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第11話 七転び八起き、そろそろ膝と腰がヤバいので転びたくない

 フェムとの話を終えて宿に戻ったエリンは、ヴァンと先に戻っていたグロリアの前で正座していた。


「不可抗力でして……」


「すみません。あたしの調べが甘かったせいだ。こんなことになるなんて」


「やっちまったもんは仕方ない。それで、これからどうする?」


「どうしましょう……」


 大規模な戦闘を行えば正体を隠すのは難しくなってくる。ましてや、魔王が出てきてしまえばどう足掻いても力を抑えることが出来ない。


「私の予想では、今回の戦いに魔王が出てくることは考えにくい」


「その心は?」


「王としての矜持と実績だ」


「なるほど。たしかにそうですね」


 彼らは自分こそが最強であると自負しており、その名声を求めている。そのためには他の魔王を倒さなくては意味がない。故に敵に魔王がいないのであれば、それは無意味な戦いとなる。事実、この国の魔王が不在である好機に攻めずに彼らは対話での交渉をしている。


「では、向こうの魔王が交渉といいますか、脅してきた目的は?」


「暇つぶし。そう私は推測する」


 なんともはた迷惑な暇つぶしだと思いつつ、元来魔王とはそういう者だと納得もしてしまう。


 彼らが欲しいのは領土ではない。力だ。個人としての強さか、集団としての戦力かはそれぞれの考えによって違うが、彼らは常に最強の称号を求め競争している。


「本当に侵攻を開始しても、それは今後の戦の布石か。攻められたという事実があれば、魔王が帰還後に出張る可能性はある。そうなれば本格的な戦争だ」


「向こうの魔王は魔王同士で正面切って戦う理由を求めてるのか。逆に言えば、こっちの魔王が帰って来るまではお遊びってことだね」


「脅迫を仕掛けた時点で戦う理由としては十分ですし、部外者とはいえわたくしが叩きのめしてしまった彼のこともありますから、双方に攻めるだけの理由があります」


「そのうえで侵攻を止める手段は存在する。具体案を示そう」


 全員がルグの言葉に耳を傾ける。ルグの案を聞き終えた後、その作戦で行くことを決めた。


 作戦が決まってからの一行の行動は迅速だった。ルグの提案した作戦は時間との勝負だ。


 向かったのは隣国との国境線沿い。その辺りは乾燥地帯であり、川や湖などの水源もないため近辺に町はないらしい。


 幾つもの町を経由しながら移動すること六日後、目的の地点に辿り着いた。


「ここまで来ればいいでしょう」

「どういうつもりだ?」


 エリンはフェムの館で戦った二本角の男を連れてきていた。彼だけでなく、彼とともに国境を越えてきた仲間たちも引き連れていた。


「あとはお仲間の馬車に乗って帰ってください」


「なぜ解放する?」


「問題ないと判断したからです。ここまで拘束していたのは道中大人しくして頂きたいから。あなたを人質にすればお仲間は言うことを聞いてくれます。それも、ここまで来れば十分です」


 ここから先に町はない。彼らが暴れても民に被害が出ることはない。こちらの命を狙うならばその時は逆に命を奪うだけだ。


「もしも国に帰るつもりがないなら、この場で全員殺して死体をあなた方の国へ放り込みます。生きたまま渡るか、死んでから渡るか、選ばせてあげます」


「その選択肢で後者を選ぶ者がいるか?」


「情けを受けるくらいなら死んだ方がマシだ!などと言って命を捨てた方を何人か知っているので、いないわけではありませんよ?」


 誇りやプライドを重視する者は珍しくない。特に強さを追い求めた武人のような者に多い印象だ。

 目の前の男はそういったタイプではなく、合理的な思考で判断を下すのではないかと、男の話しぶりからエリンは予想した。


「貴様だけでも脅威だが、ヴァンも加わるとなると我々に勝ち目はない。大人しく従おう」


「ヴァンを知っていたのですね」


「当然だ。戦場に立つ者で知らぬ者はいないだろう。無敗の二大傭兵に迫った唯一の男。魔王に匹敵すると言われた鬼人。敵にしたくはない。貴様はヴァンの雇い主か?」


「いえ、弟子です。教えを受けながら武者修行の旅をしています」


 ヴァンが強いのはわかっていたが、やはり有名な傭兵だったようだ。その弟子であればある程度の強さに説得力があるだろう。出まかせだがそれなりに有効に働きそうだ。


「我々と戦うつもりか?」


「そんなつもりは毛頭ありませんのでご安心を。ほら、ささっと行ってくださいな」


 男はエリンの下を離れ仲間の馬車に乗り込み自国へと戻っていった。彼らが遠ざかっていくのをエリンは見続ける。


「本当に帰して良かったんですか?」


 荷台から顔を出したグロリアに問われ、エリンは頷く。


「あのままこちらに留まられても脅威になるだけでしょう。帰って報告して頂いて、あとはこちらの魔王が戻った時に好きにやってもらえばいいです」


 エリンの役目は魔王帰還までの時間稼ぎだ。そこまですれば今回の失態の分は返せるだろう。


「それに、早めに帰しておかないと何かあったと思われて兵を送られても面倒でしょう?」


「それはそうですね。それじゃあ、今から始めるんですね?」


「彼らの姿が見えなくなって、時間をおいてから始めます」


 話している間にも彼らは視界の彼方へと消えていこうとしている。もうしばらく待ってから行動を起こす。正体を隠すためには万が一にも見られるわけにはいかない。


「見えなくなりましたね。もう少し下がりましょう。幅は広いに越したことはありませんから」


 エリンは御者台に乗り荷馬車を動かして最適な地点へと移動する。


「遠見の魔法を使っても見えなくなりました。十分でしょう。では、始めます」


「これだけ待たせたんだ。面白いのを頼むぞ?」

「お任せください。度肝を抜いて差し上げます」


 御者台を降り、杖を手に一人で地に立ったエリン。


「ルグ、お願いします!」

「任せたまえ。プライマリー・ブルー アクティベート」


 杖の先端の色が白から青へと変化する。同時にエリンの瞳の色も青みが強くなる。

 エリンは杖を空に向ける。膨大な魔力がエリンの身に集まる。


「グレートフォール!」


 エリンが唱えると空に積乱雲のような分厚い雲が形成される。そして、そこから凄まじい量の水が大地に降り注いだ。


 それは雨と呼ぶには余りにも水量が多く、滝と形容するのが妥当な程であった。


 その水量に満足げに胸を反らすエリンに、ルグが珍しく焦ったような声音を発した。


「エリン! 手順が抜けている!」

「え、あ! 堰‼」

「おい、ヤバいぞ⁉」


 空に生まれた滝は地面に落ちると濁流となり、辺りに広まっていく。その勢いは氾濫した川のようであり、エリンたちが立っている場所にも轟音を引き連れ迫ってきていた。


「雷馬くん全力で引いてください!」


 御者台に乗っている余裕はない。エリンは荷台に飛び乗りながら声だけで雷馬を動かそうとする。主人の言葉の意味を察した雷馬は、紫電を纏いながら荷馬車を引き始めた。


「雷馬くん……!」


言語どころか種族も越えた意志疎通にエリンは胸を打たれ、雷馬に名前を付けることを決めた。急発進した荷馬車が壊れないように魔力で強化しつつ、エリンは迫る濁流を睨む。


「このあとは⁉」


「大丈夫! グラウンドインバートォ!」


 エリンはここ一番の気合を込めながら魔法を行使する。荷馬車の後方の大地にひびが入ったかと思うと、大地が音を立てながら横一文字に空へと浮かび上がった。


 縦幅は五〇メートル、奥行きは一〇〇メートルほどだが、横幅は視界に収まりきらない程に長大だ。


「ズラして置く!」


 空へと浮かび上がった大地が手前に動いてから地面に降ろされた。これで高さ五〇メートル、厚み一〇〇メートル程の長壁が完成した。その前方には全く同じサイズの溝まで出来ている。


「雷馬くん、ペースダウン。ルグ、これで、どうですか?」


 エリンは息を切らし、荷台に身を横たえながらルグに聞く。


「及第点だ。国境線はカバーできているだろう。ベストは堰のサイズを落とし弧の形に調整することだったが、手順を間違えたのでは仕方がない」


「ありがとう、ございます。流石に魔力を使い過ぎましたね。久しぶりのブルーは堪えます」


 プライマリー・ブルーは大規模な魔法を行使する時に使用する。一対多の戦闘の時には大いに活躍するが、規模が大きい分、魔力の消費が莫大だ。


一対一かつ近接火力特化のレッド、魔法行使に大幅な制限が掛かるが複雑なエネルギー操作が可能なグリーン。これにブルーを加えた三種がプライマリーの基本的な使い分けだ。


「これであの一帯はしばらく通れなくなるのか?」


「不可能ではないが、困難ではあるだろう。雨は次第に弱くなっていくが、しばらく降り続ける。防壁も作った。遊びで攻めるのが面倒になる程度の妨害は出来たはずだ」


 魔王がいつ帰還するかはわからないとのことだが、これで時間稼ぎは十分のはずだ。もしもこの壁が崩されるまでに魔王が帰らないのであれば、それはもう彼らの責任だ。


「あの水、他の町を巻き込んだりしないんですか?」


「調整はしています。あちらとの国境線までは若干の上り勾配になっていますので、濁流が国境を越えてむこう側へ流れ込むことはないはずです」


「エリンが焦って堰を大きく作ったこともあり、水が堰を越えて来ることはなく、横を抜けてくるほどの水量になることも考えにくい」


 魔力を空になる寸前まで使い込んだ甲斐があるというものだ。これでひとまずは役目を果たせただろう。


「疲れました。少し寝ようと思うので、あとはよろしくお願いします」


「ああ、最高のショーをありがとう」


「ゆっくり休んでください」


「ご苦労」


 各々から労いの言葉を受けながら、エリンは目を閉じ眠りに落ちた。その寝顔は、ここ数日で最も安らかであった。


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