、ビリーに落ち着いた。


 道を選びながら塔の麓へと向かう途中、小さな村が見えた。エリンはそこに立ち寄り、塔のことについて村人に尋ねようと、最初に見つけた初老の男性に声を掛けた。


「もし。あちらの塔に行ってみたいのですが、道順や塔のことについて何か知りませんか?」


「旅人か。あの塔に行くのは今はやめてくれ。下手に刺激されると危ないんだ。というか、そんなにフードを被って前が見えるのか? 危ないぞ?」


「フードのことならご心配なく。十分に視界は確保しています。それで、あの塔には何かあるのですか?」


 エリンに問われた男性は塔を睨み、低い声音で語った。


「あの塔には竜が住みついている」

「二本足ですか? それとも四本以上?」

「二本だよ。一匹でも手こずるってのに、それが最近うじゃうじゃしてやがる。旅人に突っつかれて村まで飛んで来られたら堪ったもんじゃない」


 二本足と言うことはワイバーンだろう。伝承に謳われる龍やドラゴンと呼ばれる存在とは別種だ。

 エリンやヴァンであればワイバーンを狩るのは容易だ。しかし、彼らに止められているのに無理やり行く理由はない。


「あの塔が何のために建てられたかはわかるか?」

「い、いや、何のためにかはわからない。この村が出来た千年前には既にあったらしいから、それよりも前に作られたもののはずだ」


 荷台の幕を開けて姿を見せたヴァンの厳つい顔つきと筋骨隆々の肉体に、男性は狼狽えながらも質問に答えてくれた。が、内容としてはヴァンの話を少し補強した程度だった。


「引き返しましょうか?」

「……竜の襲撃に困っているのか?」

「まぁ、そうだな。時折、村の方に来るから手を焼いている」


 思いがけないヴァンの問いかけに、聞かれた男よりもエリンの方が驚きに目を丸くした。


「そうか。俺たちならば竜を狩るのは難しくない。どうだ、一つ依頼してみないか?」


「いや、それは、出来るなら是非ともお願いしたいが、見ての通りうちは小さな村だ。渡せるものなんてないぞ?」


「少しの水と食料、それと、そうだな、竜の肉を処理して渡してくれるか?」


 村長に確認すると言って男性はその場を離れた。


「すまんな。俺が勝手に決めてしまって」


「全然構いませんよ。元はわたくしが行ってみたいと言ったのですから。それよりも意外でした。ヴァンがあの塔にこだわるとは思いませんでしたよ」


「なんというか、ここまで来ると塔がとても大きく見えるだろ? それに千年以上前からある遺跡と言われると、無性に気になってな」


 語りながら聳え立つ塔を見つめるヴァンの瞳はいつになく煌めいて見えた。


「浪漫だ、エリン。ヴァンは未だ童心を忘れていない。純情で憧憬を追い続ける少年ハートの持ち主なのだ……あとヘタレ」


「過保護なうえに束縛している女々しい男がベラベラと。腹のうちを曝《さら》してから出直せ」


「小僧、覚悟しろ。いずれその羽虫の如き肝をぶち抜き、二度と舐めた口を利けなくしてやる」


「いつの間にか仲良くなりました?」


 ルグとヴァンの軽妙な?会話にエリンの心はほんのりと温まった。人のことを言えた口ではないが、ルグが自分に了解を取らずに人と話していることをエリンは嬉しく思った。


 その後、村長の許可を得て戻って来た男性に塔への道を教えてもらい、エリンたちは再び荷馬車を進めた。


 そうして、塔の麓に着いた二人を、聞いていた通り多数の竜が出迎えた。大きさはまちまちだが、一番小さいものでもヴァンの倍以上のサイズがある。


 どう見ても二人では対処不可能な数。軍隊を連れてきてやっと処理できようかというワイバーンの大軍を前に、エリンとヴァンの会話は常軌を逸していた。


「火竜だな。都合が良い。今回は俺にやらせてくれ。そろそろ運動しておかないと体が鈍りそうだ」


「では、わたくしは後ろでワイバーンが逃げないよう結界でも張っておきますね」


「おう。頼んだ」


 それで二人の立ち位置が定まった。闖入者《ちんにゅうしゃ》の登場に警戒を強めるワイバーンの群れに、二三言の軽口を交わしてからヴァンは踏み出した。


「ルグ、青」

「プライマリー・ブルー アクティベート」


 エリンは最適な状態に移行し、杖の先端の石を青く輝かせる。


「ディストーションバブル」


「オラァ‼」


 エリンの魔法が発動し、周囲一帯に半球状で透明な膜が出来上がる。それとほぼ同時に襲ってきたワイバーンに対し、ヴァンが炎を纏った斧を叩きつけた。


 ヴァンの振るった炎の刃は飛ぶ斬撃となり、炎を纏ったまま数匹のワイバーンを切り裂く。ヴァンは同じ攻撃を両手で繰り返し、一匹、また一匹と数を減らしていく。


「オラオラァ!」


 無数の炎の斬撃が宙を飛び、ワイバーンの命を刈り取っていくが、ヴァンはまだ余裕の表情を崩さず、ウォーミングアップをしているようだった。


 ヴァンの攻撃が続く中、それを躱して逃げ出そうとするワイバーンが何匹か現れる。その幸運なワイバーンたちが、エリンが魔法で創り出した膜に触れた。次の瞬間、膜の外に向かっていたはずのワイバーンたちは、膜の中央、ヴァンのいる場所に向けて飛翔していた。


 内から外に行こうとすると移動する方向が反転してしまう結界魔法。空間を歪めることで作り出した鳥籠だ。


 逃げたはずなのにヴァンの下に戻されたワイバーンたちが燃やされる。


 しかし、ワイバーンたちもただでやられるわけではない。口から火炎弾を吐きヴァンに浴びせかける。火炎弾が直撃してヴァンは動きを止めた。


 ヴァンの攻勢が収まった隙を見逃さず、今度はワイバーンたちがヴァンを焼き尽そうとあらゆる方向から火炎弾を放ち、炎の弾幕を受けてヴァンの体は猛火に包まれた。


 普通であれば焼死体が生まれるはずの状況。だが、炎の中の男は常識から外れた存在だった。


「良い温度だ。よく体が温まった。礼を言う」


 炎に包まれる中、ヴァンの額の角が赤熱し身を焦がすはずの炎を吸収していく。


「鬼人に炎は通じない。全てが糧になる」

「そういうことだ。これだけ数がいると面倒だ。ひさしぶりにやるか!」


 ヴァンの瞳が鋭利な光を灯す。両手の斧を地面に立てると、ヴァンの足元から炎の柱が立ち昇り、灼熱の障壁と化す。ワイバーンが障壁を越えようと近づくが、触れるよりも前に熱によって身を引いている。


「黒鉄《くろがね》の空。鉛の大地。遍《あまね》く命は錆と消える。突き立てよ、血肉の槍を。突き立てよ、魂魄の鉄杭を。赫怒《かくど》の焔は世界を溶かす。来たれ、地獄の劫火」


 炎の障壁内で行われたヴァンの詠唱が終わる。同時に炎の柱は消え去った。炎の中から現れたヴァンは緩やかに口を開き、終わりを告げた。


「幻想魔境《げんそうまきょう》・赫灼金剛尖土《かくしゃくこんごうせんど》」


 そして、それは世界を侵した。

 瞬きの内に景色が一変した。目の前に立つ塔が消えたわけでも、森が消えたわけでもない。それらは変わらずそこにある。変わったのは空と地だ。


 雲一つない空は黒く染まり、大地は草木を知らぬような鉛色に変わった。陽の消えた世界の中心に立つヴァンの体は炎を纏い、この場で唯一の光を放っている。


 魔法とは、自身が理想とする世界から特定の事象を引きずり出す行為。これはその究極。理想世界そのものを外部に出力し、現実を侵食している。


「やっぱり使えましたね」

「不思議はない」


 ヴァンの生み出した世界の中、エリンは箒で空に浮かびながらルグとともに観察していた。エリンとルグに驚きはない。ヴァンであれば使えて当然だ。そして、これでヴァンが名実ともに魔王に匹敵する戦力を有していることが確定した。


 この世界は、間違いなく魔王を殺し得る。


「一匹残らず仕留める約束だ。一瞬で終わらせてやろう」


 ヴァンが手を下から上に振り上げる。それだけで赤熱した槍や杭が地面から無数に飛び出し、ワイバーンたちの体に突き刺さって体を焦がしていく。


 それは全てのワイバーンが動きを止めるまで続き、最後の一匹を仕留めると同時にヴァンが生み出した世界は消え去り、元の景色に戻った。


「お疲れ様です。見事な手際でした」


「少し張り切りすぎたな。さ、ワイバーンを持って帰るぞ。ビリーを呼んで来てくれ」


「りょうかい」


 エリンは、額から汗を流して少しだけ疲労を滲ませているヴァンの指示に従い、近くに待機させたビリーを呼び、ワイバーンの死骸を幾つか荷台に乗せて村へと戻った。


 村で感謝とともに料理を振る舞われた後、また塔まで行って中を探索してみたが、これといった物は見つからず、しばらくして外に出た。


 エリンは塔の中に刻まれていた文字や龍の壁画とにらめっこしていたが、先に飽きてしまったヴァンが八時間耐久の末、遂に我慢の限界を迎えてエリンは引き摺られながら外に出された。


 心に浪漫はあれども、読めない文字と意味の分からない壁画に心を動かされる感性をヴァンは持ち合わせていなかった。


 名残惜しそうに塔を見上げるエリンを視界に入れないようにしながら、ヴァンはビリーを走らせ、元の進路へと戻っていった。


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