第60話 小さな喜び
拙作ですが、よろしくお願いします(#^.^#)
エリク先生が冗談を言っていると分かっているけれどそれを聞いて、自分でも狼狽えているのが分かる。
私は恐る恐るクリフ様をチラリと見た。彼もこの世の終わりの世界でも見たかのような血の気の引いた顔をしていた。本当にとんでもない事を言い出す先生だ。
「ははは、冗談だよ、クリフ。エミーリア嬢の言う通りだ。たまたまだよ。心配するな、彼女は妹みたいなものだよ。恋愛対象ではない」
クリフ様はエリク先生の『冗談だ』という言葉を聞いて、「良かった」と呟き、力が抜けるようにヘナヘナと座り込んだ。
「ねえ、クリフ様。大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
クリフ様は私にそう答え、「本当に良かった。先生が相手だと勝てない気がして……」と呟く。
「何が?」
気が抜けて座り込んでいるクリフ様に聞き直した。
「ううん、何でもないよ。エミーリア、俺もうそろそろ仕事に戻らないと行けないんだ。また手紙を出すよ」
クリフ様は立ち上がるとニコリと微笑した。
以前は冷めた表情しかなかったクリフだったけれど、今日は表情をコロコロと変える。まあ、私もそうなのかもしれないけど。今までがお互い無関心だったのだろう。クリフ様はどうか分からないけれど、私は彼に対して憎いとか、何かしらの感情を持っていなかった。それが関心を持つ友人になっただけ。
「うん、分かったわ。クリフ様、今日は会えて良かったです。お花もありがとうございます」
会う前のあのモヤモヤ感はすっかり消え、私も素直な気持ちをクリフ様に伝える事が出来た。
「こっちこそ、会ってくれてありがとう」と彼も顔を赤らめ言った。
「じゃあ先生、帰りましょう」
先程のクリフ様の言った『先生が相手だと勝てない気がして』の意味を聞けないまま、私は眼鏡を掛け、部屋から出た。フロントの所まで来ると、支配人が待っていた。支配人にお礼を伝えると、私の持っているスターチスの花束を見て微笑む。そして、「クリフがここに来た時、その花束を大事に持っていたんですよ」と教えてくれた。
私は、頬が少し熱くなるのを感じた。もう一度花束を見る。未だに想像できないけれど、この花束をクリフ様が私のために選んで買ってくれたことにじんわりと心が温かくなった。
「エミーリア嬢、良かったな」
「え?」
「凄く嬉しそうな顔してたぞ」
エリク先生にそう言われ、私は虚を突かれたように目を丸くした。そしてじわりじわりと頬が熱くなる。自分の手で頬を触っても熱いのが分かった。少し恥ずかしいという気持ちになる。
私たちは支配人に挨拶しホテルの外に出た。まだ熱く赤く染まった頬をそっと触りながら歩く。
「エリク先生。今日は本当にありがとうございます。少し肩の荷が下りたというか、気持ちが楽になりました」
「それは良かった。ラルスも心配していると思うが、報告はしても良いかい?」
先生は私の身の周りで起きた事を報告するためにここにいるのだ。報告しないわけにはいかないのだろう。その報告を怠ると、兄は怖いんだろうなあ。きっと。
「はい、構いません。報告しないと先生が危険な目に合うかもしれませんし。でも、クリフ様とお友達になったと言ったらお兄様はどんな反応をされるでしょうか? なんだかそっちの反応が怖いです」
「そ、そうだな。考えるとそうだな。伝えるべきか、伝えないべきか……ああ、しかし後から知られるのももっと危険かもしれない……」
「先生も大変ですね」
私の絡みの事だけに申し訳ないという気持ちもあったけれど、何故、こんな事を兄から頼まれたのか、何故断らなかったのだろうと不思議だった。
「エリク先生はどうして兄からの頼み事を聞いたのですか? 断っても良かったんじゃ……」
「断ったらそれこそ何をされるか分からないよ。それに、私にも遠く離れた祖国にかわいい妹がいる。レミリア嬢と同い年だから、他人事だと思えないんだよ」
「そうなんですか……先生の祖国ってどこなんですか?」
私はエリク先生の祖国がどこなのか、気になった。けれど先生は「それは……言えないな」と教えてくれなかった。
「言えないんですか?」
「さあ、この話は終わりだ。レミリア嬢、これから寮に帰るのか?」
「はい」
先生らしくない。強制的に話を終わらせられた。知られたくない祖国なのだろうか?
「一人で大丈夫か? 送って行こうか?」
「まだ明るいですし、大丈夫です」
「そっか、気を付けて帰るんだぞ」
「はい、今日はありがとうございました」
いくら先生が髪色と肌色を変えていても、分かる人には分かるのかもしれない。だから、分かる人に見られると困る。これ以上エリク先生と一緒にいるのはまずい。
私は先生に挨拶してと寮に向かって歩く。手に持った花をもう一度見る。何だか心がくすぐったい、そんな気持ちになった。もう少しで寮に着くという所で、二人の少年が前方から歩いてくるのが見え、足が止まった。
「……ま、まさか」
金色の髪とシルバーの髪色の二人。シルバーの髪色の人は剣を腰に下げている。身に覚えのある二人だ。会いたくないメイナード殿下と側近のルッツ様だ。二人の姿に私は固唾を飲んだ。
この国に来ているとエリク先生から聞いていたけれど、まさかこんな所で会うとは思いもしなかった。ここで変に狼狽えれば怪しまれてしまうかもしれない。今は髪色を変え、眼鏡もして瞳の色が違うように見えているのだから大丈夫。焦らず、心の中で『大丈夫、大丈夫』と言い聞かせ、何事も無いように通り過ぎる。通り過ぎると同時に側近のルッツ様の視線を感じ、ゾクリと震えた。
気づかれた!?
けれど、彼らは私の後を追いかけてく様子はなかった。何事も無かったように寮の玄関まで来ると、そのまま自室に入る。緊張が解けたのか足の力が抜け座り込んだ。
「あああああああ、びっくりしたああ!」
メイナードは完全に気付いていないようだった。けれどルッツの視線が気になった。追いかけられていないから気のせいかもしれないけれど。
私はゆっくり立ち上がり、スカートの裾をパタパタと払った。そして使わないグラスを取り出し、そこにドライフラワーになった紫のスターチスの花束を入れ、勉強机に飾る。自分でお茶を入れ、その机に頬杖をついて花束を眺めた。
『凄く嬉しそうな顔してたぞ』
エリク先生に言われたことを思いだした。クリフ様が自分のために選んで買ってくれた花だ。クリフ様が選んだから嬉しいとかではない。誰かが私のために選んでくれたことが嬉しかった。でも、『凄く』が付くほど嬉しそうな顔をしていたのだろうか。自分では全く気が付かなかった。
婚約していた頃は全く贈り物など受け取ったことも無かったけれど、贈ったこともない。いざ貰うとそんな事を考えていたらふと、自分もクリフ様に何かお返しをした方が良いのだろうかと考えた。友達になったのだから、お返しをしても変ではないだろう。けれど今までそんな事をして来たことが無いから一体どんなものをお返ししたらいいのかしら。
「何か良いものはないかしら?」
学生の身の私では、高価な物をお返しすることは出来ない。私は首を捻った。どんな物を贈ったら喜んでもらえるのだろうか。こういう事はクリスティーナ様に聞くのが一番かと思ったけれど、私の危険だとサイレンが頭の中で鳴り響く。誰に贈るのか、何故贈るのか。クリスティーナ様が聞いてこなくてもダリル殿下から追い詰められるほど聞かれるような気がした。何故、そう思ったのか分からないけれど、私の勘がそう知らせる。
うーんと唸りながら考える。そういえば、と思い出す。兄の誕生日に万年筆をプレゼントしたことがあった。高価な万年筆は無理だけれど、普段使いの安価な万年筆なら良いかもしれない。この学院にも文房具や筆記用具の売店があると聞いた。明日の学院が終わった後にでも見に行ってみようかな。
「お手頃な物があればいいな」
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