第66話 無理です!
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聞いてはいけない言葉を聞いてしまったような……。
そして私の思考もついてこない。ついてこないと言うより止まってしまって、それが深い沼にでも沈んでいくような感覚になる。ついでに言えば、呼吸をすることを忘れるほど衝撃な言葉だった。
「レミリア嬢?」
短い沈黙の中、向かい側に座るダリルに呼ばれて、私は止まっていた呼吸を浅くし始めた。沈んでいた思考が少しづつ浮上し、呟く。
「え? 今……なんて……」
驚きの余り、私の呟いた声は掠れていた。
今、なんて言ったの? 誰が誰の事が好き?
聞き間違いでなければ、ダリル殿下が私を好きだと、そう聞こえた。聞き間違いであってほしい。何かの間違い……よね。
「俺は、君のことが……好きなんだ」
ダリル殿下は緊張した面持ちで、もう一度、同じことを言った。二度目の言葉で私の思考は正常に動き出し、意識がはっきりする。
聞き間違いでないと分かった私は「はあ!?」と素っ頓狂な声を張り上げた。
「冗談……冗談ですよね!?」
「冗談なんかじゃない! レミリア嬢、婚約者候補ではなく、婚約者になってほしい。君は……ちゃんと気持ちを伝えないと気付いてくれないだろ。照れ隠しで言っても冗談としか受け取ってくれないし……これだけ面を向かって真剣に伝えても、まだ冗談として取られてしまう」
真剣な眼差しでダリル殿下は私を見て言う。いや、そこは冗談と言ってほしい。冗談だと言ってくれ……。再び止まりそうになる思考と意識を必死でつなぎ止め、私はダリル殿下に言った。
「だ、だって、王太子殿下は……クリスティーナ様のことがお好きじゃなかったのですか?」
クリスティーナ様は婚約者候補を辞めたがっていることは知っていたけれど、あんなに仲が良いのだ。ダリル殿下は少なからずクリスティーナ様ののことを想っていると私は思っていたのだ。けれど、私の言葉にダリル殿下は苦笑した。
「ははは、クリスティーナ嬢のことは、本当に兄妹のようにしか思っていないんだ。言わなかったっけ?」
クリスティーナ様とそんな話をしたことは覚えているけれど、ダリル殿下とそんな会話をしたかどうかも覚えていないし記憶にない。していないような気もする。しかも、王太子殿下の婚約者ってそのまま結婚したら次期王妃だよね?
「無理無理無理無理。無理です!!」
考えただけでも血の気が引いていく。そんな恐ろしい役目なんて御免だわ。私の知っている限りでは、クリスティーナ様に申し訳ないと思うけれど、その役目は彼女が一番適役だ。
「レミリア嬢がこの学院に入学した時、初めて会った時から気になっていた。ただ、友人……いや、それ以上の関係になれたらと思っていた。伯爵令嬢の君なら政略結婚でも何の問題もない。こんな事を言ってはいけないんだろうが、クリスティーナ嬢以外の今の俺の婚約候補者二人は子爵令嬢だ。性格も王妃の器じゃない……いや、俺の事情なんかどうでも良い。ただ君が好きなんだ。友人とかじゃなく……だから、俺を異性として見てほしい……」
ダリル殿下が『政略結婚』と言った言葉に私の頭はまた混乱する。『政略結婚』と持ち出されたら自分の逃げ道が無くなる。それに……私は偽名を使っていることもバレてしまう。
私の混乱した頭では、それ以降の彼が続けて言っている言葉の半分以上が頭に入ってこない。私は婚約者になりたくてこの国に来たわけではない。学びに来たんだよ。ドルーニア国の第二王子メイナード殿下と婚約したくなくて半分逃げてきたようなものだけど。なのにどうしてこの国の王太子殿下と婚約しなくてはならないのよ。私の自由はどうなるのよ。兎に角、婚約、結婚は無理だ。断らなければ……。
「ご、ごめんなさい……わ、私は、婚約、結婚の事は今はまだ考えられません」
もっとちゃんとした断り方があるだろうに、思っている事をそのままダリルに伝えてしまった。
「今はまだ考えられないんだね?」
ダリル殿下の一言にブルリと震えた。やはり言葉を間違ってしまった、私はそんな気がした。一方ダリル殿下は、緊張がほぐれ余裕が出てきたのか普段の口調に戻っていく。
「それじゃ、待つから。待つからさ……」
待つからなんだっていうのよ! そんなの待たなくていいから!!
私は冷や汗を流しながら、心の中で叫ぶ。
「俺と付き合ってよ」
「へ? 何処か行きたいところがあるのですか?」
私は付き合ってくれと言われ、何処か行きたいとこがあるのだろうと思い尋ねた。的外れな事を言ったつもりは無いのだけれど、ダリル殿下は、「ははは」と屈託の無い笑顔をする。
「やっぱり、レミリア嬢だ。トンチンカンな事を言い出すね。それでもレミリア嬢とはいろんな所に行きたいからデートしないか?」
『付き合ってよ』ってまさか男女の『付き合う』と言う事なの?
ダリル殿下は嬉しそうな顔をして私を見る。まだ、私はデートの約束をした訳でもない。なのにどうしてそんな頬が緩みっぱなしの表情をするのよ。私は、クリスティーナ様の方を見た。彼女なら何かしら助け舟を出してくれるんじゃないかと思ったからだ。けれど、その期待もすぐに消えた。彼女は……胸の前で両手を組み瞳を輝かせ、うんうんと頷いていた。
ダメだわ、これは。助けてもらえない……私は溜息を一つ零した。
「友人として数人と行くなら構いません」
「二人だけではだダメなのか?」
ダリル殿下はしょぼくれた子犬のような表情を見せる。そんな顔を見せられても、無理なもの無理。第一、王太子殿下だよ。将来国王だよ。そんな雲の上のような人と一緒に街を二人で歩いていたら何を言われるか、私が堪ったもんじゃない。それに、二人と言っても、ちゃんと護衛が付くだろうし。ダメというよりは……。
「無理です!」
ここははっきり言っておかなければいけないわよね。留学の当初の目的から外れるし、二人なんて無理。
絶対無理!!
「そうか、無理か……でも、クリスティーナ嬢やカノン嬢がいたら良いんだよね?」
ダリル殿下は、口角を上げ何か企んでいる顔をして私の大好きな友人の名前を出す。彼女たちとお出かけをすることになると、9割はもれなく彼はついてくるだろう。
「ゆ、友人としてですよ……わ、分かってますか?」
「ああ、分かってるよ。俺を異性として意識してくれるんだろう?」
「…………い、異性の友人です……」
ダリル殿下は満面の笑みを浮かべている。花が舞っているように見える。私といえば異性、異性と何度も言われるとほんのり顔が熱くなり顔を隠すように下を向いた。その様子を見ていたダリル殿下は、首を傾げ私の顔を少し覗き込んできた。
「どうしたんだい? ……っ!! レ、レミリア嬢の顔が……赤い?」
目を見開き、驚きの表情を見せるダリルに、私は恥ずかしくて両手で赤くなる顔を隠した。
「隠さないで、もっと見せて。俺を意識してくれて赤くなってくれてる?」
「ち……違います!!」
必死に否定するが、それでもダリル殿下は「嬉しい……」と微笑み呟く。何を勘違いして嬉しいのか、私は別に意識しているわけでもない。けれど、どんどん顔が火照るように熱くなる。頬に両手を当てると熱が伝わってくる。
熱すぎるわ、きっと真っ赤になってる。
「い、意識しているわけではあ、ありません!! 恥ずかしいだけです!!」
顔を真っ赤にして私はダリル殿下を睨み言い放つ。けれど彼には、私が睨みつけたところで怯むわけでもない。それどころか、逆に歓喜する。
「クリスティーナ嬢、見てくれ!! レミリア嬢の顔が真っ赤だ!! 可愛い!!」
ダリル殿下は頬を赤らめ喜色満面で言った。
「はあ!!!?」
私は思いっきり素っ頓狂な声を上げた。
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