第62話 初めての選びもの
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長く感じた今日の一日の授業が終わり、クリスティーナ様とダリル殿下が一緒に寮まで帰ろうと誘ってきた。
この二人は本当に仲が良いわよね。
いつも二人で一緒にいる事が多いのに、私まで誘わなくても良いのではないかと思ってしまう。お邪魔じゃないかと思ってしまう。
「私、ちょっと寄りたいところがあるので、どうぞお先にお帰りになってください」
私は2人の誘いを断る。もちろん、寄りたいところもある。
「じゃあ、俺も一緒に」
「は?」
何故か私と一緒に行くと言い出したダリル殿下の襟元をクリスティーナ様が引っ張った。
「クリスティーナ嬢?」
「ダリル殿下は私と帰りましょう」
「あ、いや、俺は……」
抵抗しようとするダリル殿下にクリスティーナ様は無表情のまま冷たい視線を送る。その表情にダリル殿下の顔が強張った。
「ク、クリスティーナ嬢……その表情は辞めてくれ。怖いぞ」
「殿下、私と帰りましょう」
無表情が怖いと言われ、今度はニコリと微笑むクリスティーナ様。でも、その微笑みも悪意があるようで怖い。これ以上はダメだろうと判断したのか、ダリル殿下も慌てて首を縦にコクコクと振った。何か不安を感じつつもクリスティーナ様とダリル殿下が先に帰ってくれることに、私はホッとした。
私は二人に見送られ、学院内で文房具が売っているところに向かう。
ここも学院の建物に合わせて赤レンガで造られたものだった。扉を開け中に入ると、目の前に広がるのは多種多様、色鮮やかなノートやペンなどの文具が置いてあった。中には少し高価そうな革のペンケースなどもあり、微かに革の香りが漂っていた。
私はペンを見て回る。万年筆を見つけ、値段を確認した。銀貨1枚。少し高めだけれど、この値段なら買える。色も豊富で悩んでしまう。一本一本手に取って見つめる。女の子に贈るなら明るめの可愛らしい物が良いのだけれど、いざ、男の子に贈るとなると、どういうものがいいのか分からない。
「ブラック? ブラウン? シックなデザインも良いけれど、落ち着きがありすぎるかも?」
黒や茶色に金の金具が付いている。父ぐらいの年の男性が使う者なら良いのかもしれないけれど、同年代の男の子にしては、ちょっと渋めのデザインかもしれない。
「難しいわ……」
クリフ様もあの花を選ぶときもこんな風に悩んだのだろうか。どんなものが好きなのか、好きな色は何色なのか、お互い何も知らなかったんだわ。
うーんと唸りながら何本か手に取って見ていくと、紺色と黄色みかかった白色、乳白色が目に留まった。全体に半透明の細かい紺色と乳白色が石模様になっており、紺色が混ざった大理石のように見える。光にかざすとキラキラとその光を僅かに透かし、星のように輝く。
「綺麗……。これが良いかもしれない」
それを手にし店員の所に行く。
「ラッピングもお願いしても良いですか?」
「はい。かしこまりました。包装は紙にいたしますか? それとも、袋にいたしますか?」
レンガ色に似た髪色でくりっとした瞳の女性店員は壁に飾ってあるラッピングの見本を指さす。そこにも多種多様のラッピングが飾ってあった。私は万年筆と同じ色の紺の袋、3と書いてあるものに目が行く。
「あの3と書いてある袋でお願いします」
「はい。かしこまりました。リボンの色はどうされます? 貴方の瞳と同じ紫に似た色にしますか?」
「へ?」
店員の質問に気の抜けた声がでた。それは何とも情けない声だった。店員の方が目を丸くしていた。
「失礼いたしました。真剣に悩んでおられたので、もしかしたらご婚約者様への送りものかと思いまして……申し訳ございません。違う色にされますか?」
急に恥ずかしくなって顔が赤くなる。私自身あまり何も考えずにいた。ただ、友人としてお返しをしたかっただけ。けれど、他人から見たらそうでもないのだと気づく。
「い、いえ。大丈夫です。あの……友人に渡すものなので、それらしいリボンでお願いします」
「はい。かしこまりました。それでしたらオレンジ系の色はどうですか? 元気が出る色なんですよ」
見本で見せてもらった色はパステルカラーのオレンジだった。綺麗なオレンジ色だったので、その色のリボンにしてもらった。
「少々お待ちください」と女性店員は素早く器用に花の形をしたフラワーリボンを作り、袋に付けてくれた。
暗めの紺色の袋にオレンジのリボンがとても綺麗に映える。
「はい。どうぞ。とても真剣な顔をして選んでいらっしゃたので、気に入ってもらえると良いですね」
出来上がった物を手提げ袋に入れてくれて手渡された。そんなに真剣な顔をしていたのかしら、と恥ずかしくなる。
「ありがとうございます」
袋を受け取ると、大きなミッションをクリアし、肩の荷が下りたような気分だった。私は店を出るとスキップして寮に帰った。木の陰から一組の男女がこちらをじっと見ている事など気にもとめずに。
部屋に戻ってくると買ってきたものを机の上に置いた。買ったもののいつ渡そうか考える。渡せるのは学院の休みの時だけ。次の休みは4日後。もしかすると、クリスティーナ様からのお誘いがあるかもしれない。続けてお断りするのも気が引ける。
「うーん……まあ、慌てなくても良いわよね。別に腐るものでもないし……」
慌てないけれど、出来るだけ早く渡したいという気持ちもある。そして一人で行っていいものかと悩んだ。兄に報告義務があるエリク先生に一緒に来てもらった方が良いのかもしれない。クリフ様と友人になったからと言って、やはり異性と二人で会うのは少々怖い。今のクリフ様が私に何かするという事は考えられない。完全に信用したわけでもないけれど、彼が私に何かしてきたら、きっと人間不信になってしまう。
それに、二人だけ会っているところを誰かに見られるのも、何か言われるかもしれないという怖さもあった。前回はエリク先生は変装に髪と肌色を変えてきたけれど、それでもクリスティーナ様たちに見られ「誰!? 誰なの!?」と訊かれた。
「ああ、そうだわ。私の髪色を変えればいいんだわ。でもこれ以上、変えると髪が傷むかもしえないわね」
私は鏡を見ながら自分の髪を摘まんでみる。ウィッグを着けるのも良いかもしれない。でも、今は持っていないし街に買いに行かなければならない。どうしたものかと悩む。この先ウィッグは何種類かあっても良いものだろうと思った。
「ウィッグなら、あるぞ」
エリク先生に相談すると、兄から預かっているという。兄はこれ以上私の髪が傷むのが嫌らしく色を変えたくないらしい。過保護な兄だ。
「え? どうしてお兄様が?」
「困る事があれば渡してほしい、と言われてな」
困る事があれば? 事前にこういう事が起きると兄は想定していたということかしら。エリク先生の事といい、ウィッグの事といい、本当に兄には感謝しかないわ。
「明日、持ってくるから帰る時にでも私の所に寄ってくれ」
「はい、ありがとうございます……」
「他にまだ何か心配事でもあるのか? 元気がないようだが」
私は先日、メイナード殿下とルッツ様、あの二人に道ですれ違ったことを伝えた。髪色と眼鏡をしていたから瞳の色も違って見えたはずだから、私がエミーリアだとばれていないはず、と伝えた。
「そうか、メイナードが近くまで来たのか。大丈夫か?」
私が不安そうな表情をしていたからなのか、エリク先生は心配そうに顔を覗き込んできた。私はメイナードの事が嫌いなわけでもない。当然、好きでもない。ただ……恋愛とか婚約とか、そういうものあるから、嫌なんだと思う。なによりあの執着が怖い。
「大丈夫です。エリク先生、また何かあったら相談しに来ても良いでしょうか」
「ああ、構わないよ。私はそのためにいるんだから」
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