第12話 転職者続出⁉ 世はまさに大航海時代?
大きな仕事を終えてコルダの町に戻って来た一行は、フェムの館を訪れ報告を済ませた。
「ありがとうございます……!」
「いえ、わたくしの思い込みが原因ですので、感謝して頂くようなことではありません」
「元を辿れば噂を鵜呑みにしたあたしの責任だ。本当に申し訳ない」
目の端に涙を溜めて感謝を口にするフェムに、エリンとグロリアは深く頭を下げた。
「それに、あくまでも時間稼ぎです。一刻も早い魔王フランマ様の帰還を願います」
「ええ。それは私としても同じ思いです」
ひとまずすぐに侵攻されることがないとわかったフェムは安心したようで、息を深く吐きながら丸々とした体をソファに深く沈み込ませて天井を仰いだ。
「本当に魔王がこの大陸から離れているのか?」
「はい。間違いございません。配下も何名か引き連れているようです」
「フェムさんはどうして同行しなかったのですか?」
「私は建造魔法を使えますが、戦闘能力は皆無です。それに外には魔力がないと言うではありませんか。そのような環境で魔法をお役に立てる気がしませんでした」
フェムが魔王について行かなかった理由には納得できるが、そもそも魔王が大陸の外に行った理由に見当がつかない。外の大陸には大気中に魔力がないらしい。そんな環境で魔法を使うのはエリンでも不安になる。
ちなみに、コルダの町の壁やフェムの館は全て自分の魔法でコツコツと作ったものらしい。その話を聞いた時にエリンは、それはそれは深く頭を下げた。
「みんな揃いも揃って南下してるんだね」
「他にもいるのか?」
グロリアの呟きにヴァンが食いつく。ヴァンが聞いてきたことにグロリアは意外そうにしながらも答える。
「聞いてないのかい? ちょっと前に腕利きの傭兵が沢山雇われて南に向かったんだ。雇い先も数があるらしくて、どいつもコイツも目ん玉ギラつかせてたらしいよ」
「そいつらも海に出る気か? 海辺は外から襲撃を受けているだろ? 大丈夫なのか?」
「たぶん大丈夫じゃないから比較的渡航しやすいウィンザリオを目指してるんだろうね。あそこは外とかなり近いから、船に乗ってる時間は最小限に出来るだろ?」
「ウィンザリオですか?」
聞き流せない単語に思わず聞き返してしまう。それはエリンの目的地でもある場所だ。
「はい。もしかして、行くつもりですか?」
「そのつもりでいました。傭兵の方々は何か言っていませんでしたか? 目的など」
「あたしは傭兵じゃないし、噂で聞いただけなので特には」
「傭兵は依頼内容や雇い主に関しては口が堅い。腕が良い奴ほどその辺はしっかりしている。人の動きで噂は広まっても、目的までは聞こえてこなくても不思議じゃない」
ヴァンがこの話を知らなかったのは傭兵稼業から離れていたからだろう。それでもヴァンの実力であれば声を掛けて来そうなものだが、その辺りにも何か事情があるのかもしれない。
「まあ、それほど気にすることでもないだろ。俺たちの旅は急ぎじゃない。今回みたいな寄り道もまだするはずだ。ウィンザリオに着くまでに色々片付いているかもしれないだろ?」
「そうですね。目的地は変えずにマイペースに行きましょう。フェムさん、大変ご迷惑をおかけしました」
「いいえ。また町に寄ることがあれば是非お越しください……その、魔王様にはやはり内密に、でしょうか?」
「ええ。名も知らぬ旅人が何かしたらしい、その程度でお伝えください。実際、フェムさんはわたくしの名前を知らないでしょう? もしも、それで納得しなければ鬼人のヴァンの弟子がやったと伝えてくだされば、きっと納得するはずです」
ヴァンの方から抗議の視線が飛んできている気がするが無視である。エリンはこの旅の間、ヴァンを徹底的に隠れ蓑に使うことを決めている。
「わかりました。皆さま、この度はありがとうございました」
最後に再び頭を下げたフェムにエリンも同じ姿勢で応じ、フェムに見送られながら館を後にした。
高等区から出たエリンたちは、そのまま町の外へと続く門の前にまで来た。
エリンたちが門をくぐり町の外へと出た時、これまでヴァンとともに荷台に乗っていたグロリアが荷台から飛び降りた。それを感じ取ったエリンは荷馬車を止めて振り返る。
「あたしはここまでだ」
「一緒に来ないのですか?」
「二人の旅について行くのも楽しそうだけど、あたしには、あたしの仕事があるからね」
「今回みたいな無茶はするな。体には気をつけろよ」
「わかってる。心配し過ぎだよ」
ヴァンとグロリアは、ここで別れることがわかっていたように既に受け入れている。二人がそれで良いというなら、口を挟めることではない。
「さよなら、伝説の人。色々経験出来て楽しかったよ。ヴァン、帰りは真っ直ぐ帰って来いよ。ルグ、色々気を遣ってくれてありがとう。本当に助かったよ」
「ああ」
「グッドラック」
ヴァンとルグがそれぞれ短い言葉を残す。エリンは何か気の利いた言葉をグロリアへ送りたいと思ったが、上手い言葉が浮かばなかったので思っていることを素直に言うことにした。
「グロリアさん、ありがとうございました。わたくしもとても楽しかったです。またいつか会いに来ますね」
「楽しみにしてるよ。じゃあな!」
別れの挨拶に右手を高く上げたグロリアに応え右手を挙げた後、エリンは荷馬車をゆっくりと進ませた。
旅先で出来た友人は、姿が見えなくなるまで大きく手を振り続けてくれた。
コルダの町を出発してから次の町に着く前に夜になった。今夜は野営をすることに決め、荷馬車を止め荷台でエリンは眠りに就いていた。
そんな中、毛布に包まったまままだ眠っていなかったヴァンは、エリンが眠っているのを確認してから右手の親指と小指を立てて上下に振った。
「どうした、ヴァン。もうその合図は不要なはずだ」
「俺からも感謝をしておこうと思ってな。今回は世話になった」
「感謝されることではない。君とグロリアが夜な夜な何をしていようと私は構わない。が、初心な娘に聞かせられるものではなかった。それだけのことだ」
この喋るローブは防音機能まで有しているらしく、先程のハンドサインはエリンに聞かれたくない時にルグに音を殺すように伝えるためのサインだった。
「お前から提案しておいて良く言う。とにかく感謝する。グロリアが、このままエリンとの旅を続けることを許したのもお前がいるからだろう」
「私はエリンの矛であり盾だ。何人たりとも触れさせん。それがたとえ、君であってもだ」
「そんなことはしない。お前に誓おう。男と男の誓いだ。決して破ることはない」
ヴァンはエリンのローブを見つめながら、真剣な面持ちで宣言した。
「心配はしていない。君は相手から来ない限り手を出せない、所謂ヘタレだと了解している」
「こいつッ!」
「おっと、防音にも限度はある。声は出来る限り殺したまえ。昨夜までのように」
「……覚えておけよ」
ヴァンのドスの効いた声を最後に荷台は静けさを取り戻し、そのまま夜は更けていった。




