第63話 ダリルとクリスティーナの偵知
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「クリスティーナ嬢、寮に帰るんじゃなかったのか?」
俺はレミリア嬢が『寄りたいところがある』と聞いて、一緒に行こうとしたら『殿下、帰りますよ』とクリスティーナ嬢に無理やり襟元を引っ張られて連れていかれた。それなのにどうしてか現在俺たちはストーカー如く、レミリア嬢の後をつけている。
「しっ! 静かに、殿下。最近、レミリア様の様子が変なんです。授業中、ぼーっとしていたり、今日も他の事を考えているようだったわ」
それは、俺も気づいていた。時間さえあれば、いつもレミリア嬢を目で追っている。彼女の様子がおかしいと思っていた。だからと言って、監視をするような事をしなくてもいいのでは。
「それに、昨日のあの人……本当に従兄だったのかも怪しくないかしら?」
「それは俺も思ったが、だからと言って後をつけてどうする? 見つかったら何て言い訳をするんだ?」
木の陰やベンチの陰に隠れ、あとをつける。普通なら気付かれるレベルだ。だが、レミリア嬢は何かに気を取られているのか、考え事をしているのか、全くこちらに気付かない。
俺は気付かれないかハラハラしながらクリスティーナ嬢と二人で彼女のあとをつけていると、学院にある文房具店に入っていった。中に入ると目立つと思い、二人で窓の外からそっと覗き込んだ。
ふと、視線を感じ周りを見回すと、数人の生徒が俺たちを見てヒソヒソと話している。まるで不審者扱いのようだ。俺は冷や汗が流れる。
俺、一応この国の王太子なんだが……何故、こんなことをしているんだ?
「お、おい。クリスティーナ嬢。周りにいる生徒から怪しい目で見られてるぞ」
俺は周りを気にしながら、レミリア嬢の様子をじっと窓から見ているクリスティーナ嬢に話しかけた。
「そんな事、どうでもよろしくてよ。それより、レミリア様が男性用の万年筆を見ているわよ。どうするのかしら? 誰かに贈るものかしら?」
『そんな事、どうでもよろしくてよ』と言うクリスティーナ嬢の言葉を聞き流して良いものか迷った。いや、良くないだろう。この俺、王太子が生徒から怪しい目で見られているのだ。クリスティーナ嬢だって公爵令嬢だ。しかし……。
男性用の万年筆?
俺はそっちの方が気になった。クリスティーナ嬢と一緒にまた窓を覗き込む。ブラック、ブラウン……。多種多様な万年筆を手に取ってレミリア嬢は真剣な眼差しで選んでいた。時折、小首を傾げる。その姿がとても愛らしい……いや、今はそれを考えている場合では無い。普通、女の子ならもう少し可愛らしい色を使うだろう。どう見ても彼女自身が使う物には見えない。
レミリア嬢は目についた物から順に手に持って商品を選んでいた。そして一本の万年筆を手にして顔の表情が変わり、笑みが零れる。一目で分かる、これにしようと決めたらしい。遠くからでは紺色っぽい色しか見えない。しかし、その万年筆を彼女は光に翳し見ていた。そして清らかで優しく微笑む。まるで聖母のような微笑みだった。
その微笑みを見た瞬間、俺は固唾を呑んだ。あの微笑みは、俺の前ではまだ見たことがない。
あんな表情をさせる奴はどんな奴なんだ?
レミリア嬢は選んだ万年筆を店員にラッピングのお願いしているようだった。ラッピングの袋も紺色を選び、声は聞こえないが店員と何か会話をしていた。
「何を話しているのか気になりますわね。ラッピングも紺色なのでやっぱり、男性に贈られるようですわ」
クリスティーナ嬢の考えを聞いて、俺の胸がチクリと痛む。ジリジリと心の奥から嫉妬心が沸き上がってきた。モヤモヤとした自分の嫌な感情を落ち着かせようと堪えるが、感情のコントロールが難しい。そんな俺にクリスティーナ嬢は気づいたようだった。
「ダリル殿下、堪えてくださいませ。レミリア様が此処を出た後に、あの店員に何を話したか聞いてきましょう」
クリスティーナ嬢の瞳が鋭い視線で店員を見つめていた。彼女の行動力には脱帽する。王太子妃、将来は王妃に彼女は向いているのは明らかだ。しかし、どうしても兄妹のようにしか思えない。せめて、そう思えなかったら政略結婚でも受け入れられたのだろうと思った。
「クリスティーナ嬢、何故そんなに必死と言うか、自分の事では無いのにそんなに行動力が凄いんだ?」
俺は思っている事を素直に聞いた。しかし、彼女はそれが気に入らなかったようだった。
「ダリル殿下は私と婚約したいのでしょうか?」
クリスティーナ嬢は、仏頂面をして言う。
「い、いや……あ、クリスティーナ嬢が嫌だという意味ではない」
「そんな事は分かっています。私はダリル殿下が幸せになってほしいのです。殿下は将来この国を治めていかなければならないご身分です。結婚……政略結婚は仕方がないのかもしれませんが、重荷を背負う、そういったご身分です。結婚ぐらい自由にさせてあげたいのです。私は幼い頃からそう思っておりました……それに私だって憧れますわ。恋愛結婚!!」
俺は、はははと力なく笑う。最初は心に響く嬉しい事を言ってくれていると思っていたが、最後は『私だって憧れますわ。恋愛結婚!!』だと言う。結局は彼女も好きな人と一緒になりたいんだろう。それでも、俺にとっては頼れる姉のような、そして甘えさせてあげたくなる妹のような存在だ。クリスティーナ嬢が俺の幸せを思ってくれるのと同じように俺だって彼女には幸せになってほしいと思っている。
クリスティーナ嬢が俺の恋愛に協力してくれるのはありがたいが、一応彼女は侯爵令嬢。あまり妙な真似はさせたくない。
「あ、レミリア様が出てきます。ダリル殿下、隠れてください」
俺たちは慌てて木の陰に隠れた。レミリア嬢は店から出ると楽しそうにスキップして出て行った。俺とクリスティーナ嬢は顔を見合わせる。
「スキップまでしていたが、何か良い事でもあったのか?」
「購入された万年筆が余程、良かったのかもしれませんね……やっぱりお店に入って店員にお話を聞きましょう」
「お、おい……」
クリスティーナ嬢を止めようとしたが、止める前に店内に入って行ってしまった。俺は彼女を追いかけ、慌てて店内に入る。
俺は学院の文房具店には滅多に入らない。ある程度の文具は王宮から支給されるから、此処に来ることがない。じっくり見たことの無い店内に興味がわく。色鮮やかなペンやノート、女子生徒が好みそうなペンケースが多い。その中の一画が男性用の物になっていた。俺は、レミリア嬢が選んでいた場所へ行く。その間にクリスティーナ嬢が店員に話しかけていた。
「ねえ、さっきのシルバーブロンドの女子生徒は何を買って行ったの?」
彼女が言葉のトーンを強めて聞いたせいか、店員の女性はクリっとした瞳を一段と見開いて驚いていた。
「も、申し訳ございません。そういう事はお話出来ないので……」
店員は頭を下げる。確かにいろいろと話してしまうと、プライバシーの問題になってしまうよな。すごく気になるけど仕方がないし、店員に迷惑をかけることも出来ない。諦めてその場を離れようとしたら、クリスティーナ嬢に襟元を思いっきり引っ張られた。
「……っうぐ!」
首が絞まるような感覚になり、声にならない声を出す。
何故、最近そこを引っ張る……俺を殺す気か!?
「ダリル王太子殿下が質問をされていますのよ? 答えてくれても良いんじゃなくて?」
おい、おい! 俺は聞いていない! 暴走しすぎだ! クリスティーナ嬢! と心の中で叫ぶ。
店員の女性は、俺を見るなり顔が青くなり、慌ててまた頭を下げた。
「も、申し訳ございません。王太子殿下が居られるとは気づきませんでした。失礼をいたしました……先程の女子生徒は、あちらの万年筆を購入しました」
俺が王太子だと分かると、店員はあっさり答えてくれた。
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