第64話 ダリルとクリスティーナの偵知2
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店員は顔を青くしながら、その万年筆が置いてある棚を案内してくれた。すんなり話してしまう店員もどうかと思うが、まあ、王太子の俺が質問していると言われれば、答えるしかないよな。クリスティーナ嬢も俺を口実に使わないでほしい。
クリスティーナ嬢はどうだ、と言わんばかりの得意げな顔になったのを見て俺は、額に片手を当て、溜息を吐いた。
「これですわね……あら、とても綺麗ですわ。これを誰かに贈ると言っておりましたか?」
俺も一本手に取った。紺色一色ではない、大理石のような模様になっていた。レミリア嬢がしていたように光に翳す。色が少し薄いためか、光を透かしキラキラと綺麗だった。これを見ながらレミリア嬢は何を想いあのような微笑みをしたのか。
店員は俺の顔をチラリと見る。クリスティーナ嬢の質問に答えようか迷っているようだった。
「申し訳ない。差支えが無ければ、教えてもらえないだろうか?」
「はい。友人に贈ると言っておりました」
俺の中では、もしかしたら家族に贈るものかもしれないと密かに思っていた。そうあってほしいという気持ちも心の片隅にあった。それが『友人に贈る』と言われ動揺し、咄嗟に変な事を聞いてしまった。
「それは……お……男、か?」
「そこまでは聞いておりません。ですが、その万年筆は男性用です。ラッピング用の袋は紺の3番、リボンは『瞳の色と同じ色にしますか?』と私は聞きました。婚約者様に贈られるのならその方が良いかと思ったのですが、『友人に渡すものなので、それらしいリボンでお願いします』とおっしゃったので、オレンジ色を提案させていただきました」
この店員も質問するところはちゃんと質問しているんだと感心した。リボンの色をオレンジにした理由を聞いて、俺は少し安堵する。
「これは、あの従兄に贈るのだろうか?」
クリスティーナ嬢は少し考え、俺に訊ねる。
「ダリル殿下は、私に花を贈ろうとすると何色をお選びになりますか?」
「それは、もちろんクリスティーナ嬢の色だな……」
「……」
「……」
昨日の見たあの男は青系の色は無かった。髪は緑系、瞳はグレー系だった。
じゃあ、別の男に贈るのか?
先程安堵した気持ちがまた、ジリジリと焦りに変わる。
本当に友人なのか? それとも……好きな人……なのか?
「あの従兄でもないですね。もちろん、ダリル殿下の色でもないですわ」
クリスティーナ嬢の言葉がグサリと心の奥に突き刺さる。一言多いんだよ。そんな事をいちいち言わなくても分かっている。
「必ずしも贈る人の色とは限らないだろう?」
苦し紛れのように自分で言い聞かせ納得するように、クリスティーナ嬢に言う。
「それはそうですね。17パーセントぐらいの確率で違う色かもしれません」
「……微妙な確率だな……」
根拠のない彼女の言う微妙な確率と共に、俺は万年筆を眺めながら気持ちも微妙になってしまった。
俺たちは店員にお礼を言い、外に出た。日が傾き始め、校舎や木々の陰が長くなり外は少し肌寒くなった。先程に比べると生徒の数も少なくなってきていた。
「ダリル殿下」
一歩下がって歩いていたクリスティーナ嬢は足を止め、俺を呼んだ。俺も足を止める。彼女の顔はいつにもなく真剣な表情だった。
「殿下は……本当にレミリア様の事が好きですか?」
「は、はい?」
彼女の迫力にたじろぐ。
「なぜ、そこで疑問符が付くようなお返事なのですか?」
「急にそんな事を聞くからだろう」
クリスティーナ嬢は少し呆れたようで軽く溜息を吐いた。
「では、ご自分の気持ちをレミリア様に告白をする意志はおありですか?」
「い、いきなりどうしたんだ?」
「おありですか?」
俺は暫く考えた。レミリア嬢に俺の気持ちを伝えたい。その気持ちはある。しかし、伝えてダメだった場合は……そんな事が頭に過る。
「殿下にその意志がないのなら……」
意思が無いのなら……どうするというのだ、クリスティーナ嬢は。
「私が! 告白いたします!!」
「はあ!?」
俺は頭のてっぺんから声が抜けるような声を出してしまった。彼女は何を言っているのだろうか。
「どこの馬の骨かも分からない、そんな人にレミリア様を取られるくらいなら私が告白して、誰にも渡しません!!」
俺は呆気に取られた。彼女たちは仲が良いとは思っていたが……いや、そんな事が出来るわけが無い。片や侯爵令嬢、片や伯爵令嬢。第一、そんなことは年頃の男どもが許さないし黙っていないだろう。レミリア嬢の気持ちはどうなる? とんでもないことを言い出すな。冗談だろう? 冗談だと言ってくれ……それとも本気なのか?
「そんなことはダメだ!」
冗談でも、本気でもそれはダメだ。
「じゃあ、どこの馬の骨かも分からない人にレミリア様を掻っ攫われても良いとおっしゃるのですか?」
案外と本気なのか? いや、本気でもそんなことはダメだ!
「……ダメだ。しかし、自分の気持ちを伝えて受け入れてもらえなかったらと思うと……」
「怖いのですか?」
「……」
自分でも情けないと思っている。相手は恋愛の話になると、顔を青ざめるレミリア嬢だ。そんなレミリア嬢に気持ちを伝えたとして、彼女はどんな感情を持ち、どんな表情をするのか。そう考えると……いざ、面と向かって自分の気持ちを伝えることがこんなにも怖いとは。こんな状態で気持ちをきちんと伝える事が出来るのだろうか。
「ご自分の気持ちを伝えないと、ずっと殿下が好意を持っている相手が私だと勘違いされたままですよ」
「それは……辛いな……」
なんとなくレミリア嬢の態度を見て、そう思われていると分かっていた。それは仕方がないというか、自業自得だ。好意が伝わるようにやんわりと曖昧な態度や言葉を口にして来た俺が悪い。はっきり言わなかったからだ。
「ダリル殿下、どうしますか? ご自分の気持ちを伝えますか?」
「……」
「女々しいですね。振られることを考えるからダメなのです! このままでは、『男』として見てもらえませんよ。異性として意識してほしいなら、伝えないとずっとこのままです」
クリスティーナ嬢は一旦ここで言葉を切った。彼女は藤色の髪を耳に掛け直し、空を見上げた。俺もその方向に目を向ける。
夕日が沈みかけ辺りは薄暗くなり、チカチカと瞬く星が見えた。そしてクリスティーナ嬢は話を続ける。
「この間は友人から始めて……と言いました。それはレミリア様のことを想えば、慌てずゆっくりと関係を深めていかれたら良かったのです……ですが、もうそんなことは言っていられないと感じております。ダリル殿下は伝えることを伝え、これから先は単なる友人としてではなく異性として見てもらえないかとお願いしてなければ、レミリア様の意識は変わらないかと思いますわ」
クリスティーナ嬢の苦渋の表情を浮かべる。俺は彼女の言う事が一番ベストとは思っていない。この表情をする彼女自身もそう思っているのだろう。しかし、言わないと伝わらない。レミリア嬢はそんな女性だ。
最近は本当に可愛い妹から厳しい姉にシフトチェンジしたクリスティーナ嬢だった。だから俺を応援してくれる彼女にも応えたい。
俺はやはり自分の気持ちを伝える決心をしなければならないと思った。あとは、どのように言えば彼女に伝わるかどうかだ。
「クリスティーナ嬢……レミリア嬢に俺の気持ちを伝えようと思う」
そう言うと彼女は、笑顔を取り繕った。
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