第59話 小さな花束
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「ごめん、エミーリア!」
足元のブラウンの絨毯に頭を付けて土下座をするクリフ様の姿を見て、以前にもこんな事があったなあ、と思い出してしまった。
あの時は、ルピナス侯爵だったわね。
クリフ様の婚約破棄宣言を取消にしてくれと必死に土下座をしていた。懐かしい。あの時は破棄されて私はスキップして喜んでいたんだわ。まだそんなに日が経っていないのに、遠い昔のように思えた。
「俺! 10年間、婚約者だったのに何もしてこなかった! 本当にごめんなさい!」
クリフ様は頭を下げたまま私に謝る。彼の父親、ルピナス侯爵と同じ事をしているクリフ様に、私は彼の前にしゃがみ込んだ。出来るだけ目線の高さが同じになるように。
今のクリフ様を見ていると、ここまで人は変わることが出来るのだろうかとさえ思えてくる。以前のクリフ様からは想像も出来ない。そして先日の偶然会った時の彼の態度を見ていたから、強気なことなど何も言えなかった。私だって何もしてこなかったのだから。
「ねえ、もう良いよ。終わった事だし……私だって、クリフ様に寄り添わなかった。お互い様だから、もう良いのよ……私の方こそごめんなさい」
クリフ様は顔をはっと上げる。同じ高さの目線で目が合うと、彼はぶわっと顔を真っ赤に染め、数秒固まった。私はその反応に驚くと、彼はもう一度「ご、ごめんなさい」と謝る。まじかで顔を見たから赤らめたのだろうと思い、いつまででも床の上で土下座されるのも申し訳ないし良い気はしない。私だって婚約者として何もしなかった。クリフ様に「立って」と声を掛けた。それを聞いて彼ははゆっくり立ち上がる。一瞬目が合うと何か思い出したようにテーブルの上に置いたあった小さな花束を持ってきた。
「こ、これを……君に渡したくて……卒業パーティーの翌日にこれを持って君に会いにいったんだ。俺がエミーリアの事を考えながら選んだ花なんだ。君の瞳の色と同じ色だなって思って。スターチスって言う花なんだ。ちょっと時間が経って枯れてしまったけど、それでも色あせていなくて……ここの支配人に聞いたら、この花はドライフラワーになるって言ってて」
「ドライフラワー?」
「そうさ、生花を乾燥させて長期保存できるようになるんだ」
顔を紅潮させ目を輝かせながら彼が話す。こんなに楽しそうに話をする彼は初めて見た。そして私の顔をじっと見て真剣な顔で私の前に花束を出してきた。
「受け取ってもらえないだろうか?」
クリフ様が初めて自分で選んだ花を受け取ってほしいと言っている。
これは受け取ってもいいのかしら。
うーん、と私は悩んだ。
「ねえ、エミーリア。初めて君のために、君の事を想って買ったんだ……受け取ってほしいよ」
これは受け取っても良いのかどうか判断がつかない。私はエリク先生の方をチラリとみた。先生は、好きにしなさいと言ってくれた。自分の今の正直な気持ちは素直に「うれしい」という感情があった。
「うん。分ったわ。ありがとうございます……」
花束を大事に両手でそっと受け取り微笑むと、彼は今までに見たことのない程真っ赤な顔をして嬉しそうにな表情をして微笑んだ。
「俺、勘違いしてたんだ。甘えてくる令嬢が可愛いとか……結局、お金目当てだった。それは俺にとって恋でも何でもないものだった。俺、卒業パーティーで初めて恋をしたんだ」
「恋?」
「そうだよ。こんな気持ちになったのは初めてだった。10年間、婚約者として傍に居てくれたのに気付かなくて……でもあの時、ラルス様と一緒に踊っている君を見たら一目ぼれをしたよ。一目ぼれっていうのは変かもしれないけれど……俺は勝手に婚約を決められて拗ねて、エミーリアの事をちゃんとみていなかった。自分から離れた君をみて、初めて君の魅力に気付いた。情けないだろう? でも、こんな気持ちになるのはエミーリア、君だけだ……好きだ。エミーリア」
クリフ様の真剣な表情に私はどんな反応をしたら良いのか、戸惑った。好きだと言われて、はいそうですか、と寄りを戻すことは出来ない。困惑する私を見て彼は慌てて言った。
「エ、エミーリア、勘違いしないでほしい。俺は寄りを戻したくて言っている訳じゃないんだ。ただ、俺の気持ちを知っててほしい。俺も初めての恋を大事にしたい。だから返事はいらない。でも、欲を言えば……友達になってほしい……」
素っ頓狂な声が出そうになり私は慌てて両手で自分の口を押えた。エリク先生は、はははと声を出して笑っている。
だってクリフ様が『友達になって欲しい』と言っているのよ。それも、『好きだ』と告白した後によ……。これは、『良いよ。お友達になりましょう』って言える展開? 訳が分からないわ。
「エミーリア、ダメ?」
クリフ様はコテンと首を横に傾げ私を見つめる。
「……っ!!」
先程から私は目を見開くほど驚いてばかりだ。本当にクリフ様はどうしたのだろう。ごっそり人が変わってしまったように見える。子犬にエサをおねだりされているような気分になってきた。私は額に手を当て、どうしたものかと悩んだ。
「ははは、ははは……エミーリア嬢、お友達……いいんじゃないか?」
エリク先生は人が本気で悩んでいる時に、お腹を抱えて笑っている。そんなに笑わなくても良いんじゃない、と私はふぐのように頬を膨らませた。
「え? エミーリアってそんな表情もするんだ!」
クリフ様は瞳を輝かせ、私のぷくりと頬を膨らませた表情に感動していた。クリフ様は何処かで頭でも打ったのではないかと心配になってくる。本当に大丈夫かしら?
「……もう、分かったわ。お友達になりましょう」
先程の花束のもらった感動は何処かに行ってしまった。ああ……もう、どうにでもなれって感じだわ。
「本当に? うれしい! ありがとう。本当にありがとう」
凄く喜んでいるクリフ様を見ると、これで良かったんだろうと思う事にした。
「エミーリア、手紙を出したいんだけど、何処に住んでいるの?」
「え? 手紙? 今までにもらったことが無いのに?」
「だからだよ。それに友だちになったのに連絡のしようがないって変じゃないか?」
「言われてみれば、そうよね……分かったわ。紙とペン、ある?」
私はクリフ様に聞くと、あるよと用意してくれた。そこに寮の住所を書く。彼は興味津々に覗き込んで見ていた。
「なんだ……寮に住んでいたんだ。なかなか見つからないはずだ。レミリア・ブロッサム? なんで?」
これはこの国の王家の話をしないといけなくなる。でも正直に答える必要もない。私はドルーニア国のメイナード第二王子から身を隠していると説明した。メイナードの所為にしておけば良いわ。それでクリフは納得してくれていた。
「手紙をだすよ。ありがとう、エミーリア」
クリフ様は大事そうにメモした紙を持つ。
「ねえ、話が変わるんだけど……もう一つ聞いていい?」
「ええ、良いわよ。答えれることなら答えるわ」
クリフ様は私とエリク先生を交互に見る。
「二人は付き合っているの?」
「はあああ!?」
私は堪えることが出来ずに素っ頓狂な声を上げた。その声にクリフ様は目を丸くしている。それより何故、私とエリク先生が付き合っているように見えるのよ、そう思っていると表情に出たのかクリフ様が不満あり気に説明してくれた。
「だって、エリク先生の髪色とエミリーリアのスカートとリボンの色が一緒だよ。そんなの見たら、付き合っているのかと思ってしまうよ」
私はエリク先生の髪と自分のスカートの色を見た。リボンはスカートの合わせた色だ。言われてみれば似ている。これは……合わせているように見えるわ。
「こ、これは……た、たまたまよ。ねえ、先生。たまたまですよね? ね、先生」
私はエリク先生に必死に同意を求めた。けれど先生はわざとらしくがっくりした表情を見せる。
「エミーリア嬢、そんな事を言うのか? せっかく一緒に合わせたというのに……」
「エリク先生!! 冗談はやめてください!!」
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★おしらせ★
三日に一度の更新をしてまいりましたが、九月からは暫く不定期にさせていただきます。
出来れば、週一ぐらいに考えております。
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