第65話 放課後のカフェで
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翌朝はどんよりとした天気だった。こんな日は気持ちが何となく沈んでしまう。毎朝のように同じ準備をしていると、いつものようにクリスティーナ様が呼びに来た。
「おはようございます。レミリア様」
「お、おはようございます? クリスティーナ様」
昨日ほどの威圧感はない……ようだけれど。それでも、彼女の様子はいつもと違う。髪色、肌色を変えたエリク先生を『従兄』と言った事をまだ疑っているのだろうか。せっかく気の合う友人が出来たというのに、拗れるのは寂しいし、嫌だ。私もそんな事は望んでいない。全てを話せたらどれだけ良いのだろうと思うけれど、彼女がダリル王太子殿下の婚約者候補と言う立場にいる以上、話す事が出来ない。まあ、本人は候補から外れたいようだけれど。
クリスティーナ様の話を聞くと彼女以外の婚約者候補は、頭を悩ますような子爵令嬢だという。王太子殿下の婚約候補が子爵令嬢とはいかがなものか、と私でさえ思ってしまう。もう一人、国外に候補者に打診している令嬢がいるらしいけれど、そちらの令嬢からのお返事もまだらしい。この令嬢が子爵令嬢より真面であることを祈りたいわ。
「レミリア様……」
学院に行く途中で、クリスティーナ様が神妙な面持ちで私の名を呼ぶ。
「はい。どうかされましたか?」
「レミリア様は、好きな方はいらっしゃらないのですか?」
「へ?」
虚を突かれたように変な声が出る。唐突に何を言い出すのかと思った。
「いきなりどうされたのですか?」
「先日の貴女の従兄様の事が好き……ということは無いのですか?」
「いいえ、そんな事はありません。昨日もそう言ったじゃないですか」
「本当に?」
「本当です」
かなりしつこく聞かれる。どうしたのだろうか。
「クリスティーナ様、私は好意を寄せている男性は今、居りませんわ」
「では、何故……」
クリスティーナ様はそこまで言いかけて口を閉じた。私は小首を傾げる。彼女は何を言いかけたのだろうか。それを聞く前にクリスティーナ様からお誘いがあった。
「今日の放課後、カフェに行きませんか?」
「良いですよ」
クリスティーナ様は何か思い詰めていたようで、安堵の表情をした。
昼過ぎには今にも降りそうだったどんよりした天気から、とうとうポツポツと雨が降ってきた。一段と心が沈む。寂しい気持ちになったのか、父や母、兄は元気にしているだろうか、と考えてしまう。考えたところで、あの家族だ。賑やかに過ごしているだろう。
放課後にクリスティーナ様と約束をしてしまったので、昼休みにエリク先生を訪ねた。職員室まで行くと、エリク先生はモダンな花柄の鞄を手渡してくれた。
「この中に何種類か入っている。早く持って行ってくれ。ラルスからは『このまま渡してくれ』と言われていて……この歳で、この花柄は少々恥ずかしくてな」
エリク先生は苦笑した。女性が持つには何の抵抗もないけれど、流石に男性は歳に関係なく恥ずかしいだろう。
「先生、これはもしかして兄からの嫌がらせでしょうか?」
「だろうな。俺ばかり君に会えているのに腹が立つのだろう」
「ええ? でも先生にお願いしたのは兄ですよね?」
「そうだ。だが、やっぱり君に会えないのが悔しいんだろう。ラルスらしいよ」
なんて矛盾する事なんだろう。まあ、先生の言うように兄らしいと言えばそうだわ、と私は納得した。
放課後にはその雨は本格的に振り出した。カフェに行くのは辞めるのかと思ったけれど、クリスティーナ様がどうしても行きたいと言う。カフェは学院の敷地内にあり遠い場所にある訳でもない。仕方がなく、クリスティーナ様のあとをついていく。私も昨日の誘いを断った事もあり、今日の誘いを断りたくなかった。
傘をさしてカフェに向かう。傘は学院の物で、学院内にでは自由に使っていい物だった。独特の傘で、竹や木、紙などで作られている。この傘もドルーニア国には無い物で、ハンシェミント国の昔からの文化なんだとか。胴張りに使われる紙は、植物性油を塗って硬化し、防水効果も高めてあるらしい。傘を開くとフワッと竹の香りがした。
カフェに着くと傘を閉じ、傘立てに入れる。店内に入ると雨天のためか、中はシーンとしていて天井扇だけが静かな音を立て回っており、誰もいなかった。ただ一人以外を除いては。
「王太子殿下……」
何故、雨天の中、彼がいるのだろうか。それはたまたまなのか。それともクリスティーナ様を待っていたのか。
クリスティーナ様を待っていたのなら、私は邪魔になる。早々にこの場から退いた方が良いと思った。私が「帰ります」と言う前に、クリスティーナ様が口を開いた。
「それでは、私は離れた場所におりますので、お二人でお話をしてください」
「へ? ク、クリスティーナ様。そ、それはどういう意味でしょうか」
ダリル殿下が話をしたい相手は私ではないはず。クリスティーナ様と話をしたいはずだ。私は、慌てて彼の方を見た。
「ああ、クリスティーナ嬢。暫く席をはずしてくれ」
「かしこまりました。お二人だけにならないよう店内にはおりますので、ご安心ください」
何を根拠に安心できるのよ!? と心の中で叫んだ。
クリスティーナ様は窓際の離れた席に座り、窓の外を眺めている。二人は喧嘩でもしたのだろうか。
茫然と立ち尽くしている私にダリル殿下は「座ってくれないか」と苦笑しながら言った。私はクリスティーナ様の事が気になりつつもしぶしぶダリル殿下の向い側に座る。まだ注文はしていなかったが、座ると直ぐに店員はアップルジュースを三つ持ってきた。二つは私達のテーブルに、もう一つはクリスティーナ様のテーブルに置いていく。
「すまない。先に注文させてもらった。嫌い……ではなかったか、アップルジュース」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
私は気持ちが落ち着かず、クリスティーナ様の方に目が行く。ここに座るのは私でなくクリスティーナ様ではないのだろうか。
あ、もしかして……私、ダリル殿下に、王太子殿下に知らない間に何かやらかしてしまったとか?
頭の中で、数日間の事を辿る。けれどそれらしい事は無かった気がする。
「レミリア嬢と二人で話がしたくて、クリスティーナ嬢にお願いしたんだ」
ダリル殿下はそう言うと暫く沈黙が続く。居心地が悪すぎる。ダリル殿下はストローに口をつけ、ゴクゴクと数回飲んだ。私よりも彼の方が緊張しているように見えた。私も一口飲む。
然程、時間は経っていないだろう。時間にして1分ぐらいだったのかもしれない。だけど長い沈黙に感じた。
「レ、レミリア嬢……」
「は、はい」
ダリル殿下はようやく話を切り出した。
私は緊張のあまり声が裏返る。
「そ、その好きな人はいるのか?」
「はあ?」
間抜けな声が洩れてしまった。先程まで長く感じられた沈黙が続く緊張した空間の中、何の話かと思えば『好きな人はいるのか?』とダリル殿下は聞いてきたのだ。そして、つい先ほども同じことをクリスティーナ様に聞かれたことだ。この二人はどうしてそんなに私の恋愛事情に首を突っ込んでくるのだろうか。友人として気になるのだろうか。
「おりません」
「本当か?」
「本当です」
このやり取りをするのは今日で2回目だ。何故こんなことを聞いてくるのかが不思議だった。もしかしてダリルもクリスティーナ様と同様で、私が例の『従兄』の事が好きだと勘違いしているのだろうか。
そうだとしてもダリル殿下が気に留めるような事でもないはず。そんな事のために私の大切な友人、クリスティーナ嬢を使ってここに連れてこさせたのか。
「何故、そんな事を聞かれるのですか?」
二人だけになって話すことではない。私はダリル殿下を軽く睨み付ける。
ダリル殿下は深く深呼吸をした。そして、思いもしなかった事を彼は口にした。
「レミリア嬢……俺は、君の事が……好きなんだ」
ダリル殿下の緊張を乗せた言葉に、私は言葉を失った。
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